4話 正体
レムレス。
この世界においてこの名を知らない人は死人と赤ん坊くらいと言われている。
レムレスは世界中の人間から認知されている。
人気だから?まぁそれもあるだろう。でも大概は忌み嫌われているから。
人類の、いや、彼らは親の仇であり、兄弟の仇であり、恋人の仇でもある。つまるところ敵だ。とっておきの憎むべき人類の敵だ。
奴らは異界の住人だ。ここではないどこからかやってきてはた迷惑にも人間を襲う。
当然人間もやられっぱなしではない、彼らに負けじと抗い続けてきた。
その歴史は古く、紀元前まで遡るという。
それほど人類と因縁のある相手なのだ。
以前までは数十年に数回あるかどうかくらいの襲撃。
だが、近代になってからは数年に一度、一年に一度、半年に一度と襲撃の頻度が狭まっている。
これはまずいと世界中の人々は思った。
このままでは増加する襲撃に対応しきれないかもしれない。
奴らに対抗するための機関が必要だ。
そうして出来たのが――、
「ここ、守手育成学校だ。ここまではみんなも知っているような常識だろう」
藤村先生が教科書片手に説明する。
先生の言う通りここまでは一般常識にあたるためだれもノートにメモ使用だなんていない。
むしろ誰もがそのあとが聞きたいのだとせかすかのように、先生を見ている。
「では、ここで退屈そうな諸君のためにクイズを出そう。そうだな、辿桐」
初めての授業で、初めての名指し。
クラスに瞬間的に緊張が走るも、呼ばれなかった29名は安堵する。
名指しされた辿桐君はというと
「はい」
ごく自然な感じで返事をしていた。たぶん私だったらひっくり返った声で返事をしていたことだろう。
うん、一番手じゃなくてよかった。
「さて、辿桐。質問だ。全国にも6つ守手育成訓練学校があるよな。1つはここ、東京だが残りはどの都道府県にある?」
残り、確か大阪、福岡、秋田。あれあと二つどこだろ。
ちょっと意地の悪い質問だなぁ、全部わかる新入生とかいるのかな。
「大阪、福岡、秋田、新潟、それと広島です」
「おう、正解だ」
近くにいました。全部わかる人。
辿桐君真面目なだけじゃなくてちゃんと勉強しているらしい。ちょっぴり敗北感。
「守手育成訓練学校は各地にあるわけだが、ぶっちゃけ東京が一番でかくていろいろ揃ってる。よかったなお前ら」
さて、と言いながら藤村先生は続ける。
「守手育成訓練学校というからには、その守手ってやつを育成する場なわけだが、臥條!守手とはなん
だ?」
む、ここで私に来るか。
守手とは何か、か。
もちろん、私は意味をちゃんと知っている。
でも、それは誰でも知っている一般常識であり、わざわざほかの人に説明なんてする機会があったわけで
ないのでなかなか難しいところだ。
とりあえず何か言わないことには始まらない。
「守手というのは別名<カウンター>とも呼ばれ、レムレスを唯一単体で倒すことのできる存在です。守手は、その、アースと呼ばれる力の根源に接続することで力を受け取り、その力を用いることができま
す」
ど、どうだ?あまりうまい説明ではなかったけど最低限抑えるべきポイントは抑えてみたつもりだ。
「んー、ま、いいだろ」
ふぅ。よかった。よかった。
それにしても名指しの順番は出席番号ではない、あいうえお順でもないすると日付か、あるいは別の法則があるのか。
とにもかくにも早く法則を見つけて、備えられるようにならなければ。
「あ、でも。1つ訂正な。レムレスを唯一単体で~って言ってたがそれは正確には武装がない、あるいはできない人と比較した場合は、だ。ちゃんとした武装があれば一般人でも対抗できる。忘れないように」
「は、はい」
「臥條も言っていたが、守手はアースの力を駆使しする存在だ。だが、だれにもできることじゃない。アースの力を使うにはアースに接続する必要がある。そのアースに接続できる適性があるか、どうか。それが重要となる。ここに集められたお前らには適性があると見込まれたってことだな」
そう、そうなのだ。
私も中学3年の進路相談で守手としての適性ありとして守手育成訓練学校に通うかどうかの意思確認をされた。
そこで私は同意したからここにいる。
「ゆくゆくはアースの使い方を学んでもらうことになるだろう。けど今は座学に集中してもらうぜ」
その後も守手育成訓練学校についての話は続き、ちょうど先生が話を終えたところで1限目終了のチャイムが鳴ったため終了となった。
「いやー、訓練学校っていうからどんなものかと思ってたけど案外簡単だね」
藤野さんがあっけらかんという。
いま私たちは2日目の初授業を受けていた。
最初ってこともあり簡単なことから進めている。
だけど、これからどんどん専門的なことを覚えていくことになるのだろう。
次の授業で時事は終了して、数学や現代文が始まる。
一年の間は基本的に座学がメインとなるだろうと事前に伝えられている。
目の前の人は座学ばっかりだと知ると、衝撃的な顔をしていたが半日で立ち直ったらしい。
とはいえ油断は禁物である。知っていることだからと気を抜いているとさっきのように突然名指しされたときに即応できない。いつ何が起きるかわからないのだから!
「まぁまだ始まったばかりですしこれからが大変だと思いますよ」
念のため藤野さんにもくぎを刺していく。別にこれは連帯責任を警戒しているとかじゃないよ?本当だ
よ?
