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悪役令嬢でも小説書きます


 天蓋付きのベッドに座りながら、私は医者から診察を受けていた。

 医者の背後ではレティシアの父、ルードと思しき男がヴァイオレット色の眉を潜めて私をじっと見つめている。

 私の顔を見たり、ぺたぺたと背中に触れたりして異常がないと判断した医者は口を開く。


「ふむ。体力は落ちているでしょうが、健康に問題はないようです」


 その言葉に、メイドのリディはほっと息を吐いたのが視界の端で見えた。

 医者が部屋を出ていくのを見守り、ルードが私に視線を戻す。


「レティシア、体調が悪くなったらすぐにメイドか医者に言いなさい。私は仕事があるが、無理はしないように」

「はい」


 保護者としては淡白な言葉を残して、ルードは部屋を出て行った。


 リディが扉を閉めたことを確認して、誰にもバレないようにそっと息を吐く。

 張り詰めていた緊張が緩み、無意識に全身に力を入れていたことに気づいた。

 無理もない、死んだと思ったら創作物のキャラクターに転生していたのだから。


 なるべく受け答えに気を配り、怪しまれないように上手く立ち回った。

 おかげでまだ誰も中身が変わったことに気付いていないだろう。


 リディは他のメイドが持ってきた紅茶をカップに注ぎ入れる。

 ふわりとダージリンの香りが部屋に広がった。


「夕食まで少々お時間がございます。私でよければ、話し相手を務めさせていただきます」


 そう言ってリディはベッドの脇に置かれたサイドテーブルに紅茶を置いた。

 喉が乾いていたことを思い出し、ありがたく紅茶を頂戴する。


「私ってどれくらい眠っていたんですか? どうにもその辺の記憶が曖昧で……」


【レティシア・フォン・ルーシェンロッド】

 『キスは舞踏会の後で』に登場するキャラクターで、ルーシェンロッド伯爵のご令嬢だ。

 作品の内容は乙女向けの恋愛小説で、近世ヨーロッパを舞台としたファンタジーをベースとしている。

 そのなかで、レティシアは主人公であるヒロイン、ジュリアの恋敵として登場する。

 レティシアはとても傲慢でプライドが高い性格。

 あの手この手でジュリアを虐め倒し、ついには刺客を差し向けるという典型的な悪役的行動に出る。

 なんやかんやあって悪事が明るみに出て、これまでの悪行が断罪されて生涯幽閉される……という感じで退場する。


 レティシアとしての記憶を探ってみたが、出てくるのはお茶会での作法やマナーぐらいのもの。

 どうやら今のこの身体は十二歳であり、これから社交デビューを控えていることぐらいしか分からない。

 昏倒する前のことは曇りガラスから外の世界を見ようとするように思い出せず、前世の『雪道で倒れて狐に引導を渡された』という記憶の方が鮮明だ。


「レティシア様は一週間前、盗賊に襲われました。護衛の騎士が撃退しましたが、その際に頭部を強くぶつけて……それから今日に至るまでお目覚めにならなかったのです」


 盗賊に襲われた時に頭をぶつけたショックで前世を思い出したというところだろう。

 残念ながら盗賊に襲われたときの記憶がない。


「そうなんですね。全然記憶がないわ……」

「レティシア様は偶々通りがかった公爵家の御令息に助けられたと伺っております」


 ああ、思い出してきた。

 たしか、その時にレティシアは助けてくれた恩人に恋慕の情を抱くが、奥手な彼女は思うように距離を詰められない。

 長年、片思いしていただけに突然現れたジュリアに意中の相手を奪われて彼女は愛憎に狂っていくのだ。

 なお、助けてくれた相手に対して今の私に恋慕の情はない。

 記憶がないので、こればかりは『ふーん、そっか』ぐらいの感情しか湧いてこない。

 精々、恋愛小説の題材になるかな程度で、オチや過程もほとんど知っているからさほど興味も湧かない。


「助けていただいた御礼はもう済んだのかしら? 私も御礼の手紙でも書いた方がいいはず……」

「御礼は既に旦那様が済ませておりますが、念のために確認しておきます。必要であれば明日、便箋をご用意します」

「ありがとうございます、リディさん」


 メイドのリディは恭しく頭を下げると、少し困ったように顔を上げた。

 おっとりとした垂れ目に茶色の瞳も合わさって、妙に困り顔が似合っている。


「あの、レティシア様。一介の使用人である私に敬語は不要です。レティシア様の世話を任されているのですから、どうか()()()()()()()ご命令くださいませ」


 むむ、丁寧な対応は傲慢な『レティシア』には相応しくないと暗に釘をさされてしまった。

 レティシアである以上、こういった振る舞いにも気を配らないといけないようだ。


「これも昏睡していた影響かしら……」


 とにかく、怪しまれないようにそれっぽい言い訳を口に出す。

 レティシアが傲慢という事は知っているが、それはあくまでジュリアに向けてだけ。

 使用人に向けてどれほど傲慢だったのか、彼女の好物は何か知る必要がある。


「リディ、貴女を見込んで頼みたいことがあるの」

「私に出来ることでしたら喜んで」

「ありがとう。頼みたいことっていうのはそんなに難しいことじゃないわ。貴女が私に抱いた違和感、不信感、どんな些細なことでも構わないから、教えて欲しいの」

「承知しました」


 年上の人に馴れ馴れしく接するというのもなかなか慣れない。

 暫くはリディが感じた違和感は、昏睡していたことを理由にすれば誤魔化せるが長くても三日が限界。

 それまでにレティシアらしさを身につけつつ、リディやその他の人物の記憶を上書きしなければ。


 ドッペルゲンガーやスワンプマンが当人とすり替わる時ってこんな気持ちだったのかしら。

 今度、成り代わりを題材に小説を書いてみよっと。

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