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『愛が揺れるお嬢さん妻』- かわいいひと -   作者: 設楽理沙


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15/25

『愛が揺れるお嬢さん妻』15◇瑤

15


 ◇瑤


 比奈ちゃんの預かりをしなくなってからほとんどと言っていいくらい

瑤ちゃんの姿を見かけなくなったのに、会いたくない時に限って会うんだな、これが。



 保育園へお迎えに行って眞奈と手を繋いで門の前まで来た時に、苺佳は

入って来る瑤と鉢合わせしてしまった。


 苺佳は無言で通り過ぎた。



「苺佳、どうした?」


 苺佳は少しだけ振り向き、首を横に振った。


「苺佳、駐車場で待ってて、すぐ追いかけるから」


 一応は立ち止まり瑤の呼びかけは聞いたけれど返事は返さずに

ズンズン歩き出す苺佳。



 駐車場に着きドアを開けようとすると

「ね、苺佳ちゃん瑤ちゃんが待っててって言ってたよ」

そう言って眞奈が私の行動を止める。



「待とうよ、私、比奈ちゃんとここで遊んで帰りたい」


「眞奈、今日はね、お母さん急ぎのご用があるんだ。

比奈ちゃんとはまた今度遊ぼ」


「お母さん、お願い少しだけ」


 困った、早く車に乗らないと瑤ちゃんが来ちゃう。

 

 まさかここで眞奈からの邪魔が入ろうとは。

 言いくるめることもできそうになくて焦る。



「分かった、すこしだけね。約束だよ」


「わぁ~い、ありがとう」



 私はこんな日の為にと準備しておいたモノ《ブツ》を

上着のポケットに入れた。


 今逃げてもいつか瑤ちゃんと向かい合わなければならない。

 先延ばしにしても辛いのは同じ。

 そう思うことで私は腹を決めた。


 視線を娘から外し、瑤ちゃんたちがやって来る方向に向けると、

ちょうど彼女が比奈ちゃんの手を引っぱり小走りにこちらに来るのが見えた。

 


「眞奈、比奈ちゃんが来たよ。

 いつものようにここの敷地から外には絶対出ないって約束して」


「うん、約束する。今日は比奈ちゃんとブランコ乗るっ!」


「眞奈ちゃぁ~ん」


「比奈ちゃん、今日遊べる?」

比奈ちゃんが返事をする前に瑤ちゃんが言った。



「比奈、眞奈と遊んどいで」


「うんっ、眞奈ちゃん行こっ」



「苺佳、お待たせ……って、今日の苺佳おかしい。何かあった?」


「瑤ちゃんって意地悪な人だよね」


「ごめん、否定はできない。

 ……けど許してくれたんじゃなかったのか?」



「その上嘘つきでドロボー猫だったなんて」



 私が辛辣な言葉を投げつけると瑤ちゃんがギョっとしてる。

 やっぱり脛に疵持ってるんだ。

-


「苺佳、聞いて。前に一度苺佳に酷い意地悪をして傷付けた。

 ほんとに私は自分で自分のことをあんなに嫌いになったことはなかった。

 すごく反省してる。謝罪もした。

 後はどうすれば苺佳の気が済むのか分からない。

 言って、どうすればいいのか」



「そんな済んだことはどうでもいいよ。話をすり替えないで」


「だけど、嘘つきとかドロボー猫とか、さっぱり分からない」


「私から英介さんを奪えてうれしい?」



「はぁ~、何だよそれっ。何のことだかさっぱり分からないよ。

英介さんは素敵な男性ひとだとは思うけどさ、別に欲しくはないよ。

いらんっ。よく聞け、欲しくもないし、奪いたくもない」



「嘘つきっ」


「苺佳、ちゃんとわかるように説明して」



「イリスの串カツ屋で英介さんと一緒に食事していたの知ってるのよ」



「えーっ、なんで? もしかして旦那から聞いたのか? 

 いや、けど旦那は私のことなんて知らないよなー。


 いやいや、黙ってて悪かったけど最近苺佳と会ってなかったし、わざわざ

あの店で鉢合わせしたことなんて、何かの話のついでにでも話せればいっか、

くらいの気持ちでいたからさぁ~」



 やっぱり瑤ちゃんはあの日英介さんと同じ場所にいたのだ。


 続けて瑤ちゃんがやたらといろいろ話し掛けてきたけれど、

もう私の耳には届かなかった。



「欲しくないって言ったよね。

 私も英介さんなんていらない、もういらないよ」


「何言ってんの? 喧嘩でもした?」

-


「浮気してるの、山波美羅っていう女と。ビックリした?

