想定外に次ぐ想定外!
前回のあらすじ
セシ……アベニューくんの悩みを聞いてあげた
セシルと少しだけギクシャクした気がしたが、こんなことでへこたれてはやっていけないので無理やり気持ちを持ち直す。
心なしかセシルからの視線が冷たいような錯覚も覚えたが無視だ、無視。
真面目な話も終わったので、セシルと一緒にアランもといラワンを探す。
金髪と白い仮面を探していると、人が密集しているなかにそれらしき人物を見つけた。
「おお、あの『モンタント』卿も今宵の集まりに参加しているとは! 是非ともお会いしたいものです」
「噂をすれば、我が主人がおいでになりました」
私に気づいたアランが人を掻き分け、まだ私たちが知り合いであると気づいていないセシルを見てちょっと吹き出しかけたがすぐに持ち直す。
軽く咳払いをしてから、恭しく一礼をする。
「このお方が『熟れた石榴』『淫欲の果てに堕ちゆくカラダ』
『俺の幼馴染が可愛すぎて夜も眠れない件について』『マグロと言われて捨てられた人妻が俺の手で雌の喜びに目覚めたんだが?』といった数々の名著を作り上げたモンタント様でございます」
うおお……殺してくれ……!
わざわざ作品名を出す必要はなかっただろう……っ!!
「ふ、ふふっ、ふふふ……!」
ンの野郎、私を辱めるためにわざと名前を出したな?
これが終わったら確実にお仕置きしよう、そうしよう。
「貴方があの『モンタント』……!」
「おお、さっくりと読める作品の作者とは思えぬ洗練された雰囲気……!」
「いい匂いしゅる……!」
アランの紹介を聞いて、周囲に群がっていた人々がざわざわと騒ぎ始める。
その群衆の中で、杖をついた老人ことフィッツが私に近寄ってきた。
「これはこれは、モンタント様。お忙しい中お越しくださり、誠にありがとうございます。私は『ネイソン』と申します」
「こちらこそご招待いただきありがとうございます。貴方の『微熱の愛』を拝読いたしました。包み込むような愛を感じる作品でした」
「お楽しみいただけて何よりです」
フィッツことネイソンの作品は社会人の、それも下流貴族が主人公の小説だ。
没落貴族の主人公に忠誠を誓うメイドの焦ったくなるような官能小説で、濡れ場こそ少ないものの純愛路線で個人的に気に入っている。
「私も『淫欲の果てに堕ちゆくカラダ』を拝読させていただきました。いやあ、後半の怒涛の♡の勢いは凄まじいものがありましたね。濁点の喘ぎ声を文章で表現されていて“堕ちてる”って感じがヒシヒシと伝わってまいりました」
「オタノシミイタダケテナニヨリデス……」
六十過ぎであろう老人から、私の作品に関する詳細な感想が述べられる。
周りの群衆もウンウンと頷いているこの空間はあまりにも精神への攻撃力が高すぎる。
なにより、隣でセシルが「よく分かってるじゃないか」と呟いているのが聞こえてきて辛い。
気力を振り絞りながら回答していると、フィッツがふと気づいたように口を開く。
「恥を承知で伺いますが、モンタント様が今おつけになっている香りはなんですかな? フルーツのような瑞々しさと甘さを気に入ってしまいまして、出来れば家内に贈ってやりたいのです」
「ああ、これは新作の香油でしてね。“コルテサン”という名前のものです。刺激的で官能的な香りでしょう?」
ポケットに入れていた掌サイズの小瓶のラベルを見えるように見せてやる。
ついでに、他の人にも伝わるように敢えて名前を口にする。
コルテサン、それは娼婦や水商売を意味する言葉だ。
この香水をプロデュースしたというジュリアもなかなか思い切ったネーミングをしたものだ。
より一層ざわざわとしたどよめきが広がる。
パッと見、従者を連れて参加するほどの上流貴族がそんな名前の商品を好んで使用しているとなれば当然、強く印象に残る。
これでモンタントは貴族の中でも『変わり者』という印象を決定づけた。
小説の購入特典として一度限りの使い切りも併せているので、プロデュースしにくい名前であったとしても売り出せる。
アランが考えたプロモーションはなかなかどうして思い切りが良い。
フィッツの他にもセシルやその他の群衆に匂いを強く覚えさせる。
こうすることで、彼らは今日出会った『モンタント』をフルーツの香りを嗅ぐたびに思い出すだろう。
人の記憶と香りは強く結びつく、我ながら上手いこと相乗効果を狙った作戦だ。
そうして暫く歓談していると、フィッツが懐を弄った。
「おや、そろそろ時間のようです。それでは、少し余興を兼ねたゲームを開催するのでどうぞお楽しみに」
胸元から懐中時計を取り出して時間を確認すると、フィッツは片手を上げてカウンターの奥へ消えてしまった。
ゲームをするとは聞いていなかったので、首を傾げながらアランやセシルと顔を見合わせる。
彼らもまた、そのような話は聞いていなかったらしい。
「ゲームか。流石にこの人数で本の交換会は無理そうだもんな」
正確には数えていないが、見えている範囲だけでも両手の指を使っても数えられないだろう。
「ゲームですか、楽しみですね」
一体どんな催し物をするつもりなのかワクワクした私が目にしたのは────。
「え? なにあれは?」
色とりどりのぶにぶにした筒状の物体や粘度の高い液体が詰められた瓶、そして煙草ぐらいのサイズの箱を運び込む使用人たちの姿だった。
これ、女性向け恋愛小説ってマジ?