それから……
前回のあらすじ
アランとセシルは仲良し
数ヶ月ぶりの裁判所にて、私は晴れやかな顔を浮かべた裁判官ブルーノを見上げていた。
傍聴席にいるセシルや両親、サリーや文芸サロンの面々に見守られていて居心地が悪い。
「……以上のことから、レティシア被告の出版した書物にはなんら違法性はなく、検事が主張する違法行為を裏付ける根拠はない。よって、判決は無罪とするのが妥当である」
結局、アルバートは国内外から批判を浴びた末に失脚したらしい。
そこから芋づる式に組織の不正が明るみに……という具合で何人かの国王派の貴族が爵位と領地を失い、議会の均衡がまた崩れた。
その間に父と母が健闘したらしい。
権力闘争を繰り広げた結果、市民からも『平等な法律』や『権利と尊重』を求める声があがり、政策にまで影響を与えているとかなんとか。
アルバートの暴走を許し、役人ばかりを贔屓する国王に非難が集まって、今では国王を玉座から引き摺り下ろす署名まで行われているらしい。
その署名活動が飛び火して、教会の強引な勧誘やらお布施の使用範囲までも問題視され、今は監査がはいっているらしい。責任追及されているらしい神父やシェリンガムから恨みの手紙が届いていたけれど、私にはどうもできないので諦めて欲しい。
その活動の余波で、ブルーノ裁判官のこれまでの判例や発言が取り上げられるようになって、彼は世論に押される形で無事に裁判官の仕事に復帰したというわけだ。
「被告の受けた精神的苦痛・肉体的苦痛は想像を絶するものである。容疑者に対する取り調べ、取り扱いには改善を行う必要がある」
そして、ブルーノ裁判官は生き生きとした表情で被告人の権利を保護する必要があることを主張した。
この判決はナーズ新聞が大々的に取り上げ、様々な新聞社で社説が繰り広げられるようになった。
これまで影すら捕まえられなかった吟遊詩人が記者として活躍しているらしい。
アランやネクサス先生も晴れやかな顔で判決を聞いて、拳をコンとぶつけていた。
裁判所での手続きを終え、セシルやアランと一緒に家に帰る。
何故かどちらかと行動していると、どこからともなくどっちかがふらりとやってくるので三人で行動するようになった。
「ただいまー……って、誰もいないはずなんだけどね」
家の中はいつもと変わらず、インクや紙の匂いで満ちていた。
窓を開けて換気すると、残暑も消えた秋風が吹いている。
窓の外の景色はすっかり赤く色づいていた。
「夕食の準備をしておくから、お前らはいい子にしてろ」
「なら、その間に紅茶を煎れよう。いい茶葉が手に入ったんだ」
「俺の分は砂糖を入れないでおいてくれ」
「相変わらず君は無糖か」
アランもセシルも思い思いに私の家で寛ぎ始めた。
慣れたとはいえ、思うところがないとは言わない。
「ねえ、お二人とも私のことを気にかけてくださっていてありがたいのですが……その、お二人も良い年齢ですしそろそろ結婚の話でも持ち上がっているんじゃないですか?」
私を挟んで繰り広げられる会話に耐えきれずそんなことを呟けば、彼らはキョトンとした顔で私を見る。
「君の父上には既に話は通してあるぞ? 君が成人すると同時に僕と婚約する手筈だ」
「は?」
「おい、待て。俺との婚約もあることを忘れるな」
「え?」
まったく身に覚えのない『婚約』という単語に冷や汗が流れる。
「お父様に話を通した? どういうことです?」
「あぁ、君には話していなかったね。実は……」
アランの話を要約すると、私が行方を眩ませたことに気づいた父がアランやセシルに助けを求めたらしい。
いざとなれば実力行使で助けてくれ、と願い出た父に対して二人は婚約を条件に突きつけた……という典型的な悪役的過去が繰り広げられていたらしい。
「『毒には毒で制する』とか訳の分からないことを呟いていたが、君が成人を迎えるまでに生きていた方を婚約者として認めるとお許しになったよ」
「えぇ……?」
父の口振りはなんだかどちらかが死ぬとでも言いたげだ。
不穏な響きしかなくて不安になる。
どう考えてもおかしい状況に意を唱えようとした時、家の扉が開いた。
「あねさま、あねさま。あなたの将来の夫、ニコラスが卒業証書を片手に戻りましたよ!」
満面の笑みを浮かべ、ニコラスと書かれた卒業証書を見せびらかしながら家に入ってきたのは我が麗しの義弟ニコラス。
彼の言葉を聞いて、ギギギと軋んだ動きをしながらアランとセシルが振り向く。
最悪だ、最悪のタイミングで最悪な人が最悪な発言をしながら家に来た。
「ニコラス、ふざけたことを言うのはよせ。レティシアは俺かアランと結婚するんだ。お前とは結婚しない」
「ニコラスくんは数学のしすぎで頭まで数式になっちゃったのかなあ???? 十一歳のガキ風情が結婚できないって法律を理解しろ!」
「残念でしたっ! このボクは天才であるが故に名誉市民権まで獲得していますし、法律上は大人と同等に扱われます! ばーか、ばーか! お前らなんかすぐにボクの作った人工知能に職を奪われて無職になるんだからな!」
「「このクソガキっ!」」
う、うるせぇ……!
というか、喧嘩している影響で魔力が漏れてカーペットが燃えたり、浮いたり、電気が走ったりしている。
このままだと私の家が悲惨な状況になってしまう!
「はい、三人とも静かに!」
「まあ、レティシアがそういうなら……」
「あねさま!」
「どうしてこうもレティシアさんの周りには不愉快な奴らが蔓延るんだ……」
一応は魔力を収めてくれた三人に呆れたけれど、なんだか懐かしいやり取りに全部どうでもよくなって笑ってしまった。
成人する時、誰が私の隣に立っているのだろうと考えると少しだけワクワクしたのはナイショだ。
これまでブクマ、読了ツイート、評価、感想、誤字脱字報告、そしてここまで読んでくださった方たちのおかげで完結まで走りきることが出来ました。本当にありがとうございました。
良ければ、次話の蛇足編もお楽しみください