 自分の他にも付き合ってる相手がいて。

 あげるよ、あんな裏切り者。熨斗付けてあげる」



「意味不明だけど私は苺佳の旦那なんて欲しくないぞ。

 やるって言われてもいらん……っていうか、旦那浮気してるのか?

 大丈夫か、苺佳」



 さきほどから私を責め続ける苺佳は、顔に能面のような表情を貼り付けて

目の前に突っ立っている。



「たまたま串カツ屋で一緒になったことで私も浮気相手にされているよう

だけど、誤解だから、それ。

 私の話をちゃんと聞いてる?

 今も話したけどあの日は学会の帰りで……」



 いろいろ言い訳を口にして私を言いくるめようとしている瑤ちゃんに

私はかねてから準備していたブツをポケットから取り出し、

彼女の目の前に出した。


――

 一番信頼していた旦那に浮気をされ、仲良しさんだけど

以前一度信用をなくしている私はたまたまとはいえ、

苺佳の旦那と同じ店で相席して食事なんかしているわけで、

信じてもらうのは難しいのかもしれない。


 苺佳があの日のことを確認しているっていうことは、おそらく興信所を

使ったか自分でつけた(尾行した)のか ?

 動かぬ証拠があるのだろう。―――



 小さいとはいえナイフを向けている私のほうへ瑤ちゃんが近づいて来て、

固まっている私の首筋に軽くキスを落とした。


 瑤ちゃんの唇の感触がして私は困惑した。


 この人《瑤ちゃん》何してんの? 

