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大義とペンに勝るものはない

前回のあらすじ

 レティシアちゃん、テロ容疑を掛けられる


 逆転敗訴から数日、私は前々から目星をつけていた新聞社を訪れていた。

 『ナーズ新聞社』、新聞社がある地区から名前をもじってつけているらしいが経営が奮っていないことは見てわかった。

 社員がいたであろうデスクには埃が積もっている。


「アンタがレティシアか。好きに座れ」


 私を出迎えたのは無精髭を生やした男。

 身なりは整えられていたが、それでもみずぼらしいという印象からは抜け出せていない。

 結婚指輪をしていないことから未婚だと思われるが、確証はない。


「貴方が私に手紙を出したというナーズ新聞社取締役のアーズさんで間違い無いですか?」


 裁判があったその日の夜、私宛に届けられた手紙はどれも話を聞きたいというものだった。

 裁判であったこと、本を出した経緯、これからどうするつもりなのかを聞きたいというものだった。

 その手紙のなかで、取材をしたいことと記事を書いてくれたら買い取るとまで申し出たのがナーズ新聞社だった。


 この世界では、勿論新聞といった情報媒体も検閲が行われている。

 治安を維持するために発刊を禁止するならともかく、アーズからの手紙によれば賄賂を要求してくる役人もいたそうで、ナーズ新聞社は断ったばかりに倒産寸前まで追い詰められているとのこと。

 立て直しに協力して欲しいという言葉で締めくくられていた。


「あぁ、いかにも。まさかダメ元で手紙を出したというのに、その日のうちに回答が貰えるとは思わなかったぜ」

「手紙で大まかな経緯は伺いました。他の社員はどうされたんですか?」

「逃げたよ。みんな、どれだけ書いても記事にならないことに嫌気をさしてたからな」


 アーズもそう思っているのに、彼はこの新聞社を盛り返したいらしい。

 なんだか矛盾した考えをしている。


「この新聞社は元々、この地区を盛り上げようと始めたものだ。先代の遺志を継いだはいいものの、俺が取締役になってから落ちぶれるばかりだ」


 アーズの話に耳を傾けながら、私は内心どうしたものか考える。

 彼の志によっては、私の記事をどう扱うのか変わってくる可能性があるのだ。


「この国は不正が罷り通っている。アンタの裁判も、教会派のやつらが共謀して仕組んだものだ」

「教会派、ですか」


 ふと脳裏に破門状が過る。

 そういえば検事のアルバートも教会派として有名だった。


「外国からやってきた宗教で、国王が国教に迎えてから奴らの横暴は加速するばかり。レルス神を蔑ろにしては信徒から金を貪る物臭司祭どもだ」

「レルス神とは、たしかこの国で昔から信じられていた豊穣の精霊でしたね」


 立ち位置としては精霊信仰に近く、街中でたびたびその姿を見ることができる。

 アランの取り仕切る“白狐出版社”もあやかっているらしい。

 人前に姿を現す時は真っ白な狐の姿をしているそうだ。


「やつらは自分たちの宗教こそが正しいと確信して、この地に根付くレルス神への信仰を根絶やしにするつもりだ。先代はそのことを危惧していた」


 アーズの膝の上に乗せられた拳は微かに震えていた。

 言葉の節々から彼の先代への敬意と教会への怒りが伝わってくる。

 苦労しているからこそ、現状に不満を抱いているらしい。

 ()()()使()()()


「事情は分かりました。さて、時は金なりといいます。こちらをご覧ください」


 アーズに裁判所からの書状を渡す。

 彼はあかぎれが目立つ指で受け取って目を通した。


「ほお。想像してたよりも強引な手段に出たな」

「それについて私の意見を纏めた記事がこちらです。十文字一レルスとして、全部で千文字なので百レルスになります」


 金額を提示すると、アーズは顔を顰める。

 百レルスは法律上定められている公務員の給料半日分に該当するが、どうやらそれだけの金額を捻出するのも苦しいらしい。


「支払いは経営を立て直してからで構いませんよ。この代わり条件があります」

「条件? 何を要求するつもりだ?」

「貴方の作る新聞に、私も一枚噛ませてもらえませんか?」

「……なんだと?」


 大義のある人間は好きだ。

 必ずとんでもない偉業を成し遂げる。

 たとえどんな困難があろうとも、目標を実現するためなら手段を選ばない。


「このままでは、ナーズ新聞社はいずれ潰れます。そして、教会は思うままにこの国を支配するでしょう。それを阻止しようではありませんか」

「どうやって? 権力を握っているのはやつらだぞ」

「敵の敵は味方、という言葉はご存知でしょう?」


 宗教とは、悩み苦しむ人が幸福を求めて縋るもの。

 突き詰めていえば、その有様は反社会的である。

 例え国教として社会を形成していても、必ず行き場のない人間がいるということ。

 そういう人間は怒りのやり場を求めている。

 ほんのちょっと、攻撃できる手段を与えてやるだけで彼らは勝手に動くはずだ。


「教会派の度肝を抜くような記事を載せて販売します」

「なんだって!?」

「見出しはそうですねえ。『全能の逆説』とかどうです?」

「全能の逆説?」


 前世では有名な思考実験の一つだが、この世界では有名ではないらしい。

 さっと紙にイラストを交えて解説してやることにした。


「まず、神を全能だと仮定します」

「はあ……」

「そして、その神が『何人も決して持ち上げられない箱』を作ったと仮定します。さて、神はこの箱を持ち上げられるでしょうか?」

「……そりゃ勿論、持ち上げられないに決まっているだろ」


 その答えを聞いて、私は神と書いた文字に斜線を引く。


「神は『何人も決して持ち上げられない箱』を持ち上げることができないので全能ではありません」

「言われてみれば確かにそうだな。それじゃあ、神が箱を持ち上げたらどうなるんだ?」

「神は『何人も決して持ち上げられない箱』を作れなかったことになるので、それでもやはり神は全能でなくなります」


 堂々巡りの思考のループ。

 それが『全能の逆説(パラドクス)』。

 全能であるがゆえに陥るものだ。


「アンタ、面白いこと言うなあ。なるほど、そりゃ確かに教会の連中が潰しに来るような人間なのも肯ける」

「気に入っていただけてなによりです。それじゃあ、さっそく記事を作っていきましょうか」


 上機嫌になったアーズと共に、私は紙に次々とネタを書き出していった。

 これならきっとある程度の話題にはなれるだろう。

悪ガキ過ぎるぜ……!

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