尋問と拷問は大義のために
前回のあらすじ
レティシアは違法逮捕された!
今回、次回は描写は淡々としていますが拷問される描写があります。苦手な方は二話後の前書きだけ読めば問題ないようにしておきます。
いきなり逮捕され、両手両足を縛られたうえに、猿轡と目隠しもされた私は地面に転がりながら一日を過ごした。
ようやく猿轡と目隠しが外されたのは、私が逮捕されてから次の日の昼過ぎ。
一晩過ごした牢から移動され、今度は椅子に縛り付けられた。
「おー、おー。あの有名なレティシアも無様な姿になったなあ!」
目の前の椅子に座っているのはアルバート。
騎士たちに連れてこられたのがこの尋問室。
隣のテーブルに置かれているのは鋏、ペンチやナイフ。
つまり、質問に答えてもらうための道具なのだろう。
否が応でも視界にソレが目に入って身体が強張る。
アルバートはニヤニヤと笑みを浮かべて私を見ていた。
片手に持っているのは何かの資料だと思われる。
「いやはや。まさかお前が、かの『モンタント』だったとはなあ!」
「はあ……」
アルバートが床に放り投げたのは、私の家にあったはずの数々の原稿。
そのなかでも、既にモンタントとして発表したものだ。
どうやら、アルバートは私の家を捜査したらしい。
家にある原稿は既に出版されたので、最悪目の前で破り捨てられてもなんとかなる。
「これでお前を処刑する為の手がかりが掴めた、というわけだ。どうだ、認めたらすぐにでも処刑してやるぞ? なんなら、反省の色があったとして二親等処刑が回避できるように『契約』してもいい」
そう言って私の原稿を踏むアルバート。
もしここで彼の言葉を信じて嘘の自白をしたなら、裁判は省略されてすぐに処刑台送りだ。
この国では自白以上に強い証拠はない。
そうなれば、これまでの苦労が全て水の泡だ。
それに、私が死んだあと彼が律儀に約束を守り続けるとは限らない。
「拒否するわ」
キッパリと告げれば、アルバートの笑みがビシリと固まる。
自白すると確信していたのか、彼の表情は唖然と口を開いていたがすぐに閉じた。
「はっ、そうか。それなら、自分から罪を認めるように『手伝って』やろう」
そう言ってアルバートは、私の横に置かれた器具に手を伸ばす。
恐怖を煽る目的で彼は器具の上で手を泳がせる。
「さて、爪か皮膚か髪か。好きな方を選ぶといい」
「そうね。痛覚がないから髪、と言っても爪を選ぶんでしょう?」
「まさか! 爪はもう少し先さ。まずは皮膚からいこうか」
アルバートは少し刃こぼれしたナイフを取り出し、わざと私が見えるようにかざした。
刃こぼれだけでなく、錆まで付いているようなナイフだった。
「その反抗的な態度がいつまで持つか見ものだな」
そして、ナイフを片手にアルバートが近づいてきた。
数回、皮膚の上をナイフの刃先が撫でる。
ぶつ、ぶつと切れ味の悪いナイフが肌を切りつけて痛みが走る。
それでも自白せずにいると、彼は苦々しく舌打ちをした。
ぽたぽた、と私の右の二の腕から流れる血をアルバートは丁寧にタオルで拭う。
「娘にしてはなかなか気骨のあるやつだな」
「あなた、こんなことをして良心が痛まないの?」
「良心が痛むのは無実か冤罪の相手にだけだ。お前は被告人で、紛れもない悪だ。私の行為は国法に則って正規の手続きを踏んで行なっている」
「大義は私にある」と凄みながら、アルバートが手当てを進めていく。
消毒液が付着したアルコール綿で傷口を消毒されるたびに痛みが走って顔がひきつった。
出血死しないように傷口は浅くされているが、それでもやはり痛いものは痛い。
「だが、明日もあるからなあ。明日も元気に否認できるといいなあ」
その言葉に見送られるように尋問室から連れ出されて、その日は終わった。
次の日、私は牢の中で食事を取っていた。
ここで提供される食事はパンと水だけ。
少食の私でもまだ空腹を感じるほどの量だ。
「古典的な拷問だったけど、過去の文豪が根を上げるのも理解できるわ」
右の二の腕には包帯が巻かれているが、微かに血が滲んでいた。
アルバートの予告が正しければ、今日は爪か髪。
爪は生えてくるまでが長いので、それを考えると憂鬱になる。
この桃色の髪も手入れしてきたので愛着があるので、なるべくなら傷つけられたくはない。
