セシルの覚悟
前回のあらすじ
腐女子と遭遇したレティシア。軽いジャブ程度ならイケると判断!
文芸サロン開催から数日。
監視されている私が参加したら、他の人にあらぬ疑いまで掛けられそうになるので、代理でアランを向かわせた。
アランに託したのは、新作の小説三本。
『入れ替わり令嬢』『獣王子』そして『不屈の騎士』。
『入れ替わり令嬢』はタイトルの通り、私が転生した時の記憶を元に創った物語だ。
作中では、頭の回転が速い針子と手先が器用な令嬢がひょんなことをきっかけに入れ替わるようになり、仲を深めながら問題に取り組んでいくストーリーだ。
『獣王子』はある時、突然閃いたネタを元に書き上げた。
獣に変貌する呪いをかけられた王子が、国から追放されて失意の底に落ちる。
宛てもなく各地を彷徨うが、国の惨状を目の当たりにして王子の責任に突き動かされ、悪事に手を染めながら正義を追求するものだ。
系統としてはダークヒーローもの。全体的に暗い雰囲気がある。
これまでの作品と違って、なんと挿絵がついている。
印刷と予算の関係上、白黒だが挿絵付きの本を作れて嬉しい。
『不屈の騎士』は同性愛をベースにした物語だ。
才能がないと嘲られた主人公と、幼い頃から神童と持て囃されたライバルの衝突と成長を描いたものだ。
最後のシーンでは、直接的な心情の表現は避けたので、人によっては友愛か性愛かは判断に分かれるだろう。
紙で運ぶ以上、それほど部数は渡せなかったがアランが出来る限り配ってくれるそうだ。
実に良いビジネスパートナーを持ったものだと心から思う。
新作の感想を聞けないのは寂しい。
ブレンダもフィッツも元気にしているだろうか。
サリーとも裁判の日以降、会えていない。
ニコラスは学園に馴染めているだろうか。
一度会いたいと思うと寂しくなってしまう。
数ヶ月前まではみんなと普通に会えていたというのに、まったくままならないものである。
やはり、国王とアルバートは許してはおけない。
最近、私の家を訪ねてくるのはアランぐらいなものだ。
処刑が怖くないのかと聞けば、彼は呆れた様子で『僕ぐらいの魔力持ちを処刑できる人間はいないさ』と笑っていた。
少し寂しげな表情だったのは、周囲から畏怖を向けられて孤独な人生を送ってきたからだろうか。
そのことを尋ねたら彼は『君の好きなように解釈してくれ』と言ったきり黙ってしまった。
そんなわけで、私は一人昼食の準備をしていた。
いつもふらっと私の家に来ては料理を用意してくれたセシルの姿はない。
前世の知識もあるので、自分の分の料理ぐらいはすぐに用意できるが一人ぼっちの食事はどうにも嫌な記憶を思い出してしまう。
「なんか、食べなくてもいっかな」
ダラダラしながら用意していたら、なんだか食欲も失せてきた。
幸いにも食材にまだ包丁は入れていないので、このまま片付けても問題ない。
もういっそ夕食の時間を早めればいいか、なんて考えていると家の扉が叩かれた。
覗いてみると、セシルが仏頂面で立っていた。
驚きながらも扉を開けると、彼はやはり無言で私を見下ろす。
「セシル、どうしてここに?」
「昼食はまだ食べていないようだな」
台所に置かれた食材を見て、彼は手に持っていた紙袋のなかから更に食材を取り出す。
そして彼は何も言わずに料理を始めた。
「セシルさん、新聞でも読んだでしょう。私と関わらない方がいいと思うのだけど」
「歳下の君に指図される謂れはないし、何をどうするかは俺が決める。それに、今更だろう」
キッチンのなかから包丁を見つけてさっさと料理を進めていくセシル。
その手捌きは、初めて彼が料理していた時よりも洗練されている……気がする。
上手くなっているのは間違いない。
そうして彼はあっという間にスパゲティとサラダ、そしてスープ。
