ニコラスの覚悟
前回のあらすじ
国費で機材を撤去した(悪行)
モンタントの裁判が終わってから数日。
『レティシア』の裁判は資料集めと日程の兼ね合いがあって暇な時間が生まれた。
けれども、そんな暇で居られるほど私も自由ではなかった。
ネクサスとの打ち合わせ、今後をどうするかアランと相談し、『モンタント』として小説を書きながらも『レティシア』としても小説を書く。
意外にもやることは多く、毎日がてんてこ舞いだった。
そして、今日はそんなやらなくてはいけないことを一旦傍に置いて、馬車を乗り継いで私は国の端にある港に来ていた。
うんざりするほど燦々と降り注ぐ日光、目も眩むような眩しさを放つ水面と打ち付ける細波。
私は今、海外留学に行くというニコラスの見送りに来ていた。
人混みを掻き分けて、見覚えのある赤い髪に駆け寄る。
どうやらニコラスの見送りに両親も来ていたらしい。
私の存在にいち早く気づいたニコラスがぱあっと顔を輝かせる。
「あねさま!」
たたたっと駆け寄って私に抱きつくと甘えるように頬擦りをする。
呆れたような両親の視線に苦笑しながら、私はぽんぽんとニコラスの頭を撫でる。
「間に合って良かったわ。ニコラス、向こうでも無理はしないようにするのよ」
「はい、あねさま。最短で卒業して戻ってきます」
父の話によれば、ニコラスは外国の学園に通うことになったらしい。
全寮制だから、家や食事の心配もいらない。
卒業後は進路も保証されている。
ルーシェンロッド伯爵家を取り巻く問題や、国の情勢は十歳のニコラスにはまだ難しすぎるということでまだ何も告げていないらしい。
代わりに、手紙を認めて叔父に託したそうだ。
ちなみに、ニコラスがこれから通う学園はエリート中のエリートが通うものらしく、最短で単位を取得して卒業するにしても三年はかかるらしい。
お世話役として、リディも同行するとのこと。
両親が一番信頼している使用人なのだとか。
ニコラスは無邪気に笑って私の両手を握る。
「あねさま、あねさま。一つ、我儘を言ってもいいですか?」
「あらあら、私にできることなら頑張るけど……」
なにせ、ニコラスが乗る予定の船が出航するまでそれほど時間はない。
購買で買えるものならいいが、買いに走っている間に出航されたなんていう悲しい未来は避けたい。
そんなハラハラした私をよそに、ニコラスは小さい口を開く。
「もしボクが学園を三年で卒業できたら、ボクと結婚してください」
ニコラスもついに結婚を意識するようになったか。
前世の私も小さい頃は好きな先生に対して結婚すると叫んでいたものだ。
こういう時、否定せずに保留しておくのがいいんだっけ?
「あはは〜、ニコラスってばおませさんね。考えとくわ」
「とうさま、聞きましたね! 必ず成し遂げて見せます!」
三年で卒業できるらしいが、設立されてから五十年間誰も実現できていないとかなんとか。
父の苦笑、母の「あらあら」という声にも気づかず、ニコラスはやる気に満ちた顔で拳を握る。
なんにせよ、やる気があるのは良いことである。
「貴族にとって約束は大事ですからね! あねさま、約束ですよ!」
「はいはい、ニコラスも物好きねえ」
「浮気したらダメですからね!」
「残念ながらそういう相手はいないかなあ」
ぶっちゃけ今、被告人だしね。
そんな相手に恋愛している暇はない。
「やっぱり二年で卒業しなきゃ……」
「何か言った?」
「あねさま大好き!」
「あらあら、私も好きよ」
これから暫く分かれることが寂しいのか、ニコラスは私をぎゅうと抱きしめる。
少し高くなったニコラスの頭を撫でながら、帰ってくる頃にはきっとすっかり私の身長を追い抜くだろうなと感慨に耽る。
ニコラスが終始笑顔で居たためか、しんみりとした別れにはならなかった。
船の上でブンブンと手を振るニコラスとリディを見送りながら、私は船が見えなくなるまで見送る。
「まったく、ニコラスには困ったものだ。私に条件を突きつけてくるとはな」
「よいではありませんか。最近はハキハキとして自分の意見を言うようになって、日に日に成長を感じますわ」
そう言った両親の横顔は少しだけ寂しそうだった。
退路を絶たれてるよ、レティシアちゃん……!