そんな私の気持ちを悟ったのか、食事を持ってきたアルバートは格子の向こうでしゃがみながら私を見下ろしていた。
「食事を終えたな? それなら尋問の時間だ。今日は爪、と言いたいところだがまだ皮膚だ」
「勤勉で結構なことですね。そんなに私を処刑したいようで……」
格子扉を開けて私の右腕を掴むアルバート。
まだ塞がっていない傷口が開いて痛みが走る。
「意地を張ってもゆくゆくは処刑されるだけだ。早く自白して楽になった方がいい」
そうして連れて行かれた尋問室には、昨日と違って椅子ではなくテーブルだけが置かれていた。
アルバートは私の手足をテーブルに結びつけると、壁にかけられていた鞭を取り外す。
それは猫鞭と呼ばれる短い鞭で、まるで猫に引っ掻かれたようなミミズ腫れになることからそう名付けられたらしい。
本来は酢酸などにつけて、さらに痛みを与えるための拷問器具だ。
さすがにアルバートもそこまでする気はないようで、酢酸らしきものは見当たらない。
ひゅん、と風を切って鞭がテーブルを叩く。
表面が少し削れ、木片が宙を舞って地面を転がった。
「まだ自白する気にはならないか?」
「なりませんね」
「そうか。自白したくなったらいつでも言うといい」
鞭打ちは主に背中や太腿を中心に行われた。
創作でSMプレイの一種、鞭打ちを取り扱ったことがあったが、実際に鞭で打たれたのは初めてだ。
服越しでも衝撃や痛みが軽減されることはなく、痛みに歯を食いしばる。
痛みに汗が吹き出し、その汗が傷に染みてさらに痛くなるという悪循環になっていた。
「はあ、はあ……どうだ、自白する気になったか?」
風が吹き込まない室内で鞭を払っていたアルバートもまたシャツの色が変わるまで汗を流していた。
頰を伝う汗を手の甲で拭いながら彼が問いかけてくる。
「まさか。またとない体験ができて嬉しいぐらいよ」
「はっ、殊勝な言葉だな。また明日も同じ言葉が言えるのか楽しみだ」
またも背中の傷に消毒液を掛けられた。
その日の晩、寝ようとしても背中の痛みで目が覚めるので、深夜になるまで寝付けなかった。
横になること自体も痛いので、ぼんやりと牢の床に座る。
「いてて……愛のない鞭打ちって良くないわね」
ベッドもない牢なので、座っているだけでも足が痛くなる。
体勢を変えた瞬間に痛みが走って、生暖かいものが腕を伝った。
どうやら、寝返りをうったことで二の腕の傷が開いたらしい。
「はあ、紙とペンさえあればなあ」
掠れた声でぼやく。
痛みを堪えるために呻いてしまうのだが、力が過剰に入って喉を痛めてしまったのだ。
前世でも今世でも、眠れない夜はよく創作していたのだが、この牢には紙とペンはない。
頼んでみたのだが『ペンを用いて自殺されては困る』『自白すれば遺書を書く分は用意してやる』と回答されたので諦めるしかなかった。
そんなことを考えていると腕を伝う血の感触が不快で、思わず手で拭う。
手についた紅を見て、私はとある作品のエピソードを思い出していた。
「血で手紙をしたためる……極限状態だからこそできる所業ね。傷口を抉ったりなんてしたら、化膿してしまうわ。それにペンも紙もないことに変わりは……」
痛みを誤魔化すためにぼんやりと考えていた頭が、突然冴えたような衝撃が走る。
そうだ、なにも紙とペンじゃなくてもいいじゃないか。
腕から滴る血を指に伝い落ちるように角度を調整して、牢の床に書いていく。
「看守と女囚人の淫欲に塗れた愛憎物語……これはえっちだわ、間違いないっ!!」
こんな状況でも心が踊ってしまうのは、きっとこれまでにない経験をしたからだ。
「脱走を企てて……バレて追い詰められるけど看守に助けられて……ここで過去の事件を語らせる……二人の関係性が明らかになって……うふ、うふふふふふふ、あははははははっ!!」
いつもより頭を回転させながら物語を創る。
インクは限られていて、書き直しはできない。
まさしく、一度限りの創作。
長らく、こんな緊迫した環境で創作したことはなかった。
アランやセシル、リディやファンからの援助でなんだかんだ苦労もなく執筆できた。
恵まれていた、と今なら思う。
それでも、今が不幸だとは思わない。
心が満たされなかったあの頃に比べれば、今の私は間違いなく幸福だ!
レティシア、お前、やばいよ……!