8話「表情がくるくる変わる」
一番に見えたのは天井。
そして次に。
「ロヴェンさん……!」
見慣れた彼の顔が見えた。
彼は今にも泣き出しそうな顔をしている。
嬉しくてか悲しくてか。
それは分からないけれど涙をこぼしそうになっていることは確かだ。
「ああ、良かった……! レルフィア様……!」
そしてこぼれる涙。
ロヴェンはベッドに横たえられている私の腹辺りに額を当てて震える。
「心配させてしまってすみません」
「レルフィア様、良かった、もし貴女が死んでしまったら、と……怖くて怖くて、もう、どうして良いものか分からなくて……」
「すみません、でも、私は大丈夫です」
「信じられなかったんです……っ、ぅ、ううう……」
よく見たら部屋の隅にはあの白くもこもこした髪の女性が立っていた。
彼女は冷静を絵に描いたような表情で真っ直ぐ立っている。
姿勢がとても良い。
腹の辺りで重ねた手も指先まで整っていて美しい。
「ロヴェンさん、もう泣かないでください」
「ぅ、ふ……」
「こうして生きていますから、ね? もう泣かないでください」
「……ふぁ、は、はい、そうします」
彼は手で涙を拭いてから「かっこ悪いですよね、泣いて……」と呟くように発していた。
けれどもかっこ悪いとは思わない。なぜって私の身を心配してくれていたのだと分かっているから。人を心配する心、それは悪しきものではない。そして、かっこ悪い、なんてものでもない。
現に、私は、優しさと温かさを感じている。
その後私はロヴェンに対して何があったのかを伝えた。
道を歩いていたら知らない人間の男らに襲われ拘束されたこと。彼らはレブスからの命令でこういうことをしていると主張していたこと。そして、助かるため精霊から力を借りることを選んだこと。現れた幻影のようなものによって男たちは消し飛ばされたこと。
最初は記憶が怪しかった。
けれども喋っているうちに徐々に思い出して。
気づけばほぼ全部思い出せていた。
少なくとも流れを説明するために必要な情報はすべて取り戻せてきた。
「レルフィア様……その」
「何でしょう」
「警護をつけるべきでした、すみません」
「え、大丈夫ですよ、そちらに非はありません。非があるとしたら――ぼんやりしてしまっていた私に、です」
もっと警戒しながら歩いておくべきだった。
「そんなこと! レルフィア様は悪くなどないのです! なぜって、女神だから! ――って、っ、あ、これは本心ですすみません急に」
落ち着け、落ち着け。
「とに、かく、レルフィア様に非などありません」
「……ありがとう。そう言っていただけて嬉しいです、感謝します」
今はもう孤独ではない。
だから何も怖くはない。
たとえ恐ろしい出来事に出会ったとしても、それでも、彼を想えば怖さは半減する。
こうして一緒にいられたなら、何も恐ろしくはない。
「そうでした、レルフィア様、お茶を持ってこさせましょう」
「え?」
「お茶を飲めば少し落ち着くのでは、と思い」
「ふふ、それはロヴェンさんにこそ必要そうですね」
「えっ!?」
「飲みたいです、お茶。でも、一緒に」
「ふぇっ!?」
おろおろしているロヴェンを見るのは嫌いではない。
なんというか面白いから。
ほっこりできて心が温かく休まる気がするから。
「お茶しましょう、ロヴェンさん」
「は、はい……お誘いなんてちょっと照れます」
「照れる? どうして? 一緒にお茶を飲むだけでしょう」
「あ、はい、そうですよね」
表情がくるくる変わるロヴェンは可愛らしい。