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作家として

前回までのあらすじ

 拷問されたけど小説書けてハッピー!


 血で小説を書いていることがバレて以降、目に見えてアルバートの態度が変化した。

 幼子に繰り返し言い聞かせるように、血が病気を媒介することを教えられた。


「いいか、とにかく血で汚すことだけはもうやめろ」


 アルバートは紙とペン、そしてインクを与えることを条件に、アルバートが用意した食事以外は食べないことと体調不良があったらすぐに報告するように約束させられた。


「分かりましたけど、なにかあったんですか?」


 アルバートに連行されてから数日、牢の中からでも見張りの兵がピリピリしていることが伝わってくる。

 警戒度があがっているようで、わざわざ兜やヘルメットを脱がせて本人であることを抜き打ちで確認しているほどの徹底ぶりだ。

 食事の運搬もなにやら厳重に蓋をつけて、さらに鍵までかけてるぐらいだ。


「お前には関係ない」


 突き放すように呟くとアルバートは三つ編みを揺らして立ち去ってしまった。


 耳鳴りがするほどの静寂が戻ってきたので、私は貰ったばかりの紙とペンに書き写す作業に戻った。

 机がないので肩が凝るけれど、床に血と指で書くよりスピードは速い。

 昼夜も忘れて作業に没頭していると、背後から声をかけられた。


「尋問の時間だ」

「はあ……、分かりました」


 正直に言えば、まだ小説を書いていたいのだが、機嫌を損ねて紙とペンを取り上げられては敵わない。

 大人しくアルバートに連れられるまま尋問室に行き、中央に置かれた椅子に座る。


「ここまで自白しなかった容疑者はお前が初めてだ」

「そうなんですか?」

「作家というふざけた職業だというのも初めてだがな」

「作家に会うのも初めて、ですか。増えてきたと言っても、まだ両手で数えるぐらいしかいませんからね」


 正式に作家を名乗っているのは恐らく文芸サロンに所属しているフィッツやブレンダぐらいだが、新聞掲載などで創作の楽しさを知った人たちの中からゆくゆくは作家が生まれるだろう。