「ほら、完成したぞ」
「ありがとうございます……」
私の状況は既に手紙で伝えていたし、新聞でも取り上げられているからセシルも分かっているはずだ。
それなのに、彼は自分の足でここに来た。
元から意図が読めない男ではあったが、メリットがないどころかデメリットでしかない一連の行為に目を丸くする。
セシルは食事の最中、喋ることをよしとしないので終わった頃合いを見計らって話しかける。
「セシルさん、どうしてここに?」
「なんだ、嫌だったか?」
「嫌ではないけれど……」
「ならいいじゃないか」
なんだか強引に丸め込まれてしまった気がする。
相変わらず何を考えているのか分からない。
セシルは食事を終えると、ふと思いついたように口を開いた。
「『入れ替わり令嬢』と『不屈の騎士』を読んだ」
「……っ! そう、なの。それで、どうだったか聞いてもいいかしら?」
「『入れ替わり令嬢』は突拍子もない話だったが、身分の違う二人の対立がよく表現されていた。文芸サロンのみんなも絶賛していたぞ」
「そうか。そうなのね。それは良かった」
まさかこんなにも早く本の感想を聞けるとは思っていなかった。
直接、面と向かって言われるのはなんだか気恥ずかしい。
「『獣王子』はまだ読んでいないが、『不屈の騎士』は……」
セシルはそこで言葉を切ると、少し考え込む素振りを見せた。
男性同士の恋愛を取り扱ったものだから、人によっては忌避感があるかもしれない。
前世では一定の需要があり、愛好する土台が築かれていたがこの世界では違う。
結婚も夫婦関係も『家庭』と『子供』を作るためという意識が根付いているのだ。
ばくばくと心臓が高鳴る。
嫌われたかもしれない、駄作と言われるかもしれない。
そう考えたらキリがなくて、お腹まで痛くなってきた。
「……いいと思うぞ。少なくともブレンダとサリーはその話で盛り上がっていた」
「そっか」と緊張で乾いた口を動かして答える。
やっぱり、他人から評価を貰う瞬間というのは何回やっても慣れる気がしない。
「お、俺も悪くはないと思うぞ?」
「そうですか。それは良かったです」
「あくまで一般論だからな!? 勘違いしないでいただきたい!」
突然、セシルは慌てたように弁解を始めた。
普段は物音を立てずに片付けるというのに、ガチャガチャと騒がしく皿を動かす。
「悪くはないっていうだけで、別に好きともなんとも言ってないからな!」
「はあ……?」
セシルは赤い顔をしながらパタパタと手で顔を扇いでいる。
部屋の気温はそれほど高くないはずだが、彼は男性なので私とは体感温度が違うのかもしれない。
換気のために窓を開けている間、ふと気になったので尋ねてみる。
「セシルさんはどの作品が好きなんですか?」
「へっ? あー、『熱砂の国』だな」
「異国の文化を分かりやすく描写していますからね。文芸サロンでも評価が高い作品でしたもの、きっと歴史に残るでしょうね」
「君は、なんで他人の作品を褒められるんだ?」
セシルは真剣な眼差しで私の顔を見ていた。
何故と聞かれても答えに困る。
褒めるのになにか理由でも必要なのだろうか。
「だって、好きになったんですもの。好きなものに『好き』と言わず、何に『好き』というのですか?」
「君はプライドがないのか?」
「プライド、ですか? ありますけど……」
「あるんだ!?」
目を見開いて露骨に驚くセシル。
彼は一体、私をなんだと思っているんだ?
「あの慇懃無礼なアランと親しくしていた時点でまともではないと思っていたが、やはり普通ではないな」
「……そ、そうなんですか」
まるで自分は普通だという口振りだったが、賢い私はセシルの顔を立てて無言を貫くことにした。
次回、裏文芸サロン!