裏文芸サロンのお誘い
前回のあらすじ
二度とセシルのクルマには乗らないとレティシアは固く心に誓った。
フィッツ主催のアフタヌーンティーから数日後。
私はあれからレティシアの名義で発表する新作のプロットを練っていた。
『モンタント』の方は、今の私が出せるアイディアを出し尽くしてしまったので充電期間中だ。
気晴らしがてらに家事でもしてみようと思い立ったのはいいが、何をするべきかとんと見当がつかなかった。
家はリディが丁寧に掃除し、キッチンはセシルが毎日使っては綺麗にしていくから家事は洗濯ぐらいしかない。
その洗濯も近年開発された洗濯機が代行するので、私は洗濯物を干す以外にやることがないのだ。
そんな唯一の家事も終わってしまい、後は乾燥した服を取り込んで畳むだけになってしまった。
私はいつものように執筆に勤しもうとしたその瞬間、家の外から元気な声が響く。
「こんにちは、レティシアさん! アランだ、開けてくれ!」
ノックをして鍵を差し込むニコラスや定時刻に食事を作りに来るセシルと違い、全く予想できないタイミングでやってきたアランに少しだけため息が漏れる。
セシルが言動でトラブルを起こすなら、アランは予期せぬ(それも最悪な方の)タイミングで出現するから厄介なのだ。
今日はたまたま私の他にいなかったからいいものの、毎度二人以上の来客になると喧嘩が起こるので喧しいったらない。
「はいはい、アラン様。何かご用ですか?」
扉を開けた私が目にしたものは、一通のカードを手に持ったアランだった。
とりあえず家の中に招き入れて、紅茶を振る舞う。
安物の茶葉を、彼は「あっさりした風味の紅茶だな」と大変ユニークな感想を述べたあとテーブルの上にカードを置く。
「これは君宛というか、『モンタント』宛の招待状だ。なんでも、“裏文芸サロン”への特別招待状らしい」
「それはなんとも……うーん……」
大人向けの小説としての名義『モンタント』宛の招待状というだけでも危険な香りがするのだが、更に“裏文芸サロン”なんて爆薬としか思えないものまで付いてくるというなら疑いようがない。
「ドレスコードはタキシードスーツ。本の交換会が開かれるから著者を用意、ねえ」
「それ以外にも『モンタント』宛に手紙が届いているけれど、問題がありそうなものはこちらで処分しているよ」
いつの世も、非常識な人間というのは存在する。
法整備が整っていた前世でもトラブルがつきなかったのだから、まだ成長途中にあるこの社会で起きないはずもなく。
殊更人の関心を引く官能小説を書いているとなれば必然的に厄介事が向こうからやってくるようになる。
『モンタント』宛に届く手紙や箱は大抵、常軌を逸しているものが多いので、アランの方でチェックして貰っているのだ。
「あら、仮面の着用は義務なのね。おもしろいわ」
「参加するのかい?」
「ええ、こんな面白そうな集まりを逃す理由はありませんもの」
「君ならそう言うと思ってたよ」
呆れたように肩を竦めるアラン。
なんだかんだ父、母やリディを除けば一番付き合いが長い人物なのだ。
「それにしてもドレスコードはどうするつもりだい?」
「それなら『天使の刺繍針』に頼みますわ。裏文芸サロンまで一週間はありますし、また私の服を仕立てたいと言ってたものですからきっと引き受けてくださるわ」
ただ仮面を付けて参加するだけなのは勿体無い。
いっそのこと劇的なストーリーでも付与してやりたいと悪戯心が疼く。
なにせ、参加者全員が素顔を隠しているのだ。
匿名にこそ人の本性が現れる。
それは前世で散々色んな人が口にして、かくいう私も知っている事実だ。
だからこそ、気になってしょうがない。
この世界の人は匿名となれる裏文芸サロンでどんな話をするのか。
そして、『モンタント』をどう思っているのか。
それを知るいい機会だ。
幸いにも、今の私の懐は暖かい。
日頃から無駄な出費をせず、贅沢といえば小説を買うことぐらいしかしなかったおかげで多少は生活費に余裕が生まれている。
裏文芸サロンにどんな格好で出席しようかと考えていると、アランがキョトンとしていた。
『モンタント』の名を知らしめるいい機会だと告げると、彼はけらけらと笑い出す。
「まったく、君は目を離すとなにをしでかすか分からないな! それなら、こういうのはどうだい?」
そうして語り始めたアランの筋書きはなかなか奇をてらったもので。
社交界で活動している時間が長い彼だからこそ閃いた奇想天外な作戦に私の心が弾む。
「それなら服装だけでなく、小道具にも拘りを入れたほうがいいですね」
「ちょうど新作の香油を娼婦や歌手向けにリリースする予定だったんだ」
そうして、私たちは時間も忘れて悪戯の計画を練り、詳細を詰めて大まかな予算を導き出した頃にはとっくに夜になっていた。
38分は四捨五入すれば零だからせぇふ!!