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シェリンガム

前回のあらすじ

 アルバートを雇った


 アルバートの『イベントやりましょう』の一言から始まったイベントは、正式名称では【ライトノベルマーケット】というらしい。

 交流会も兼ねたこのイベントでは、新人作家以外にも事前に届け出て認可が出たアマチュアの人も参加している。

 個々で売るよりも、こうした市場のように売る方がいいらしい。

 その光景はなんだか、前世の大手同人イベントを彷彿とする。

 アルバート曰く、露商を参考にしたとのことなので、私と同じような前世の記憶持ちではない。

 ないはず、なのだが……。


「それでは、これよりレティシア先生の交流会を開催します」

「「「わーっ!!!!」」」

「待ち時間一人三分厳守! それでは、待機していた順番から!」


 これは、なんということだろうか。

 さながらアイドルの握手会のような流れで繰り広げられる交流会。

 聞いてない、聞いてないぞ。

 もっとこう、座談会のような腰を据えた話し合いの場だと思っていたというのになんということだ。


 百人を超えたあたりで見覚えのある人がやってきた。

 紺色のジャケットをかっこよく着こなしているアランだ。

 他に服のレパートリーがないのだろうか。


「まったく、こんなイベントをやるなんて聞いてないぞレティシアさん! 待機列にいるやつなんて男ばかりじゃないか!」


 そう愚痴りながらも私の手を握るアラン。

 そして待機列に並ぶ人々を睨み付けていた。

 待機列からアランに向けられる視線も鋭い。

 一触即発な雰囲気を切り捨てたのは、私の後ろに控えていたアルバートだった。


「あ、時間です」


 アルバートが言い終えるよりも早く、私の傍に立っていた警備が

「あ、おい! この僕、アラン・フォン・エッシェンバッハに触れ、待て、押すなっ!」

「規則なのですみませんね」


 悲鳴をあげるアランを、手慣れた様子で外へ強引に誘導していくのはかつてのアルバートの直近の部下たちだ。

 職を失っていたところを、アルバートが『場内整理なら奴らの方が上手い』という理由で雇用した。

 実際、流れはスムーズだし、不審者の検挙に余念がない。

 『治安維持と勾留が得意です』とキラキラした瞳で語っていた彼らの圧に負けてアルバートに一任したことはアランには内緒だ。


「レティシアさん、また後で……っ!」


 そして、あっという間にアランの姿は人混みに消えて見えなくなってしまった。

 恐ろしく手際が良い。


「応援してます!」

「貴女の本のおかげで自分も本を書いてみました!」

「あの、これ、下手ですけど、絵を描いてみました……!」


 善良なファンからの励ましの言葉や贈り物にニマニマとしていると、シェリンガム元公爵もといシェリンガム神父がやってきた。

 白い法衣を纏った姿はなかなか堂に入っている。

 名前は確か『ヘンリー・ド・フォン・シェリンガム』だったか。

 爵位をなくした今では、ヘンリー・シェリンガムとして教会に勤めているらしいと風の噂で聞いている。


 もしや、シェリンガム神父は律儀に列に並んだのか……と思ったが、彼の背後にいた人の形相を見る限り違うようだ。

 月に一度のペースでなかなか香ばしい恨み言を綴った手紙が届くので記憶に残っている。

 嫌味の一つでも言われるかと覚悟していると、彼はきっとアルバートを睨みつけた。


「アルバート! 我が甥ながらになんと情けない! 見損なったぞ!」

「お、叔父上……!」


 どうやら、甥のアルバートが目当てだったらしい。


「子娘の下で尻尾を振って働くなど、恥さらしめ! こんな世迷言が書かれた本をありがたがって金を出すなど、狂っているとしか思えん!」

「あっ!?」


 そう言ってシェリンガム神父は私の前に置かれていたサイン本を手に持つと両手で持ってビリビリと引き裂いた。

 会場の誰かが息を飲む音が響く。

 喧騒はいつのまにか止んでいて、ピリピリとした雰囲気が会場を支配していた。


 シェリンガム神父は破るだけに飽き足らず、さらに細かく破いていく。

 やがて、満足したのか地面に落として思いっきり体重をかけて本を踏んだ。

 ぐり、ぐりと彼が足を動かすたびに本に皺が走り、ぐしゃぐしゃになっていく。


「叔父上……その本は、その本は……私が校正した本なんです……」


 背後から聞こえたアルバートの声は震えていた。


 ああ、そういえば。

 奥付にアルバートの名前を入れると言ったら彼は酷く驚いた顔をしていたっけ。

 完成本を見ては、また驚いていて不思議に思っていたことを思い出す。


「ハンッ、それがどうした!? そんなモノに価値はない!」

「この本が出来るまでどれほど大変だったか……それを、それを()()()っ!」


 嫌な予感がしたので、咄嗟にサイン本を抱えて忍足でアルバートの背後に回る。

 私の予想は見事に的中して、ごうっ、と暴風が吹き荒れた。


「うぐっ!? アルバート、叔父である私に対してこんな振る舞いをして許されると思っているのか!?」


 吠えるシェリンガム神父の言葉にピタリと風が止んだ。

 ぐっと握り締めていた拳を、アルバートは深いため息とともに緩める。


「もう……もうアンタを叔父とは思わない。私は『変わる』と決めたんだ」

「なんだと!?」

「勘当されてもいい。私を罵るのも好きにすればいい。アンタに理解されなくても、私は生きていけるんだ。連れて行けっ!」

「「はっ!」」


 アルバートの鋭い声に、彼の部下二人が動いてシェリンガム神父を連れて行く。

 なにやら身分がどうの、お前まで誑かされたのかと下品な言葉を叫んでいたが警備に猿轡を噛まされたので最後まで聞くことは叶わなかった。

 暴れていたシェリンガム神父が外に連行された今でも、会場にはピリついた空気が流れている。


「アルバート……?」

「アルバートって、あの悪徳検事の?」


 鋭い視線が向かう先は、アルバート。

 視線が集中していることに気付いた彼は怒りの表情から一転、青ざめた顔をしていた。

 なんとも情けない顔をしていたので、その背中を思いっきりバシンと叩く。


「わっ!?」

「しゃきっとしなさいな、アルバート。交流会はまだまだ続いているのよ?」


 突然、背後から私に叩かれたアルバートは目を白黒とさせて私の顔を見る。


「まさか、仕事を途中で放り投げるような無責任な大人じゃないでしょう? それとも、私の信頼を踏みにじるつもりかしら?」


 わざと、周囲に聞こえるように大きな声で告げる。

 アルバートの名を囁いていた人たちは途端に口を閉ざして私の顔を見ていた。


「な、なんで……?」

「『変わる』と決めた時から、人は変わり始めるの」


 震えるアルバートの背中を叩く。

 片手に抱えていた本を元の位置に戻して、警備に指示を出して交流会を再開させる。

 背後で鼻を啜る音が聞こえたが、すぐに警備の誘導と喧騒に掻き消された。

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