ヤツ
「ひだまり童話館」『つんつんな話』参加作品です。
ヤツがいる。堂々と。ヤツは喧嘩も強く、高校のクラスの中では一目置かれ、一人で飄々としている。他の男の子を近寄らせない雰囲気がある。
そんなクールなヤツだからか、想いを寄せている女の子も少なくない。つい私もカッコいいかも、と思っている。
ヤツは一人が好きらしく、あまり他人とふざけていたりはしない。かといって悪いヤツではなく、同じ高校の学生が他校の学生に絡まれたりしている時は、助けてあげている。だからこそ男女問わず、ヤツに近づきたいと思っているクラスメイトは多い。
そして、意外にも真面目で勉強も出来る。喧嘩が強いだけあって運動も得意だ。
こんな完璧な男の子がいるだろうか。思わず私はあら探しをしてしまう。誰も近づかせない雰囲気だからこそ、皆は気になり、女の子は憧れる。なんだか自分がその中の一人になるのは嫌だ。私はヤツに対して敵対心もあるという複雑な乙女心の持ち主。私は勉強は出来るが、運動はだめ。つまり、せめて勉強では負けたくないと思っている。
だが、ヤツは飄々として、あっさりテストでも良い点数を取っている。こっちは必死に図書室通いして頑張ってるのに! やっぱり悔しい。私はいつも遅くまで図書室で勉強をしているが、ある日、図書室で眠ってしまった。
「もう下校時間よ」
そう言って私を起こしたのは、司書の先生。
しまった! 寝てた! 私は恥ずかしくて、先生への挨拶もそこそこに、すぐに図書室を飛び出した。そしてそのまま裏門へ向かう。寝ていた顔を他の人に見られたくなかったからだ。
と、裏門へ行く途中のウサギ小屋に誰かがいる。逆光で見づらかったが、よく見るとヤツだった。
「可愛いでしゅね~」
え? 何語? ヤツが話してるのは赤ちゃん言葉!?
私は思わず鞄を落としてしまった。ドサッという音に、ヤツが振り向いた。ヤツはあんぐりと口を開けて、私を見ている。間抜けな顔だった。つい吹き出しそうになる私。ヤツは私を見つめて、恥ずかしそうに言った。
「誰にも言うなよ」
いつも飄々としているヤツが拗ねてる! 私は笑いが込み上げてきた。
「あはははは!」
「笑うな!」
ますます拗ねて、真っ赤になるヤツ。
動物相手には、つんつんじゃなくて、でれでれじゃん!