 思う間もなく、瑤ちゃんが私を抱き締めて囁いた。


          ◇ ◇ ◇ ◇


「好きな子の悲しがることなんて私はしない。

 苺佳、辛い思いしてたんだな。

 これからは私がいる。私を頼れ。


 ン? なっ、苺佳、ナイフが刺さってないけどナンデ?」



 そう言いながら瑤ちゃんがちっとも自分の身体に刺さってないナイフを

私の手から奪い取った。




「苺佳ぁ~、何よこれ。

 無理……うぷっ。

 こんな時に申し訳ないけど、あははぁ~やばいぜ苺佳」



「しようがないじゃん。気持ちだよ。

 ナイフ向けるくらいの気持ちだったってこと」


「うひひぃ~、こんな時に人を笑わすんじゃないよ、全くぅ」



 そうひとり受けながら私の玩具のナイフの刃を出したり引っこめたり

している。


 何か、自分のしたことが恥ずかしくなったのと、瑤ちゃんにやさしくキス

されたことで私は瑤ちゃんの顔をまともに見ることができなくなった。



 確か私のことを『好きな子』って瑤ちゃんが言ったよね。


 それを反芻すると、私の胸はバックンバックン破裂しそうな勢いで

鳴り出した。



「笑ってごめん。ひとつ、確認。

 英介さんがその山波っていう女と浮気してるっていうのは確かなのか?」


「うん、証拠もあるよ」


          ◇ ◇ ◇ ◇



「そういうことなら、いっか。

 本当は墓場まで持って行くつもりだったんだけど、

私は英介さんじゃなくて……私の好きなのは苺佳なんだ。


 昨年嫉妬して意地悪したのは、そういうこと。

 英介さんに嫉妬したんだよ」

-


「瑤ちゃん、自分の身体にナイフが当たるかもしれないのに、その……

どうして私に近づいて来たの?」


 恥ずかしすぎて、『どうして私を抱き締めてくれたの?』とは聞けない。



「身体を張って、私の本気度っていうか苺佳を悲しませるようなことは

断じてしてない、っていうのを見てほしかったからかな」


「……ソウナンダ」



 瑤ちゃんってやっぱりすごい人なのだと再認識した。

 私にはとてもそんな真似できない。

-


 俯いてモジモジしてた苺佳が私の告白に顔を上げて目を白黒させている。


「苺佳を困らせたいわけじゃあない。

 私の苺佳に対する気持ちを知っといてくれればいいので……それだけ

なんだ。


 それと、串カツ屋でのあの日のこと、ほんとにたまたまの偶然だから。


 学会のあった日にお腹が空いて入った店でばったり、しかも相席に

なってしまい驚いたけれど、苺佳の旦那は私のことなんて知らないだろうし、

普通に他人同士が相席で食事しただけのこと。


 あれかな、興信所なんかの尾行で写真かなんか、撮られてたのかな?」



「瑤ちゃんの言うこと、どっちも信じていいのかな?」



「おう。苺佳のことは好き。

 ゆっとくけど仲良しさんの好きじゃないぞ。

 それと旦那のことは何にもない。ほんと、たまたまだから」


「瑤ちゃん……」



 私が彼女の瞳に吸い寄せられるようにじっと見つめると、瑤ちゃんは

持っていた小型ナイフをジャケットのポケットにしまい込み、もう一度

腕を広げ、私をその胸に包み込んでくれた。


 そして私の背中をさすってくれた。



「私、大好きな瑤ちゃんに裏切られたと思ったら、悲しくて、悔しくて。

 なのにね、憎むことができなかった。

 今まで同性の友達を好きになったことはあるけど瑤ちゃんに対するほどの

強い気持ちになったことがなくて、だけど……だから……これが恋愛の好き

なのか友達の延長線上の好きなのか分からない……けど、瑤ちゃんから

告白されてドキドキしてる。私を好きになってくれてありがと」



「うん、分かったこういうのって照れるな、お互い。

 でも気持ちを確認できて良かったよ。

 好きの意味は今は深く考えこまずにさ、少しずつ少しずつ近づいて

信頼し合って仲良くしていこう?」



「うん」

-


 そんな瑤と苺佳の様子を少し離れたところから何気に

時折お目目ぱっちりこんと大きく見開いて眺めている4つの眼があった。


 1度目も2度目もしっかり2人の光景を目に焼き付けている聡い比奈は

2度目の2人の抱擁のシーンを見て、目をぱちくりさせて見入っている眞奈に言う。



「すごいね、ふたりLoveLove。

私と眞奈ちゃんもLoveLoveだね」


 そう言ってぼうーっと立っている眞奈の両手を取って左右に揺らした。


 そして少し戸惑いを隠せず困惑気味な眞奈に、比奈はフォローを入れる。


「小学校へ行っても仲良くしようね」


『仲よくしよう』という意味はすぐに理解できたのか眞奈はうれしそうにして

「うん」と答え、繋いでる手にも力が入るのが分かった。


 幼くても聡い比奈に見えていた未来。


          ◇ ◇ ◇ ◇



 それは、この先何年も、やっぱり今のように瑤と苺佳、自分と眞奈、の

4人が仲良くしている姿だった。

-


 瑤ちゃんと会った日から数日で月が変わったんだけど、翌月もやはり

比奈ちゃんの送迎はおばあちゃんの担当で、また瑤ちゃんと会えるのは

いつになるのか分からないような状況だった。


あんなこと(告白)があったものの、自分から瑤ちゃんに連絡する勇気も

なく、また寂しい週末を過ごすのかと少し滅入っていた。


 今まではほぼ毎週末出掛ける夫に、それでも木曜日ぐらいになると、

今度こそ週末一緒に過ごせるかもなどと前向きにとらえて英介さんの予定を

