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逆ギレかますよ、レティシアちゃん!

前回のあらすじ

 両親が笑顔で『破滅するよ!』って報告してきた。


 茹だるような暑さのなか、私は自分の家の床で転がって天井をぼんやりと眺めていた。


「あー…………」


 意識を失っているというわけではなく、昔からどうしたらいいか考えても答えが出ない時は四肢を投げ出して空を見上げるようにしている。

 こうすると、本当にどん詰まりな気分になれるのだ。

 両親の話を聞いてから、何をしても集中できなくなってしまった。


 特に酷いのは、小説関連だった。

 ネタ出しも、プロット構成も、執筆も、果てには校正まで手につかない。


 小説を書こうと机に座った瞬間、自責の念が込み上げてきて、脳内にいるもう一人の私が耳元で囁きかけてくるのだ。

 『こんなことをしていていいのか?』

 『一人だけのうのうと好きなことをするなんて人の心がない』

 その声を無視して書いても、結局納得のいく作品が作れるはずもなくて原稿を放り投げる。

 手直しすればするほど悪くなっているような気がして、かといって書き始めたばかりのもので進めるのも間違っている気がして。

 机の上に積み上がるのは書き上げるどころか中途半端に書き連ねたアイデアの束。

 それに対して完成した作品など一つもない。


「これは、どうしたものかなあ……」


 そう言って自己嫌悪に浸っていると家の扉が外から叩かれる。


「レティシアさん、僕だ」

「アラン様でしたか、鍵は開いてますよ」

「そうか、失礼するぞ」


 扉を開けて入ってきたアランは家の中を見回して、やがて足元に転がっている私の存在に気付いた。


「……どうしたんだい?」

「床に転がっています」

「それは見て分かる。僕が聞きたいのは動機の方だ」

「無気力ゆえに、ですかね」


 アランは数秒考え込んだ後、手に持っていた鞄を机の上に置いて私の横に胡座をかいて座る。

 太腿の上に頬杖を突きながら私を見ていた。

 心なしか笑みを浮かべているように見えたがどうでもいい。


「裁判の日程だが、来週の火曜日になった」

「なるほど。出廷命令があるので、その日は予定を開けておいた方がいいですね」

「そうだな。弁護士を立てたが、あまり期待はしない方がいい。出版停止は免れないだろうな」

「そうですか」


 この国では、裁判で有罪無罪を争うのではなく、罪の重さを議論して決めるという形式になっている。

 日本のシステムにかなり近く、弁護士も無罪を求めるのではなく罪を軽くしようと司法取引を求めるケースが多い。

 今回の弁護士も刑を軽くしようとするだけで無罪を勝ち取る気はさらさらないらしい。


「レティシアさん、何かあったのかい? とはいっても、何となく何があったのかは分かるが」

「議会の均衡が崩れたことで、ルーシェンロッド伯爵家はこのままいけば断絶すると聞きました」

「反貴族派が多数を占めているからね。教会がスキャンダルでも起こさない限りは貴族の解体は免れないだろう」

「……教会?」


 何故か、『教会』という言葉に引っ掛かりを覚える。

 過去のことばかり思い出していたせいか、とある人物の顔がしきりに蘇ってきてしょうがなかった。


「ああ、なんでも『貴族は腐敗している』と公言して憚らないやつらだ。大方、国王に取り入って貴族に成り代わろうとしているのだろう」

「国王はたしか外国から婿として嫁いできたんでしたっけ」

「ああ、だから伝手のない貴族を疎ましく思っているんだろうな」


 互いに睨み合う国王と貴族。

 良い意味でも、悪い意味でもこの国が長い歴史を掛けて作り上げたシステムだ。

 相互に監視し合うことで暴走を抑制してきたというシステムが崩れたことで、国王を制限する枷がなくなる。

 そうなれば、たとえどれほど馬鹿げた法令を出そうとも誰も非難できなくなる。


「……検事の名前、たしか教会派の連中だったわね」

「ああ、なんでも新人らしい。今回の事件で教育でも兼ねるつもりなのだろうな。まったく腹立たしい」


 前世の世界でも、独裁政権の先駆けとして言論の自由がまず弾圧された。

 それから結社の自由、学問の自由と制限が課せられ、気がつけば少数の人間の意のままに数千万の命が左右される事態に陥った。

 それを踏まえて法律や政治の仕組みそのものが見直されたのだが……。


 今のこの情勢の動き方は、なんだかそれととてもよく似ている。

 万が一、国王が暴走したとしてもそれを止める者がいない。

 代替となるシステムもない。


「……ムカつくわね」

「レティシアさん?」

「もう一度弁護士に会うわよ、準備なさい」


 きょとんとしたアランを放っておいて、体を起こして立ち上がる。


「ちょ、ちょっと、さっきまでの落ち込みようはどこに行ったんだい!?」

「今回の件、間違いなく国王と教会が後ろについてるわ」

「それなら『負け』は確定だ。弁護士に会う必要なんて……!」


 振り返って、珍しく弱音を吐くアランの顔を正面から見据える。

 先ほどまでの無気力な気持ちはすっかり消え失せて、私の思考はどこまでもクリアになっていた。


「どうやら国王陛下は国の制度を新しくしたいご様子。ここは忠実な国民の一人として、そのお手伝いをして差し上げようじゃありませんか」

「……何を言っているんだい?」

「盛大に『負け』て差し上げるのよ」


 さらにアランは惚けた顔で私を見上げている。

 その頭の中は疑問符で一杯になっているのだろう。


「それじゃあ、諦めるっていうのかい?」

「まさか! 狩人を罠にかけるのよ」

「罠にかける? どうやって?」


 アランから貰っていた裁判に関する書類を手に微笑む。

 バックにいる連中の詰めの甘さにつくづく笑うしかない。


「新人検事を利用するのは気が引けるけど、今後のために礎になっていただきましょう」

「……ははっ。今の君の顔、『気が引ける』って表情じゃないぜ」

「そういう貴方こそ、惚けた顔をしている暇があるなら準備なさい。時間は限られていますからね、すぐにでも行動しなくては」


 さっと身嗜みを整えて、家の鍵を掴む。

 アランが慌てながら鞄に手を伸ばすのを尻目に、私はこれからの事について考えを巡らせるのだった。

★まだ見ぬ検事を、理不尽な謀略が襲う──!!

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