第一章 二話
前回あらすじ。協力者が出来た。
何が何ぞ意味が分かりませんが宜しくお願いします!
なんて適当なノリでは言えない事柄を経験した俺は、今更誤解とも言えないので奏音と連絡先の交換をしたり、奏音の歌へ情熱の話(キラッキラした眼だった)を聞いたりして、途中まで送ってから家に帰ってきた。
ただなぁ…5LDKの平屋って一人暮らしにはデカ過ぎるぞ神様。もしかしてこの街に永住させるつもりなのだろうか。学生だからまだそこまで考えて無いのだが、と思いつつ手持ちのスーパーの袋の野菜類がへたれているので早めに冷蔵庫に入れておく。一人暮らしでは手に余る大型冷蔵庫だった。外国人か大家族用なのこの家? 掃除大変なんですけど?
「あの神様、今度会ったらもう一度しばいた方が良いな」
簡単な炒め物を作りながら不満を口に出す。本来、お詫びとして渡された家だが不便が過ぎるし、俺も数日後には近場の高校生として家を開ける身としては正直手に余る。素材具現化が魔導書で出せるなら、家のスイッチ押したら自動掃除ロボットとか形成しないだろうか。しなかった。諦めるか……よし出来た。盛り付けて、頂きます。ついでにテレビに電源を入れる。大型の。うん、テレビは大型でいいや。
「テレビ番組も似たようなのが多いな」
出演者の名前が知らないってだけで、内容は今までと似た番組ばかりだった。ただ魔導書があるせいか演出はやたらと派手だし、ドラマの推理モノは魔導書のせいで根底が破綻してたけど。理由が付けば何でも有りになりそうだ。
その他の番組でも魔導書があるのが普通の事で、番組やCMに登場しない事は殆ど無かった。やはり異世界なんだな、と思ってしまう。何を今更。分かっていた事じゃないか。
「風呂入って寝るか…あぁ、魔導書の充電をしないとな」
ケーブルを魔導書にセットする。充電ランプが光った。
こういう所は今までの普通のスマホと変わらないんだよな。魔法使うのに電池を消費するから普通のスマホより確実に充電が必要ってだけで。
「異世界でも平行世界でも、変わらないモノってか」
それがスマホの充電だからファンタジー感ゼロだけどな。
風呂入って寝…いや、奏音と電話してから寝た。不思議と一人でも寂しくは無かった。
次の日、昨日と同じく必要なモノを買いに出たり掃除したりと忙しくしていると、掃除用の素体具現化装置を見つけた。正確には、足元を自動で掃除してくれる機械の頭の方にあるボタンを押すと、棒人間のような人型の上半身が形成されて、その手や頭から魔法(風や水、あるいは浄化など)で家の汚れを綺麗にしてくれるのだ。便利だし凄い技術だな。これで家を開けても問題は無くなった。夜中に掃除する訳にはいかないし、かと言って高校生の休みを全て削ってまで掃除はしたくなかったので一安心だ。
「ん、そろそろか」
ある程度の用事を済ませて、俺は家を出る。昨日とは違う点は買い物に出た時に手に入れた魔導書用のホルスターを腰に付けて魔導書をセットしていた事くらいか。右手を腰に添えると魔導書の画面に触れるようになっている。これで魔法を使う際にいちいち取り出さなくても、色々と操作がしやすくなった。早打ちのガンマンみたいなイメージが分かりやすいだろうか。
向かう場所は昨日と同じ公園。奏音の歌を聴きに行くのだ。正直ワクワクする。昨日の電話でもっと色々な歌を聴かせてくれると約束したので、時間に送れないように少し早めに出た。
「楽しみだな」
この異世界、いや平行世界の歌は知らない歌ばかりだが、奏音の演奏なら、歌ならきっと楽しめる筈だ。一目惚れ、というのは間違いでは無いのだ。浮足立つのは当然だった。
だからだろうか。油断していた訳では無かった。昨日の時点で理解していたのに。何処かで立ち塞がる可能性がある事を、知っていた筈なのに。
「…何してんだ、テメェ等ァ!!」
奏音の素体具現化していたエレキギターが破壊され、周りのスピーカーが半壊しパーツが散らばっていた。その位置からやや離れた所で、複数の学生服を着た人物達がニヤついた表情で一人の女性…奏音を中心にして囲っていた。その内の二人の男性が奏音に近付きながら何でもない事の様に言う。
「何って、ゴミ処理だろうが」
「使えない魔導書は処分って決まってるよね、兄貴」
どうやらこの兄弟が主犯の様だ。まるで当然と言わんばかりにこちらを見る。
その異常性に気付かないのか? いや、違うな。平行世界であるこの場所では当たり前の事なのだろう。だから分かってないのだ。
「テメェ等に、そんな権利なんざ無ぇよ」
奏音に向かって歩き出す。奏音が何をした? よって集る程の事を行ったのか? いいや違うだろ。何処にでもいるテメェ等みたいなヤツが自分の都合で好き勝手にした結果だろうが。
「あぁ? オマエに用は無い。すっこんでろ」
「そう言うなよ兄貴。どうせ抵抗するだろうから、俺にやらせてくれよ」
十メートル程の所で二人が立ち塞がる。先程の発言からおそらく弟であろうヤツが前に出た。邪魔だ。どけ。
「へへっ、紅蓮騎士団・二番槍のガイ様が相手だ」
何だコイツ中二かよ。しかも二番槍とか聞いたことが無い。中途半端過ぎて誇れる内容じゃないし。
それとコイツ、プロミネンスだとか言ってやがった。そう名乗るって事が、この状況で火系統の属性が露見してるのが分かっているのか?
