『愛が揺れるお嬢さん妻』12◇回想 苺佳との縁 [英介視点 ― 破談にした弟、俊介]
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英介視点 ――― 破談にした弟、俊介
◇回想 苺佳との縁
3才下の弟、俊介には幼少の頃より家同士が懇意にしている古家家の愛娘で
苺佳という許嫁がいた。
思春期に入ると弟はそのことについてどう思っているのだろうと、
考えたり考えなかったり……するようになった。
結婚する相手って自分の人生にとって誰しも一生を左右するような
重要な問題だろ? 長ぁ~い人生を共にするのだから。
両親と俊介の間で何かしらの話し合いがあったのだろうか。
少なくとも、おそらく兄も自分も係わってはいない。
決定事項として知らされているだけだ。
年齢のことで考えてみると、この話は自分にきてもおかしくはない話だ。
養子に出すには三男がよかったのか、俺よりも俊介のほうが
懐柔しやすいと考えたからなのか。
自分の中で考えられる範疇でいろいろとあーだこーだと、理由を
探してみたりした。
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そんな俊介もその後大学生になるわけだが……。
気になる子の一人や二人いるはずだが許嫁がいる身ではできても
ガールフレンド止まりで学生の間だけの付き合いになるだろう。
しかし弟からは女友達がいるのかいないのか、家でも話題に出たことは
ない。
いたとしても、親父やお袋の前で話には出せないだろうな。
アイッは許嫁と結婚して年貢を納める前に多少なりとも恋愛をしてみたい
……とかはないのだろうか?
自分たちは兄弟だが、とんと、女子の話はしたことのない兄弟だった。
この頃の俺は薄ぼんやりと俊介の将来のことが何故か気になって
しようがなかった。
幼少の頃より許嫁がいるという、自分には未知の領域にいる弟の存在が
何故か気になるのだった。
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気にはなるものの、まぁこちらから弟にわざわざ訊いたりすることは
ないけれど。
訊くことで弟に苺佳ちゃんとの結婚を止めるとか言い出されでもしたら
責任取れないし、火の粉がこちらに降りかかってくるとも限らないからな。
それにしても俊介からはその問題で一度も相談を受けたことがないし、
嫌がってる様子もない。
だから、大学卒業後就職をした後、しばらく交際期間を設けて、そのまま
ゴールインするのだろろうと思っていた。
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苺佳ちゃんは小さな頃から愛らしい容姿をしており、性格も明るく
朗らかな子で、その上家柄も良くご両親が人格者であるなど、難が
見受けられない優良物件に見えるから、うちの親たちが幼少の頃から
結婚相手として選んだことはまぁ理解はできる。
だが、生涯を共にするパートナーを親に決められるなんて真っ平だ、
という考えを俺はずっと持っているので、弟はどんな風にこの良縁を
受け止めているのだろう? と気に掛かるわけだ。
……なので、当初は大きな荷物を背負わされて気の毒になぁ~という感想を
持っていたのだが、その後は徐々に他に特に熱烈に好きな相手がいないので
あれば、案外俊介のヤツ、幸運を引き当てたのかもしれないぞ、という
考えに変わっていった。
◇ ◇ ◇ ◇
こんな風に弟のことを生暖かく見ていた2年後、もっとも悪手なできごとが起きた。
この2~3年俊介の結婚問題が、自分も結婚を意識するような年齢に
近づいてきた中で、時折ふと気になっていたのはもしかして、こんなことが
起きはしまいか、という予見とまでは言えないが杞憂みたいなものが
あったのかもしれない。
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それにしても許嫁がいる身で、あまりにも酷い悪手に俺でさえ開いた口が
塞がらなかった。
いわずもがな、両親は頭を抱えた。
就職してまだ一年も経っていないというのに、同期の女性を
孕ませたというのだ。
両親からの俊介への聴き取りによると苺佳ちゃんとの縁談をぶっ潰すこと
などが目的でのことではなく、突発的な事故……とのこと。
まだ縁談を逃げ出す為に、だったほうがましだろ?
