屋根裏に棲む小さな神様のお話
翔太がそれに気づいたのは、家の中ではクリスマスツリーが、家の外ではイルミネーションが、華やかに飾り付けられ、電飾の光が早々と訪れる夜を彩るようになった冬の始めのことだった。
その事件は突然起こった。
ダイニングテーブルの上に大切に置いてあった翔太のクッキーが1つ減っていたのだ。
家族の誰かが自分に内緒で食べた、と母親に声を上げてみたのだが、誰も食べていないという。
まだ小学一年生の翔太には、自分が食べていないのなら誰かが食べた、としか考えられなかった。
そんなはずはない、と激しく怒ってみたものの、誰も食べてないという。挙げ句、翔太が自分で食べたのではないか、と言われる始末。
自分が食べたくて大切に取っていたものなのに、食べたことを忘れるなんてあるわけない、とまた怒る。
非常に腹立たしい日だった。
それから数日後、また事件は起きた。
今度もまたクッキーだ。しかも、飲み物を取りに席を外している間にだ。
それを訴えても誰も翔太の言う事を信じてくれない。
だが、今度は家の誰かが食べたとは言えなかった。なぜなら、その時、部屋にいたのは翔太だけだったからだ。
だからこそ、翔太が自分で食べたのを忘れたのだろうと言われるのだが、そんなわけないのだ。
そのクッキーを美味しく食べるために牛乳を取りに行ったのだから。
これ以上大切なクッキーをとられるわけにはいかない。なんとしても犯人を見つけ出すんだ。
そこで翔太は考えた。クッキーがおやつに出た日、自分は席を外すのだ。そして、隠れてクッキーを見張る。「おっとりそうさ」と言うやつだ。なんかテレビで見た。
おっとりしてたら見逃してしまうのではないかと思うが、きっと、気の抜けた様子が犯人を油断させる、そういう作戦に違いない。
そして、その日は来た。
おやつにクッキーが出た日、翔太はクッキーをダイニングテーブルの上に置いたまま席を離れ、キッチンカウンターの影からそっと覗いていた。
牛乳を取りに行ったときは、本当に僅かの間だった。だから、今回もすぐに犯人が現れるだろうと思っていた。
だが、犯人は「ずるがしこい」やつらしい。翔太が見ていることに気付いているのか中々姿を現さない。
その内、背後からガチャっという鍵の開く音がした。お母さんが帰ってきたのだ。
音につられて翔太は思わず廊下の方を見てしまった。
そして、しまったと思ったときにはもう遅かった。
テーブルの上のクッキーはなくなってしまっていたのだ。
なんてこうかつな奴なのか!
そしてなんてうかつなのか!
犯人と自分に怒りを抑えることの出来ない翔太だったが、これで1つのことが分かった。
犯人は家族以外の誰かだ。
この家の中には家族以外の誰かが居るのだ。
なんて恐ろしいことだろう。
自分たちの知らない誰かがうちの中に潜んでいるのだ。
「きょうあくな」殺人犯だったらどうしよう。
翔太は急に怖くなってしまった。
クッキーを盗む犯人を見つけて捕まえるだけのはずが、きょうあくな殺人犯と対決することになるかもしれない。
お母さんに相談するべきだろうか。
いや、お母さんを危険な目に合わせるわけにはいかない。
お父さんは夜遅くにしか帰ってこない。おやつの時間にしか姿を現さない犯人をつかまえるのはムリだ。
これは、「しんじつ」を知っている僕が一人でやらなければならないことだ。
翔太はそう決意すると、次の作戦を考えるためにとりあえずテーブルに残された他のお菓子を食べることにした。
「はらがへってはいくさはできぬ」というやつだ。
水の中を揺蕩うように、身体は風に揺らめいていた。
空から柔らかく降り注ぐ陽射しも、社の周りにそびえる無機質な灰色の木々たちが遮ってしまうおかげで、辺りの空気はかなり肌寒く感じられる。
社の屋根のその上に、僅かに浮かぶようにして、ぱたりぱたりと足をふらつかせていた少女は、何処かから小さな呼び声を耳にする。
「おや、管狐ではないか。どうしたのだ?」
管狐と呼ばれた小さく細長い狐のように見える何かは、少女の声に応えるように、首を一度軽く振ると、社の脇で寝そべっている自身より遥かに大きく真っ白な毛色をした狐の前に座った。
そして、口に端だけ咥えていたクッキーを大きな狐の前に置く。
「ん?ミケさんにお供えか?」
『加護が欲しいようじゃな』
「管狐に?」
『いや、こやつが棲んでおる家主の子供にじゃと』
「……よく分からぬが、いいのでは?」
『そうじゃの』
白い狐はむくりと起き上がり、両前足をぴんと揃えて座ると、管狐の頭に鼻先をあてる。
ふわりと白い光が舞って、管狐の身体を包む。
『それをお主の望む者に与えると良い。多少の禍からならば、身を守る事ができるじゃろ』
管狐は一度小さく尻尾を振ると、ふっとその場から姿を消した。
「仲良きことは善きことかな」
『……お主はなんもしとらんじゃろ』
高い高い灰色の樹が立ち並ぶ場所で、吹く風が一段と冷たく感じるそんな日に、僅かに吹いた暖かな風のお話。