不穏な動き
とある日の午後、私は家でセシルと共に朝食を食べていた。
ちら、ちらとセシルの視線がテーブルの上に置かれたスープではなく、地面に吸い込まれる。
「なあ、レティシア。その、いつもの椅子はどうしたんだ?」
「椅子ならすぐそこにあるじゃない」
脇にどけてある椅子を指で指し示せば、セシルは首を横に振って否定した。
「俺が言いたいことはそうじゃなくてだな……」
「ああ。今、私が使っている椅子のこと? エッシェンバッハ侯爵家のご令息ことアラン様を椅子にしているわ」
驚くほど座り心地の悪い椅子をポンポンと叩くと足元から呻き声が聞こえた。
「セシルも座る?」
「断る」
「そうなの。私だけでは体重が軽いから対して重しにならないのよねえ」
この前の“裏文芸サロン”で私を揶揄った報いを与えている最中なのだ。
「レティシアさんっ、たしかに、椅子になるって、いったがっ!」
「ええ、たしかに言ったわね」
「座り方が、想像とっ、違うんだがっ!?」
ニマニマと『君の下になれるなら喜んで』と宣っていたとは思えない弱音だ。
是非ともあの気持ち悪い笑顔でもう一度、同じ台詞を吐いて欲しいものだ。
「想像と違う? これは由緒正しき正座という座り方ですよ」
「他の椅子みたいにだなっ、太腿とかお尻の柔らかさを堪能できるような箇所をっ!!」
「気持ち悪いですね」
かなり気色悪かったので、膝立ちになればアランは情けない悲鳴をあげた。
「膝はっ、膝はいけない!! お゛ぎゅ!?」
流石に体力の限界だろうと判断して退いてやると、アランは床に倒れ込んでぜえぜえと荒い呼吸を繰り返す。
「は゛ぁ゛っ゛、はぁっ、な、なかなかこういうのも……悪くは、ないな……っ!」
「……アラン、俺は君のことを『人の屑』だと思っていたが、どうやらお前への認識は『救いようのない屑』に改めた方が良さそうだな」
「君のようなネガティブ男に比べればマシさ」
「なんだと?」
放っておくと喧嘩を始めそうな二人に呆れて、私は食器を片付けようと皿を手に取る。
そんな時、家の扉が丁寧にノックされた。
「あねさま、あねさま。ボクです、あねさまの愛しの弟ニコラスです」
仕事をしているはずなのに何故か毎日のように私の家に来るセシルやアランと違い、家庭教師やレッスンの兼ね合いもあって最近なかなか見かけなかったニコラスの声が響く。
「一時休戦だ、アラン。あいつは許しちゃおけない」
「奇遇だね、僕もあのクソガキ……ニコラスくんに負けっぱなしではいられないんだ」
この前二人仲良くチェスで負けて以降、何故かニコラスに関してだけは一致団結するセシルとアラン。
十歳児に対して何をムキになっているんだか。
「いらっしゃい、ニコラス。ちょっと喧しいのがいるけど気にしないでね」
「おやおや。これは負け犬どもが雁首揃えてご機嫌よう。また僕のあねさまに迷惑をかけていたんですね」
年上二人に生意気な口を聞けるほど、三人はすっかり打ち解けているらしい。
男同士の友情的なやつなのだろう。
平和主義な私にはさっぱり分からない。
「そういえばあねさま、郵便受けに封筒が入っていました。それとこれはお父様からのお手紙です」
「あら、届けてくれてありがとう」
ニコラスの頭を撫でれば、彼は目を細めて嬉しそうに笑う。
なんだかんだ甘やかしてしまう私は、確実にブラコンの道を歩んでいるな。
「あら、こっちは裁判所ね。『出版差し止め命令』まさかこんな文字を見ることになろうとはね」
もう一つの封筒は裁判所からの通告。
内容は懸念していた通り、認可を得ていない印刷物頒布の禁止。
この件は既にアランが手を打っていて、これまで印税を寄付してきた孤児院や養護施設の代表が陳述書を提出してくれている。
最近、文通するようになったブレンダやフィッツも訴状を突きつけられているらしい。
セシルもまた、訴状を送りつけられていた。
ちなみに『モンタント』には更に上の賠償命令まででている。
この件はすぐにどうにかできるものでもないし、アランと追々相談しておくとしよう。
次は両親からの手紙だ。
「ふむふむ、『久々に家族で食事でもしませんか。今日の夜、六時に屋敷に来てください』……随分と急ね」
特に今日の夜から明日の夜にかけて用事は入れていない。
ニコラスが家でどう過ごしているか気になるし、折角の招待だ。
服装はいつものブラウスにスカートで問題ないか。
三人はというと、喧嘩が盛り上がっていた。
「さて、今日もおじさんたちをぼこぼこにしてやりますよ」
「ふん、僕はチェスは苦手だがセシルは違うからな。お前の実力を見せてやれ」
「うるさいぞアラン、俺に指図するな」
ぎゃあぎゃあと騒ぎながらチェスの準備を始める三人。
私の記憶が正しければ、チェスは静かにプレイするもので複数人で対戦できるルールはなかったはず。
……楽しそうだから、時間が来るまで放置でいっか。