 そう考えただけでワクワクしてくる。


「そう。で、史上初の作家になったのがアンタことレティシアだ」

「あー……、まあ、そういうことになりますね」

「この国どころか、大陸のなかでアンタの名前を知らない人間は今やいないといっても差し支えない」

「はえ〜、そうなんですか。私もすっかり有名人になりましたね」


 いつもと違って、すぐに自白を迫るようなことはせずにアルバートは世間話を続けている。


「私も『小説』というものをこの前、読んでみてね。なかなか面白いものがあって、ついつい時間を忘れて読んでしまうよ」

「どんな作品が好きなんです?」

「私が好きなのは『宵闇の宴』だな。精密なトリックから作者の知性が窺える」


 そこまで語ったアルバートは、ふと何かを思い出したようにテーブルの引き出しを開けた。

 そこにあったのは、身に覚えのない冊子と新聞。


「ここに来てから一月、そろそろ外の情報が恋しくなっただろう?」

「ああ、もう一ヶ月も経っていたんですね。どうりで最近、涼しく感じるようになったんですね」


 窓のない尋問室、廊下、そして牢。

 見張りの兵も雑談をするような人間はいなかったので、時間感覚が狂っていたらしい。


「最近の新聞ではアンタの名前を見なくなった。もうきっと、アンタの帰りを待っている人間はいないぜ」

「はあ……」


 アルバートが見せてきたナーズ社の新聞は、教会の不正や横暴を叩く記事が並べられている。

 その中には彼がいうように、私の名前はない。

 代わりにセシルが外国から賞を受賞したというものがあった。


 自白を強要する手段として、『孤立』や『無力感』を煽る言葉を選ぶという。

 アルバートは、どうやら拷問ではなく精神的な面から自白を引き出そうとしているらしかった。



 テーブルの上に置かれた冊子を手にとってもアルバートはなにも言わなかったので、好奇心が赴くまま視線を向ける。

 『聖女への寵愛』と書かれた表紙と『セシル・サンガスター』という著者名が。

 どうやら私がここにいる間に新作を書き上げたらしい。

 前書きには『塔の王女に捧げる』と書かれていた。


 尋問中であることも、アルバートがいることも忘れてページを捲る。

 処女作『宵闇の宴』よろしく、今作もまたミステリー作品だった。

 前作との違いを挙げるとすれば、本作品は犯人に焦点が当てられている。





 『シルス』という男は美女『レティ』と内縁の関係にあったが、生来の人見知りかつ奥手なこともあって、思うように関係が進展できない状況にあった。

 シルスがレティへの愛情を燻らせていたある日、彼はふと思いつきで朝食に『珍しいハーブ』と偽って毒草を入れるのだ。

 そして、食後の毒消しの紅茶を与える。

 愛する人の生殺与奪を握ったという支配欲に魅入られた彼はどんどんとエスカレートしていく。

 紅茶に入れていた毒消しを、ある時にはクッキーに、ある時には自らの口内に入れて口移しをしたりと過激になっていく。

 やがて、シルスは『支配』だけで満足できなくなり、自分自身も毒草を食べてはレティと毒消しを飲むようになるのだ。

 愛に狂っていくシルスと無邪気にかき乱すレティ。


 ある時、毒草を購入するシルスを訝しんだ騎士が調査を始めたことで狂った日常が崩壊していく。

 追い詰められるシルス、様子のおかしいシルスを訝しむレティ、そしてそんなレティに近寄る騎士。

 恋人を失うことを恐れたシルスはついに一線を越えてしまう……というストーリーだ。




 『聖女への寵愛』という作品では、その毒草は『人によれば泥のような味をしていると評判の不味い草で、スパイスとしてどこかの国では扱われているらしいが、この国ではそんな食文化はない』と描写されている。

 その毒草は手を開いた赤子のような形をしていて、青々とした緑色が特徴的。

 その毒草の特徴は、かつてセシルが私に振る舞った料理にあった香草と非常に共通している。

 さらに前書きでわざわざ私の作品名を出し、『捧げる』とまで書いている。

 ここまでされては、知らなかったフリをすることもできない。


 常軌を逸した、熱烈な狂気(あい)の告白。

 それに気づいて、ぞわりと私の肌が粟立つ。

 いつからこの作品を書こうと思っていたのか、この作品を読んだ私をどうするつもりなのか、そしてこの作品がどこまで現実でどこから妄想なのか。

 考えても考えても結論はでない。


 血の気が失せた私の顔を見て、アルバートは新聞の切り抜きを取り出す。


「どうだ? 史上初の作家のアンタはもはや過去の人間。ここから出て自由になったところで、誰もアンタを待っていない」


 その記事には私の醜聞(スキャンダル)が書かれている。

 どれも証拠もないあやふやな言いがかりであったが、『レティシアの作品はどれも陳腐でありふれた駄作』と名前すら知らない作家がコメントしていた。


「『過去の人間』ですか」

「もう次の作品を書き上げたとしても、誰も目に留めないだろうよ」

「そうでしょうね」


 私の返答を聞いたアルバートは途端に表情を緩めた。


「な? もう意地を張る理由もない。いい加減、自白して楽になったらどうだ?」


 爛々とした目で、アルバートは私を見つめる。

 その目は自白を引き出したいと切実に語っていた。


 どうやら、アルバートは己の勝利を確信しているようだ。

 小娘相手に脅迫して、心を追い詰めたと、そう思っている。

 生憎と、私の中身は前世含めてとうの昔に成人済み。

 暴力や脅迫に屈服するほど柔じゃない。


「意地を張る理由もない、ですか。いいえ、今し方その理由を見つけてしまいました。ですので、私はこう告げましょう。『私は何もしていない』と」


 キッパリと告げれば、アルバートの微笑は固まって、みるみる表情が険しくなる。

 テーブルに乗せた拳はわなわなと震え、纏っていた空気は剣呑なものに変わる。


「アルバート検事、貴方に残っている時間はあとどれくらいなんでしょうね? アランが来るのが先か、それとも教会が来るのが先か。もしかしたら、貴方が私を殺す方が先かも知れませんね」


 そう言ってアルバートに微笑みかければ、彼は今にも私を殺しかねないほど睨みつけていた。

そろそろ完結します

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