などなど自分に言い聞かせつつ、休憩時間を藤野さんと話して過ごした。
「おーす、じゃあ2限目やっていくぞー」
1限目に続き講師は藤村先生だ。
休憩時間が終わる少し前にすでに授業の準備をみんなは済ましていた。
嘘とは言え、昨日のことが骨身に染みているのだ。
「1限目でも軽く触れていたが、2限目からはレムレスについて話すことになる。中学の教科書に載っているようなチャチなもんじゃなくて機密に近いレベルの情報も公開されるから、聞き逃さないように」
「そうだな、じゃあ質問だ。レムレスとは何だ、藤野」
「レムレスとは何か、ですね」
「そうだ」
「……異界の住人です!」
自信満々に答える藤野さん。
教室に訪れる何とも言えない空気。
「え、終わり?」
あまりに簡潔な回答に藤村先生も驚いているようだ。
「はい!」
やっぱり自信満々な藤野さん。
「うんまぁ、間違ってはいないな」
藤村先生もこれ以上の追及は諦めたようだ。
コホンと空咳を打ち、仕切りなおす。
「続けるぞ。レムレスとは藤野の言うとおり異界の住人とされている」
彼らは少なくともこの地球で生まれた存在ではない。
それは彼らを構成している物質が人類がこれまで発見してきた物質のどれとも合致しないこと。
彼らはゲート呼ばれる、特殊な穴をあけてここではないどこからか地球へとやってくることから証明されている。
存在すべてが謎に包まれており、どこからやってくるのか散々調べたがわからないことから異界の住人とまで呼ばれるようになった。
ただ、1つ確認されているのは彼らが、少なくとも人類史が誕生した時からあり続けたのは間違いないということだ。
彼らの特徴として黒い靄のような気体らしきものをまとった不定形生物であることが挙げられる。ようはスライムに近いということだ。
また、大きさや形状にも個体差があり法則のようなものは見られない。
そして、レムレスの最大の特徴と言えば、生物を積極的に襲うことだ。
感覚器官が見られないためどのように判断しているのかはわからないが、とにかく手の届く範囲なら片っ端から攻撃する。
攻撃手段は体の一部をツル状にのばしそれを勢いよく振るう。それ一辺倒だ。
逆に無機物には全く反応を示さない。
彼らは非常に高い再生能力を有している。
切られようが、貫かれようが、燃やされようが、殴りつけても、水に落としても、冷やしても、叩きつけようとも、死なずに再生する。
だが、彼らにも弱点がある。体のどこかにコアと呼ばれる球体状の器官があり、それを破壊することがで
きれば再生することなく消滅させられる。
知性はないとみられ、対話も通じない。
どのように生活しているのか、それすらも全く不明。
彼らは1種の生物なのかそれともすべての個体が別々の種なのかもわからない。
「以上がレムレスの特徴だ。要するに、弱点以外なんもわっかんねぇということだ」
と、レムレスの説明を締めくくる。
「つーわけでお前らはいずれそのよくわかんない奴らと戦うことになるわけだが、中澤、対レムレス戦における守手の役割とは何だ?」
指名された中澤君は少し膠着し、考え込んだ後に答える。
「レムレスに対抗して国民を守る?」
「うん、大枠としては間違っていない。が、俺が聞きたかったのはそういうことじゃない」
藤村先生はグルリと全員の顔を見る。
「いいか、さっきも言った通りちゃんとした武装さえあれば、ただの人間でも勝てる。そしてレムレス戦において最も重要と言えるのはいかに素早くコアを破壊するかだ」
コアの破壊、確かに敵の弱点を突くのは重要になる、敵の撃破はイコール、安全の確保につながるから
だ。
でも、それはただの人間にもできることである。それで言うと守手は必ずしも必要じゃないということになる。
じゃあ守手の意味って何なんだろう。どこにあるんだろう。
気づけば生徒全員が先生の話に聞き入っていた。
「レムレスのコアを破壊するには火力を集中させた面制圧と、一点を狙って打ち抜く精密な一撃が有効
だ。たいていは前者の方法がとられる。前者の場合だと航空戦力を用いての爆撃が主だな」
守手の意義、レムレス戦、面制圧。
なんとなく見えてきたかもしれない。
「しかし、だ。レムレスは市街地に現れないなんて紳士的な協定は持ち合わせてなんかいない。時には市
街地に出現し人を襲うこともあるだろう。そんな中に爆弾落としたらどうなる?中澤」
「一般市民にも被害が及びます」
「そうだ、レムレス以上に俺たちが人死にを出しかねない。これらのことを踏まえればお前たちにも守手
の意義がわかるだろ」
守手は単体でレムレスに対抗できる、つまりは。
「そう、守手は一般市民がいる戦場においての運用が期待されている」
なるほど、そうだったのか。
先生のいわんとすることがはっきりと理解できた。というよりも腑に落ちただ。
「それに、守手にはもう一つの利点がある。それは機動力だ。普通の人間ならいろいろと準備するのものがあるが、守手は関係ない。何しろ己の身一つあればいいんだからな」
いざレムレスが出現したとき、どれくらい迅速に動けるかが市民の命を左右する、そう言いたいのだろ
う。
守手の存在意義、期待されていること。そんなこと考えても来なかった。
これからもっと考えなければいけないこともあるんだろう。
頑張ってついていかなきゃ、密に決意を固める。
こうして守手やレムレスの話は続き、皆は先生の話に必死に耳を傾けていたらあっという間に2限目は終わりを告げた。