表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

49/76

「まさか、こんなことになるとは思いませんでした……」

前回のあらすじ

 訴えられたから負けます!!


 法律の要、治安の象徴。

 司法を司る裁判所というのはいつの世も、そしてどこの世界でも威圧的な外見をしていた。

 石を削って作られた天秤は『裁き』を体現しようとしているのだろう。


「いよいよですね、モンタントさん」

「ええ、頼みますよネクサス先生」


 緊張した面持ちで互いの肩を叩き、裁判所の門を潜って中へと入る。

 アランは傍聴人席に座る為、今この場にはいない。


 今回の裁判で、私たちは『負ける』。

 けれど、転んでもただで起きないのが私だ。

 裁判官や検事から判断基準さえ引き出せれば、『レティシア』は勝てる。


 私は仮面がズレていないことを確認して、被告人席に座る。

 仮面の着用が認められるとは思っていなかったが、ゴネれば意外といけるものだった。

 今回の裁判は見せしめの意味が強い。

 最悪、被告人席に被告人が座っていなくても構わないという認識なのだろう。


 傍聴人席には正装のアランと、その隣には数人の記者。

 スケッチブックを開いて絵を描いているのは法廷画家だろう。


 弁護人席にはネクサスが座り、向かいの検事席にはオールバックに固めた青年が座る。

 ネームプレートには『アルバート・シェリンガム』の名前が刻まれている。

 もしやシェリンガム元公爵の親族なのだろうか?

 だとしたら不思議な因縁もあったものだ。


「必ずやこの事件で勝利し、我が叔父の仇『レティシア』を失脚させてやる……!」


 本当にシェリンガム元公爵関連の人間だった。

 やる気に満ちている青年アルバートを利用することに対する罪悪感は一瞬で消え失せた。

 彼の犠牲はこの胸に刻み込んでおくとしよう。


 裁判官の席には身なりの整った初老の裁判官が座る。

 事前に渡された書類によれば、名前は『ヒューゴ・アップルヤード』。

 ネクサスによれば、検事として長年活動してきたが最近裁判官に転職したらしい。


「それでは、これより被告人『モンタント』及び白狐出版社の販売した書物の裁判を始めます。被告人は猥褻な文章を本として出版し、社会を混乱に陥れましたね?」


 厳かな声で裁判は始まり、情報の照らし合わせが始まる。


「はい、私は猥褻な文章を本として出版しました」


 大切なのは、猥褻な文章を書いたことは認めるが社会を混乱に陥れたという部分には敢えて触れない。

 こうすることで、正義感溢れる検事は必ずそのことに言及するのだ。


「このように被告人は自身が社会を混乱に陥れたことに対して全く罪悪感を持っておりません!」


 新人検事のアルバートは、それはもう見事な弁舌で『モンタント』を批判した。


「裁判官、検事は証拠品としてこれまで被告人が出版してきた本を提出します」

「受理します……これは、なんと破廉恥な!」

「そうでしょう、そうでしょう! こんな悪書が世に蔓延っているのです!」


 アルバートから証拠品を受け取った裁判官のヒューゴはぱらぱらと本を開き、目を丸くして本を閉じる。

 事前に目を通していなかったのだろうか。

 前世の裁判よりも、かなり裁判が形骸化しているのかもしれない。


「それでは、弁護人。申し立てがあるのならどうぞ」

「はい、まず本書は人間関係を描写したものであり、社会を混乱させる意図を持って執筆し、出版されたものではありません。検事の指摘する『社会の混乱』も規模が明示されておらず不明瞭。言いがかりであると弁護側は反論します」


 ネクサスは静かな声で反論する。

 さすが弁護人というべきか、検事の指摘に甘いところを見つけて吊し上げる。


「弁護側は証拠品として、前年度と今年度の検挙率の推移を提出します」

「ふむ、弁護側の言うことも一理ありますな。検事の意見を伺いましょう」

「このまま悪書を野放しにすれば、これから増加することは確実。しかしながら、まだ無いことは証明のしようがありません」

「その通りですな。社会が混乱してからでは手遅れとなってしまいますからな」


 『無いものは証明できない』

 なるほど、悪魔の証明か。

 進行の仕方を見るに、裁判官はアルバート側のようだ。

 鐘の音が鳴り響き、裁判はいよいよ大詰めとなった。

 仮面越しに見据えた裁判官は、無表情で高台から私を見下ろしていた。


「それでは、これより判決を下す。被告人『モンタント』、白狐出版社は有罪。出版停止、並び再発防止に努め……」


 アルバートは勝ち誇った表情を浮かべ、ネクサスは鎮痛な面持ちで俯く。

 演技する必要はないはずなのに、アランも首を横に振って頭を抱えていた。

 私の位置からは彼が笑っているのが見えるので、早くそのことに気づいて欲しい。


「まず、『熟れた石榴』『淫欲の果てに堕ちゆくカラダ』『マグロと言われて捨てられた人妻が俺の手で雌の喜びに目覚めたんだが?』のこれらは不倫を題材としたものであり、反社会的内容であることは言うまでもない」


 タイトル、読み上げちゃうんだ……。

 番号を振って読み上げを回避したり、一括で証拠品として管理したりなんてしないらしい。


 読み上げられたタイトルに、傍聴人席にいた記者が『えっ!?』という顔で私を見る。

 君たちも事前に資料を確認していなかったのだろうか。


「一方、『俺の幼馴染が可愛すぎて夜も眠れない件について』は猥褻な文章であるが、前述した作品に比べ、反社会的要素は少ない。しかしながら、三十八ページ八行目七列の【◯◯◯】や四十ページ十一行目八列の【◯。◯◯】は猥褻を示唆する文言であることは疑いようもなく……」


 そこまで言及するのか。


 記者や法廷画家も唖然と口を広げながら私と裁判官の顔を見比べている。

 なんなら、検事のアルバートもうっすら顔を赤くして狼狽えている。


 私は何もかも上手くいっている現実に吹き出さないように頰の内側を強く噛み、太腿も抓る。

 視界の端ではアランもネクサスも俯いてふるふると肩を震わせていた。


「……よって、本書は猥褻な書物である。被告人、最後に何か言うことはありますか?」

「まさか、こんなことになるとは思いませんでした……」

「反省しているならよろしい。貴方の為に陳述書を提出してくれた孤児院や養護院の方達に顔向けできるような作品を書くのですよ」

「……はい」


 そうして、衝撃的な裁判は私の『負け』で終わりを迎えたのだった。

チャタレー事件……!?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