「「魔導書の魔王、起動!!」」
お互いに本の形をした魔導書のアプリケーション、魔導書の魔王を起動する。音声認識と起動ボタンの入力を同時に行う事で始めて使用出来るこのアプリケーションは、魔導書の魔法を使用可能にするシステムであり魔法による戦闘、全域魔法戦の開始の合図でもある。
起動すると、そのアプリケーションを中心に起動した本人と一定の範囲に淡い透明な魔法結界が発生する。今回は公園の周りが淡い透明な壁に覆われた。すると今度は空中に電子時計の数字が表示された。全域魔法戦の残り時間だ。基本的に勝敗は相手の戦闘不能、電池切れ、あるいは時間切れとなる。
奏音の状態から察するに素体具現化したエレキギターなどを時間切れまで目一杯使ってから目の前で破壊したのだろう。奏音自身の魔法は昨日教えてくれたので相性次第では殆ど抵抗出来無い事は理解している。
「ほうら、あのゴミみたくガイ様の能力・拡大の炎で蹴散らしてやるよ!」
意気揚々と笑うガイの右手から、三メートル程の巨大な火の玉が出現した。ファンタジード定番魔法の一つ、ファイアボールってやつか。確かに、その火の玉と呼ぶには大きい見た目の炎は分かりやすい驚異だろう。
「うらぁ!」
巨大な火の玉が真っ直ぐ此方に飛んでくる。が、大きさに対して速度が伴ってない。野球のボールくらいの速度かと勝手に思っていたので回避を優先しようかと思っていたが、実際には山なりに投げたボールくらいの速度である。あまりにも遅い。恐らく速度をカバーするのがその大きさなのだろう。俺は指刀を作り巨大な火の玉に向けると「三頭の門番」と言葉を放つ。指刀の先に魔法が発動した。能力により一メートル程の円形の障壁が展開する。それが巨大な火の玉を受け止めた。
「おいおいおいおいマジかよ! 誰でも持てる障壁魔法とか、オマエの魔法もゴミか! ならゴミ共は纏めて火葬されてろや!!」
「あぁ、ならお望み通りに」
魔力の三割を注ぐ。反射の能力を起動した。巨大な火の玉は方向を変えて一直線に、野球のボールより早い速度で弾き飛ばされる様にガイに向かっていった。
「へ? ちょっと待て何だそぎゃあぁぁぁぁぁ!?」
文字通り、ガイは火葬された。全身を炎が飲み込んで焼いていく。想定していなかったのだろう。棒立ちしたまま抵抗も出来ず黒く炭化して、倒れた。パキン、と音を立ててガイの全身が割れる。中から無傷のガイが白目を剥いて出てくる。
これは最初に起動したときの結界の効果であり、全身に纏った結界が擬似的な装甲として機能するので怪我は一切無い。だが、全身火傷の痛みはフィードバックするので気絶しているのだ。
電子時計が砂のように細かくなって溶けていく。全域魔法戦による勝者が確定した証だ。すると俺と公園の周りの結界が消滅した。ピコーン、と魔導書から音が鳴る。確認すると魔導書に新たな能力・拡大を会得した、と表示されていた。魔法戦の勝者が得られる報酬の中で一番大きなモノである。コレを繰り返す事でまさしく魔導書の魔王に至るのだ。ただし能力の保有量には限界があり、一度に使える数も魔導書事に違うので、皆それぞれ個性が出るらしい。
「大したこと無いな、テメェの弟クンは」
「アホが。だから一撃に掛けるのは止めとけと…まぁいい。オマエの能力は見させてもらった。紅蓮騎士団の一番槍・ゴウが相手をしてやろう。オレに反射が通用すると思うなよ?」
言うねぇ。反射に対応出来る能力でもあるのだろうか。あと紅蓮騎士団って流行ってんの? 単なる中二じゃないのか?