聞くところによると、子供ができたから責任を取る為に
結婚するのだという。バカな奴だ。
相手が自分にとってこれからの長い道のりを共に歩んでいきたい女性
なのか、見極めることを丸ごと放棄したような結婚。
俺なら恐ろしくてそんなことで結婚を決めたりはできないな。
我が弟ながら、何も物事を深く考えられない頭のカラッポな人間だった
のかと知ることになり、ガクリときた。
しかも、これまで許嫁のことにしても親に逆らうことなくきた俊介に
最後の最後でやらかされ、親の落ち込みようったら見ていられないほどだ。
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うちの会社の経営はこれまでもさほど悪くはないはずだから、絶対古家家と
繋がらなければならないという強いお家事情というものはないはず。
でも、父親は石橋を叩いて渡る人なので親父にしてみれば
ないよりはあった方が安心なのだろう。
保険、という名の安心。
またそれだけではなく氏素性がしっかりしていることと、特に母親が
苺佳ちゃんの気質に惚れこんでいることもあるのだろう。
嫁姑問題は古今東西難しいものがあると聞くからな。
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俊介がやらかすまではとんと記憶の彼方へ飛んでいってたようで
今回のやらかしの後、何故かぽっと俺は幼い頃に聞いた、いつかの話を
思い出した。
リビングで話し込んでいた両親の会話。
「年齢的に考えると、英介でもいいのよね、苺佳ちゃんとの縁談」
「英介は利発な子だ。容姿にも兄弟の中で群を抜いて恵まれてる。
なかなか本人が良しとはしないだろう。それと将来兄の恵介の右腕として
我が社を盛り立ててもらわねばならないからね。苺佳ちゃんを許嫁と
させてもらうのは、やっぱり俊介にしよう」
「そうね、養子に入りゆくゆくは古家さんところの事業を継いで。
うちでは恵介がいるから俊介は社長にはなれないけど、古家さんのところへ
行けば行く末は社長の座が約束されていて有難い話ですね」
そしてどうやら子供たちの縁結びの話は、跡継ぎのいない古家さんからの
提案だったようだ。
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これまでの交際相手の人数が多いのか、少ないのか、よく分からないが
社会人になってから、高校から付き合っている彼女とは恋人同士から
友達のような付き合い方にシフトしていて、大学になってから出会った
彼女とはそのまま付き合いが続いていた。
そして入社先で仕事を通じていい感じの彼女もできた頃のこと。
就職後できた同僚との付き合い方は慎重だった。
職場恋愛は下手をすると泥沼になる可能性を秘めている為、結婚を
意識できるようになるまでは迂闊に手は出せない、というような
理性が働いていたから。
俊介がやらかした時、俺は大学生の頃から付き合っていた彼女とちょうど
別れたばかりだった。
同じ職場で大事にしてくれる男ができたらしく、就職してから会う機会の減った
俺に不安感もある中での自然消滅に近いお別れだった。
また職場の同僚彼女とは恋人未満の付き合いだったので、即刻手を切り
身辺を身ぎれいにした上で両親に話を持ち出した。
◇ ◇ ◇ ◇
「苺佳ちゃんとおじさん、おばさんたちがどう思うかは分からないけど
俊介の代わりに俺が古家の家に養子に入るというのはどうだろう、親父」
「いいのか本当に? 付き合ってる子はどうするんだ?
ややこしいことはこれ以上、御免だからな」
「大丈夫です。どこからも苦情の来ないきれいな身体です。ご心配なく」
「あなたぁ~」
母親がほっとしたような声音で親父に声を掛ける。
「正直母さんも私もそう言ってもらえると助かるよ。どうにもこうにも
仲の良い人達に不義理をしたままで、辛い思いでいたからね。
俊介が駄目なら英介で、というのは失礼に当たるかもしれないが、運よく
俊介と苺佳ちゃんとはまだ付き合ってもなかったからね。
古家さんに義理を果たせそうだ。英介、助かる。
ほんとに助かるよ、ありがとう」
俺は礼を言う親父に首を振った。
「無理してないから。苺佳ちゃんなら不足はないよ。小さな頃から
見てきてるけど、可愛くて性格も良さそうだし。
交際して彼女に気に入ってもらえるように頑張るよ」
そして……
子供の頃から知っている間柄というのもあり、その後、半年ほど付き合って
俺たちは両家から祝福され、結婚した。




