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レティシア及びモンタント事件②

前回のあらすじ

 裁判所に子供たちがやってきた


 参考人として召喚されたのは、私が寄付していた孤児院に預けられている子供たちだった。

 将来騎士になりたいという少年二人組と少女一人だった。

 子供たちに会うのは初めてだったが、シスターとは何度か顔を合わせたことがあったのですぐに気づいた。

 子供たちは興味津々な様子で法廷を見回し、きらきらと瞳を輝かせている。

 シスターの誘導に従って子供たちは大人しく椅子に座った。


「弁護人、この人たちが参考人なのですか?」


 確認の意図を込めてブルーノ裁判官が問いかけると、ネクサスはコクリと頷く。

 呆れたアルバートの視線をものともせず、ネクサスは子供に話しかけた。


「それじゃあ、みんなレティシア先生の本を読んだ感想を教えてくれるかな?」

「「「はい、ネクサス先生!」」」


 ネクサスは目を細めると、鼻に絆創膏を貼った少年にまず問いかける。


「じゃあ、まず君の名前から聞こうか」

「俺、ダミアン!」

「ダミアンくん、レティシア被告の本を読んでどう思ったんだい?」


 問いかけられたダミアンは「にへへ」と笑いながら鼻の下を擦る。


「俺もあんな騎士様みてぇになりてぇなって思ったぜ!」

「君が読んだのは『アーサー王』シリーズだったね。これらの本で間違いないかな?」


 ネクサスが取り出したのは、私が孤児院に寄付した本のうち三冊。

 その本を見て、ダミアンは顔を輝かせて頷いた。


「それだぜ、それ! 俺のおすすめは『円卓の騎士』だぜ! ガウェインがチョー……ッ! カッケーんだぜ!!」


 元気いっぱいに作品をアピールしてくれるダミアン君。

 その姿に傍聴席からも微笑ましそうに目を細める貴婦人や紳士の姿が散見される。


「俺、文字の読み書きが苦手だったけど、頑張って練習したんだぜ!」

「裁判官、彼の努力の成果を発表させていただきたく思います」


 ブルーノが口を開くよりも早く、検事席のアルバートが声高く叫ぶ。


「異議あり! 弁護人は本件の裁判と関係のない議論で進行を妨げています!」

「異議を認めます。弁護人は目的を明らかにするように」

「被告人の本が社会に及ぼす影響を証明するためです。その為には、参考人の朗読が最も効果的だと判断しました」


 ネクサスの説明を聞いたブルーノは数秒だけ考え込む。

 顎に手を当てて考えを纏めた後、彼は口を開いた。


「よろしい。では二分だけ朗読を許可しましょう」


 ブルーノの言葉に、アルバートは愕然とした表情を浮かべていた。

 法廷に子供がいるというだけでも前例がないのに、発言まで許可したのだから、新人の彼には予想外に次ぐ予想外なのだろう。


「ありがとうございます。ダミアンくん、お願いできるかな?」

「任せとけ! えっとね……」


 ダミアンは手慣れた様子で本をパラパラと捲ると、目当てのページを見つけて姿勢を正す。

 そして朗読を始めた。


「『我が王、アーサーよ。幸いにも私は未婚であります。それならば、私が夫になりましょう』そう告げたガウェインは老婆と結婚式を挙げました」


 どうやらダミアンは『アーサー王』シリーズの二作目『円卓の騎士』における『太陽の騎士ガウェイン』の結婚エピソードを読んでいるようだ。

 あの辺りのエピソードはファンからの手紙から推測するに、かなりの人間から支持されている。


「その日の晩、寝支度を整えたガウェインでしたが、その表情は暗いものでした。妻となったラグネルは風呂に入ったというのに、下品で醜く、宵闇のなかでどれだけ目を細めても醜悪な外見であることに変わりませんでした。

