型破りにも程があるぞ、レティシア!!
前回のあらすじ
記者に思考実験を教えた
裁判所からの通告があって以来、どこを歩いていても誰かの視線を感じるようになった。
どうやら、私には監視がつけられているらしい。
常に人の目に晒されているアランとは違い、突然ふらっといなくなる可能性が高い私を見張る必要性があると判断したようだ。
尾行されていたとしても、特に実害はなかったので気にしないことにする。
そんな心温まるお兄さんたち(国家の犬)にこっそり見守られながら、私は紅茶を飲みながら家で新聞を読んでいた。
どの新聞の見出しにも『アルバート検事の乱心!』と大きく書かれていた。
そのなかでも事件を詳細に分析しているのはナーゼ新聞であり、その他の新聞はナーゼ新聞を引用しながら自論を展開していた。
一連の裁判は、本を題材としていることから『レティシア及びモンタント事件』と一括りにされている。
私がアーズに入れ知恵をしたおかげで、新聞の売れ行きはかなり良いらしい。
感謝を示す言葉が書かれた手紙がアラン経由で渡された時は少しだけ複雑な気持ちになってしまった。
私が唆したとはいえ、各社が取り上げている新聞はどれも否定的だったり反論していたりしている。
「これ、話題になっているというより炎上してるよねえ」
やや不安に思うけれども、アーズが張り切っていたのでこの件は彼に任せることにした。
アランの取り仕切る白狐出版社では本を作れなくなったので、私は代わりにどうやって本を作るか頭を悩ませていた。
「ナーズ新聞に載せているけれども、分量が圧倒的に足りないんだよなあ……」
新聞という媒体は、長文であるよりも情報を詰め込んだ短文が好まれる。
新聞を読むのは好きだが、小説というにはやや物足りないのだ。
印刷は辛うじてできるけれども、販売となれば厳しいものがある。
「いや、別に売る必要はないな」
そう、作家にはなりたいがお金を稼ぎたいわけではないのだ。
印税を受け取っているのもインク代や紙代を確保しつつ、最低限の衣食住を整えるためのものだ。
「……よし、配るか!」
昔、といっても前世の話だが文芸イベントで配ったこともある。
販売が禁止されたなら、配ってしまえばいい。
この国では、売ることに責任は伴うが、無償配布は相手の合意さえあれば取り締まる法律がないのだ。
来週あたりに文芸サロンが、再来週あたりに裏文芸サロンが開催されるので、そこで配布することにしよう。
悩みも解決したことなので、切らしていた紙とインクを買いに街に繰り出す。
つかず、そして離れずの距離で尾行してくる相手を尻目にいつもの店に向かう最中。
「ここ、新しいカフェがオープンしたんだ」
見慣れない看板に足を止め、何気なく店の中を見る。
どうやら女性向けのカフェがオープンしたようだ。
「行ってみよ」
裁判の雲行き次第では、一生牢獄に囚われる可能性が高い。
最後の晩餐というわけではないが、楽しめるうちに楽しんでおきたい。
背中に突き刺さる監視の視線にも負けず、カフェの扉をくぐって窓際の席に座る。
コーヒーの豆に拘っているそうなので、それを注文することにした。
コーヒーの香りを楽しみながら読みかけの本を読もうと思っていると、隣の座席にいる女性三人組の会話が耳に飛び込んできた。
「ねえ、今朝の朝刊、読んだ?」
「読んでないわ。夫が騒いでいたけど、何かあったの?」
「それが、最近、裁判中に検事が暴れたらしいわよ」
「まあ、怖いわ」
カフェの中で井戸端会議が繰り広げられていた。
私が本を出版して以降、市民の間では読書ブームが広まっていると聞いていた。
そのおかげで識字率が上がっているらしく、新聞の購読者数が増えている……らしい。
「裁判って、あのレティシアが被告になっているやつでしょう?」
「なんでも無罪を言い渡した瞬間に検事が暴れたそうよ」
「やだわぁ、これだから魔力持ちは怖いのよ」
それから女性たちは世の中の不安だったり、夫の愚痴を語り合っていた。
どの世界でも、伴侶に対する愚痴は似るものなのだと思わず感心していると、さらに話は転がっていく。
「レティシアって、あの本をよく出している人でしょ」
「うちの息子がよく読んでるわ」
「なんなら夫と寸劇までしてるのよ」
微笑ましい家族エピソードにほっこりとしていると、話は怪しい方向に進んでいった。
頼んだコーヒーを飲むことも忘れ、息を殺して三人の会話に耳を傾ける。
「あの『円卓の騎士』って本、いいよねぇ」
「分かるわ、アーサー王とガウェインの組み合わせっていいよねえ」
「私としては、ランスロット含めた三角関係もなかなか……」
アーサー王とガウェインとランスロット……?
あの作品では、三角関係にあるのはアーサー王とギネヴィア、そしてランスロットのはずだ。
「忠義と友愛に揺れる美青年……」
「分かるわ……その気持ち、とてもよく分かる……」
「心臓がはちきれそう……っ!」
これは、これはもしかして、もしかしなくとも……?
彼女たちはいわゆる腐女子ではないか?
男性同士の恋愛を好むという、一定のファン層を指して示す言葉だ。
女性が多いことから名づけられたその呼称は、前世でよく見かける単語だった。
私のかつての友人にもそういうものを好む人がいた。
彼女ら、彼らの作品にかける情熱は目を張るものがあった。
これまでは異文化の違いもあって、万人受けを意識していた作品ばかりを作っていたが、もう少し自由に創作してもいいのかもしれない。
とはいえ、後世の作家たちの為に下地は作っていくべきか。
ここは手堅く『触手』『擬人化』『同性愛』をテーマに書いてみようかな。
そんなことを考えながら、私は少しだけ冷めたコーヒーを口に含んだ。ちょっとだけ苦かった。
『手堅く』とは一体……?
10/20までには完結させます(血涙)