第一章 三話
電子時計が砂になって溶けていく。勝者が確定した合図だ。ピコーン、と音がして魔導書に能力・連結を取得した、と表示された。
だが今はどうでもいい。奏音を、と思った辺りで気付いた。ヤバい、血が登っていたとはいえ気付くべきだった。公園全体が全域魔法戦の状態なら巻き込んでたかも…と思っていたら奏音を囲っていた奴等がペコペコと頭を下げて、奏音を連れてきた。どうやらガイとの全域魔法戦時に連れ立って結界から離れたらしい。
何でも、最低限のルールとして全域魔法戦開始時に戦闘不可能な人物を放置などしておくと魔導書の魔王の機能にある戦闘映像録画システム・魔王の瞳に記録され、関わった人物が魔王親衛隊(所謂警察の一部署)によって調査され、ペナルティを受けたり逮捕されたりするのだとか。
まぁ、そのルールの穴を突かれたからこそ奏音が被害に合ったし、俺も被害を与えられるワケなのだが…それは置いておこう。奏音に近付くと、周りの奴等が後退るが気にせず話しかける。
「奏音、大丈夫か?」
「うん。気絶していただけだから…庵が来てくれるって分かってたし」
「悪い、間に合わなくて」
「気にしないで。私は守られるだけの女の子じゃないから」
「そうだな。奏音は強いよな。ムキムキだ」
「私、いつから筋肉キャラに!?」
どうやら軽い冗談にツッコミを入れれるくらいには無事らしい。だったら離れた時点で奏音を放置しておけば良かったのに、と思ったが魔王の瞳は魔導書を持っているなら誰でも見れるモノで、過去の全域魔法戦も見る事が出来る。もし過去の映像が俺に見られたなら、ゴウみたくタコ殴りにする報復を受けるのでは無いか。奏音が顔を覚えているし逃げられないのでは、と。ならばその前に謝罪をしようと思ったらしい。なので現在、囲っていた奴等は全員土下座させた。
「で、コイツ等どうしたい?」
あんなくだらねぇ事したんだ。主犯じゃあないだろうけど、やられたらやり返されて当然だとは思うが。俺を見てガタガタ震えているけど、俺は何もしないぞ? 喧嘩売ってきたのはあの兄弟だけだからな。
「どうにもしないよ。頭を上げて、二度と来ないでくれれば許すよ」
「だとよ。気が変わらない内に失せな」
蜘蛛の子を散らす様に、とはよく言ったモンだ。凄い勢いで逃げていった。逃げ足が速いに越したこと無いが、こういう時はせめて最後まで謝罪というスタンスを維持しつつ逃げて欲しい。
「せっかくの個人ライブが台無しになったな…」
そう言いながら奏音と待ち合わせ場所に戻る。俺の戦いには巻き込まれてはいなかった様だが素体具現化したエレキギターも何もかもボロボロだ。解除してもう一度形成する事は出来るが、それには新たに魔力を消費しなければならない。奏音の魔導書の魔力が足りるのだろうか。俺の知っているスマホのように普段使いもしているなら、魔力はカツカツになるかもしれない。
「ううん、そんな事無い。今から始めよう!」
奏音がエレキギターから魔導書を取り出して操作すると、素体具現化が解除された。エレキギター等が淡い光となって景色に溶けていく。数が多いからか、幻想的な風景の様に見える。
「魔導書の魔王、起動! いくよ、創歌学祭。素体具現化!」
淡い光が生まれ、形を成していく。すると前にも見た新品同様のエレキギターやらスピーカーやらがズラリと並んだ。
「おおっ! 直った!」
成程、こんな感じなのか。異世界、いや平行世界に来てから今まで一度も素体具現化する瞬間を見た事は無かったから、ちょっとワクワクする。
何せまだ、俺の魔導書にはその機能が開放されていないからな。早く俺も専用装備が欲しい。
「ふふっ。庵も男の子だね。素体具現化だけでそんなに眼を光らせてるんだから」
「うーん、そうなのか? 自分では分からんが、俺としては魔法の武器や道具は浪漫溢れるモノだから見てるだけで楽しいよ。始めてファンタジーを感じるくらいだ」
実際にこの世界に来てから見た魔法らしい魔法って火の玉だけだしな。俺自身の魔法は神様の所で見たからどんな魔法かは知っていたし、解除は奏音のを昨日見たから新鮮味としてはやや薄かったからな。こういうのは初見が一番楽しいと相場が決まっているのだ。それに、
「それなら、もっと楽しいを続けよう!」
奏音が魔導書をエレキギターの中心にセットする。数回タップすると、軽快な前奏がスピーカーから流れ始めた。
「始めるよ! 私の歌、聞き逃さないでね!!」
「勿論だ。奏音の歌、俺に聴かせてくれ!」
まだまだ楽しい初見は、始まったばかりだ。
庵「ワクワクを思い、出した…!」