 耐えかねたガウェインはついに本音を零してしまいます。『君は年増で醜く、とても品がない。私はとても君のことを妻として見ることができない』

 それを聞いた妻は静かに答えます。『歳を重ねた私は若いものより思慮深く、顔の良さにかまけて貴方を不安にさせるような振る舞いはいたしません。品の良し悪しは貴方が決めることで、これから上品な振る舞いを身につけるよう気をつけましょう』」


 衆目に晒されているというのに、ダミアンはつっかえることもなく本の文章を読み上げていく。


「老婆の落ち着いた声にガウェインが驚いて顔をあげると、そこには若々しく、美しいもの姿に変わった老婆であった女性が立っていました。

 彼女は自分の老婆ラグネルと名乗り、自分には呪いが掛けられていたことを明かします。『貴方のような若く、美しい騎士と結婚し、私に敬意を持ったことで呪いは半分解けました。これで、昼か夜のどちらかだけ元の姿に戻れます。貴方はどちらが良いですか?』

 その話を聞いたガウェインは答えます。『なら私は夜だけ若い姿でいることを望む。君の美しい姿を他人に見せたくないんだ』

 ガウェインの答えを聞いたラグネルは目を伏せます。『私は昼が良いです。老婆の姿では、お洒落を楽しむことも、貴方の側を歩くこともできません』」


 読書会で読み上げられたこともある。

 それでも、これほどの人数を相手にされたのは初めてだった。

 知らず知らずのうちに、私の手に力が篭る。


「ラグネルの答えを聞いたガウェインは悩み、そして告げました。『きみの思う通りに。私の話を聞いてくれたのだから、私もきみの意見を尊重しよう』

 その瞬間、ラグネルにかけられていた全ての呪いが解け、彼女は一日中若く、美しい姿のままでいられるようになりました。それから、ラグネルとガウェインは互いに敬意を持つ素晴らしい夫婦としてキャメロットで有名になりました」


 読み終えたダミアンが、ぱたん、と本を閉じた音が法廷に響く。

 途中まで囁いていた人々も、話が進むにつれて口を閉ざしていたのだ。


「素晴らしい朗読だったよ、ダミアンくん。難しい言葉が出てきたのに、ちゃんと読めたんだね」

「うん、シスターに教えてもらったんだ! マシューともよく復習したんだぜ!」

「そうなんだねえ。マシューくん、孤児院ではこんな風に本の朗読会が行われていたのかい?」


 丸眼鏡をかけた、利口そうな少年がコクリと頷く。

 眼鏡を指で押し上げて、落ち着いた様子でネクサスの質問に答える。


「はい。週に一度、レティシア先生の本を使って朗読会を行います。みんなで本を読み合いながら文字の読み書きを練習します」

「なるほど、どうしてレティシア被告の本なんだい?」


 ネクサスの問いかけに、孤児院の子供たちは一斉に答えた。


「持ちやすいから!」

「孤児院にいっぱいあるよ!」

「子供ウケがいいからでしょうね」


 子供ウケについて言及したのは、利口そうなマシューだ。

 素直で言葉を選ばない姿は父やセシルを彷彿とさせる。


「シスターのエミリィさん。レティシア被告の本が寄付されてから、子供の学習速度に変化はありましたか?」

「これまで勉強を嫌がっていた子供たちが自主的に勉強するようになりました。レティシア先生にはいつもお世話になりっぱなしで、近眼のマシューのために眼鏡を買い与えてくれたり、何冊も本を寄付してくださったり……あの人のように慈悲深い方を私は他に知りません」


 シスターはキッパリと断言して、裁判官を見据える。

 ここまで断言されると気恥ずかしくなってしまう。


「このように、被告人の著書は子供の学習に大きく貢献しています。検事が主張するような、法律で罰するものなのか今一度裁判官には考えていただきたい」


 ネクサスの演説が終わり、彼が腰掛けると同時に傍聴席から拍手があがる。

 まばらだったその音は、やがて割れんばかりの大喝采にまで膨れ上がった。


「静粛に! 静粛に! 職員、騒ぐ平民を外に連れ出せ!」


 混乱する法廷をよそに、ネクサスは勝利を確信する笑みを浮かべていた。

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