本の交換会
前回のあらすじ
作家さんとおしゃべり
よく晴れた店のなか、私たちはそれぞれ持ち寄った本にサインをして交換会を開くことになった。
他の参加者であるセシル、ブレンダやフィッツは謙遜しつつも『これも何かの縁』と押し切ってサインを書かせた。
照れながらもサインをしっかり書いてくれたので、なんだかんだみんな根は優しいんだと思う。
交換会は公正性を期す為にあみだくじをすることになった。
異世界でもランダム性の高い選定方法があみだくじとして認められていることに驚きを感じているとセシルが渋い顔をした。
「それで、なんであみだくじなんだ。座席順に時計回りでいいだろう」
セシルは既に私の本を読んだから、今更もう一冊貰っても困るだけだと思うんだけど……。
多分これを言うと怒るので、賢明な私は黙っておくことにした。
沈黙を選んだ私と違い、ブレンダとフィッツは首を横に振る。
「なにしれっとレティシア様の本を貰おうとしてるのよ、生意気言うんじゃないわ」
「ははっ、すまないねえセシル君。私も是非ともサイン本が欲しくなってしまってねえ……!」
珍しいものには目がないんだ、と不敵に笑うフィッツ。
歳も相まって、悪徳商人のように見えてしまう。
これでキセルを吹かしていたら完璧だった。
「敵が多い……一体、他に何人たぶらかしているんだ……っ!?」
窮地に追い詰められたように冷や汗を垂らすセシルは一体全体なにと戦っているのだろうか。
そうこうしているうちにあみだくじが完成し、それぞれ好きなところに線を引いていく。
誰のサイン本が当たるかなあ、なんてワクワクしながら線を辿った結果……。
「やったわ、私の勝ちよ!」
「『熱砂の国』か……」
「おやおや、『シャラ』が当たりました」
ブレンダは私の本を、セシルはフィッツの本を、フィッツはブレンダの本を、そして私はセシルの本をゲットした。
表紙の裏、タイトルの下の余白に書かれたセシルのサインは丁寧な筆記体でスタイリッシュだ。
本の雰囲気と相まってクールな印象を受ける。
ちなみに、ブレンダは綺麗な流線のサイン、フィッツは異国語での一言が添えられたサインだった。
「やったわ。大切に飾らないと……!」
帰りに小さなイーゼルでも買って飾ろうと考えているとふと隣から視線を感じた。
見れば、セシルがきゅっと口を結んで私を見ている。
「な、なによ。別にいいじゃない」
「もう持っているだろう。二冊あっても困るんじゃないか?」
「サイン入りは特別なので問題ないです」
こんなスタイリッシュなサインが書けるなんてずるい、と内心思いながらもそそくさと貰った本を鞄にしまう。
ソフトカバーすらないから、折り目がつかないように箱に丁寧にしまっておく。
「ふむ、なかなかどうしてこのような催し物も悪くないものですな。それに、同じく筆を手にした人と知り合えるのも貴重な体験になった」
「ええ、これから沢山の作家が生まれるでしょうね。どんな作品がこれから出てくるのか楽しみです」
考えるだけでワクワクする。
今でこそ私の作品は物珍しさから注目されているが、ゆくゆくは後続の、それこそセシルや未知の天才が現れて話題を掻っ攫っていくだろう。
それまでにはなんとか娯楽小説の地位を盤石なものにしてゆきたい。
「レティシア様は本当に小説が好きなのですね」
「紡がれた物語はどれも素敵なものですから。考えるだけでときめきが止まりません!」
「私もそう思いますわ。こんなに楽しいなんて、過去の私に教えてあげたいぐらいです」
好きな事を共有できる、それは前世ではそれほど苦労しなかったけれどこの世界ではなかなか得られなかったもので。
小説を書いて良かったと心から思う。
そんなこんなで歓談をしていると、日が傾いてきた。
店の中に西日が差し込み始め、往来は帰路につく人々の姿が目立ち始める。
懐中時計を確認したフィッツが椅子から立ち上がって恭しく一礼した。
片手に持ったステッキで床をこつんと軽く小突く。
「今回は予定との兼ね合いもあって四人しか参加できなかったが、いつかまた作家同士の交流会を開きたいと思っています。つきましては、詳細な日時はまだ未定ですが招待状をお送りしても宜しいでしょうか?」
嬉しいお誘いを断るなんて勿体無いことを私がするわけもなく、食い気味に頭を上下に振る。
フィッツは目尻を下げて微笑む。
「レティシアさんが参加してくれるなら、きっと他の作家も予定をこじ開けてでも来てくれるでしょうね。それでは、またの再会を約束して此度は一度別れると致しましょう」
主催のフィッツの言葉で作家による文芸サロンは終わりを迎え、それぞれの別れを惜しみながら店を後にする。
「ああ、そうだセシル君。ちょっとこっちへ」
「はあ……?」
帰り間際、フィッツがセシルに何か話しかけていたようだが、少し離れていたこともあって内容までは聞き取れなかった。
盗み聞きするのも失礼とも思い、敢えて聞かなかったこともある。
帰りはどうするかと考えて、ふとクルマが目に留まった。
蘇る恐ろしい記憶に、私の顔からさっと血の気が失せる。
「待たせたな、レティシア。さあ、車に乗ってくれ」
「絶対いや」
「……歩くと時間かかるぞ」
「歩いた方がマシ」
例えセシルがムッとした顔をしても、譲れないものがそこにある。
こんな危険物に乗ったら、次こそ私は死んでしまう。
「というか、走るわ!」
「あ、こら待て!」
私は追いかけてくるセシルから逃げながら家を目指して走り出した。
二重の意味であらすじを回収していくぞい!!