気にしていたけれど、今や夫の週末は仕事か山波美羅との逢瀬のどちらかの

二択なのだと分かってしまい、もう予定を気にする必要もなく眞奈を連れての

行動なら私の選択肢はひとつ。



 もう英介さんの食事がぁ……とか気にする必要もないので、実家へ帰って

のんびりすることにした。


 先週に続き実家へ帰るのが連続になるので、両親から不振がられるかも

しれないけどね。


 今までは何を置いても英介さんが一番で英介さんにベッタリの奥さん

だったから。


 休日に英介さんが出掛けても通常の業務の日じゃないので

いつもより早く帰って来るかもしれないからって実家にも帰らず、

家で娘の相手をしながら晩御飯の準備をしたり、他に細々としたことを

しながらひたすら英介さんの帰りを待って過ごしてきた。



 知らなかったとはいえ、こんなことならもっと実家に頻繁に足を運び

両親に娘を見せてあげればよかったのにと思わずにはいられない。


          ◇ ◇ ◇ ◇



 眞奈を寝かしつけ、まだ帰らぬ夫を待つ間、取りとめもなくそのような

後悔にとらわれているところへ珍しく瑤ちゃんからLINEが届いた。

-


『こんばんは。

 もし週末予定がなければ子供たちを連れて近場の公園でも行かない?』


『ヤッター』嬉し過ぎてつい言葉が口をついて出てしまった。


 比奈も絶対喜ぶだろうな。


 瑤ちゃんが『土、日どっちでもいいよ』と言ってくれたんだけど、

月曜から仕事のある彼女のことを考えて土曜日に会うことにした。


 現地集合、各々お弁当持参で10時に集合ってことで。


 翌日保育園へ行く前に眞奈に話したらものすごく喜んじゃって、

公園に着くまではしゃいでた。


 何着て行こうかな、お弁当はどんなのにしようか。

 いろいろと考えるのも楽しくて土曜が楽しみだ。


          ◇ ◇ ◇ ◇


 不思議なもので同じようなことが2度起きた。



 最近めったに会えないでいた瑤ちゃんに会いたくなかったから

ちょうどいいや、と思った日に会ってしまったり、いつもなら週末は忙しくて

家族サービスしない英介さんから珍しく

『久しぶりに眞奈を連れて水族館でも行ってみない?』と誘われたり。


 どうして他の予定が入った時に限ってそんなことになるのだろう。


 ちょっと、人生の? 人間の? 不思議を物思うっていう感じ? に

なっちゃった。


          ◇ ◇ ◇ ◇



 21時過ぎに帰って来た夫が、まだ起きていた眞奈に訊いた。


「眞奈、明日水族館行くか? イルカ見に」


 眞奈が一度私のほうを見てすぐに返事した。


 迷いの一切ない声音で淀みなく答えた。


「明日は保育園の友達と公園で遊ぶ約束してるから、ごめんなさい」


「えっ? そうなのか、苺佳」


「うん、9時過ぎには家を出るかな。

 眞奈のお友達のお母さん、お仕事してる人だから

日曜に変更してもらうのはちょっと難しいかな」



 ほんとは瑤ちゃん、どっちでもいいって言ってくれたんだけど。


 瑤ちゃん優先でいくわー。


 もう今までのように英介さんを一番に考えて優先したりしないよ。


 私は『だから、日曜に行きましょうか?』とは提案しなかった。


「そっか、先約があるならしようがないな」


 そう言って英介さんも翌日に行くという話はしてこなかったので、

水族館行きの話はそこで立ち消えになった。


 おまけに眞奈も水族館に行きたいとは言わなかった。


 あまりにも長期間娘と関わることのなかった父親の末路が見えたような

気がした。


 娘は私のように夫の裏切りを知っているわけではなく、嫌う理由は

ないはずだけど、甘えられる対象から少しずつ少しずつ外されて

いるのかもしれない。


 そう心の距離が離れていってるのかもしれない。


 同じ屋根の下に住んでいてもほとんど会話もなきゃ必然的に

そうなるよね。


          ――――――――――


 現に英介さん自身、私や娘に関心が全く向いてなかったのだし。

-


 何も気付かずに、ただひたすら英介さんのことを信じていた私は

寂しさを感じつつも一生懸命、触れ合える時間が少ない中、

夫の気持ちに寄り添おうと踏ん張ってきた。


 英介さんに時間のゆとりができれば、また幸せな家族の時間を

取り戻すことができると。


 だけどそれは私だけの、私からだけの一方通行で、ピエロもいいところ

だったのだ。


 夫の気持ちは別の女性(ひと)に向いてたんだものね。


 瑤ちゃんからの告白がすごく心の慰めになって、英介さんのことを憎む

気持ちも小さくなってたんだけど、何故か今頃になって突然家族へのサービスを

しようとしている彼を見て、無性に腹立たしくなってきた。



 おそらくだけど、山波美羅の都合が悪くなって会う予定がなくなり……

からの家族サービスになったのだろう。


『英介さん、全部お見通しだよ』



 私と眞奈はさ、あなたにあまり期待してないから……っていうか、

この先の一緒の人生はもうないから、水族館にもそれから他の場所にも

この先一緒に行くかは分からないわ。


 ンとに一緒に行動できるか、分かんない……自信ないや。


          ―――――――――――


 このまま休日は今まで通り美女と好きなだけお過ごしくださいな。


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