「「魔導書の魔王、起動!!」」
先程と同じく、結界が本人と公園の周りに発生した。電子時計が空中に浮く。魔法戦の開始の合図だ。
互いの距離は約五メートル程。ゴウが先に動いた。その場で左手を翳すと、野球のボール位の火の玉が複数出現した。兄弟だから同系統なのかは分からないが、同じ様な火の玉でも能力で個性に違いがあるのだろう。火の玉が発射された。先程とは違いそこそこ速いので俺はそれを左側へ移動して避ける。すると直ぐに別の火の玉が此方に発射される。更に左側へ避ける。対応が早い。連続、或いは連射か?
「どうしたどうした! 手も足も出さない所を見ると、この能力理解したらしいな! オレの能力は連結! オマエの反射も撃ち落とせば意味は無いよなぁ!」
確かに反射する意味はあまり無いな。そうなると…
「しかもオマエは弟との戦いで魔力を消費している! このままジリジリと魔力を削りとってやるよ!」
へぇ、少しは考えてるか。避け続けてもスタミナが切れれば火の玉の連続攻撃が待っている。そうなれば先程ヤツが言った通りとなる。つまり守勢での持久戦は不利。
なら、やるか。俺は火の玉を避けると同時にその火の玉を見る。少し後ろの地面に着弾すると破裂し地面が黒くなるが火そのものは燃え続ける事は無く霧散した。威力は思ったより低い、なら火の玉のストックが切れた所を狙うか、と思って見ていたが火の玉がゴウの周りに出現した。どうやらコレも能力・連結によるモノ…いや俺も持っている展開と組み合わせているのかもしれない。こうなると弾切れは怪しい。次の火の玉が発射された。ステップを踏んで左側に避ける。火の玉が通過して着弾した。
ならばここだ。新たな火の玉が出現し発射されたその瞬間、逆サイドである右側にステップを踏んで避け、斜め右側に駆け出す。ゴウは少し慌てて反応が遅れた。ニメートル程近付いた所で構え直した左手を此方へ向けた。火の玉が発射される。
「三頭の門番!」
そう叫ぶと同時に指刀を火の玉へ向ける。能力により一メートル程の障壁が指刀の前に展開された。火の玉が着弾する。すぐさま反射を起動。一割程の魔力を込めて火の玉を跳ね返すが、ゴウが言っていた様に続けて発射された火の玉で撃ち落とされ、破裂した。一瞬、破裂した二つ分の火がお互いの視界を覆った。
今だ! 俺は斜め右側に向かっていた体ををゴウの居る真正面に向け、二枚目の障壁を足下の三十センチ程の位置に展開し、踏み台にして跳ぶ。一枚目の障壁を跳び超えてゴウの方に向かった。霧散し始めた火の粉が少し熱かったが大したダメージではない。その場所を抜けて拳を握り、真正面にいるゴウの顔面に叩き込んだ。
「なばぁ!?」
吹っ飛ぶゴウ。おいおい視界防がれたのにノーガードかよ。自信があるからか? まぁいい。この距離からは逃さない。接近戦ならテメェの火の玉より俺の拳の方が速いぞ。
と思いながら接近すると、ゴウは後退りながらフザケた事を吐かした。
「オマ、オマエ! 反則だぞ!」
「は? 何言ってんだテメェ」
「全域魔法戦のルールを知らないのか! 魔力を持たない攻撃は反則行為で即負けなんだよこの初心者が!!」
あぁ、そんな事か。
「知ってるさ。だから何の問題も無いだろ?」
「オマエ何を…いや、何故だ、何故電子時計が消えないんだ!?」
相変わらず電子時計は時を刻んでいる。つまり、全域魔法戦はまだ勝者が確定もしていない。終わっていないのだ。
「分からないか? 俺はルールに基づいて魔力を持った攻撃をしたという事だ」
「そんな訳あるか! 魔法名を叫んでいる時点でオマエの能力は障壁に纏わるモノだけのハズだ! 先程手に入れた弟の能力にもそんな事を可能にする力は無い! 有り得ないんだ!!」
有り得ない、ねぇ?
「今まで見ていたのに気が付かなかったのか。テメェも使ってるし弟の時も見ていただろう?」
「バカな、オマエの障壁以外何も見ていない! 何処にそんな…いや、オレも使っているだと、まさか!?」
やっと正解に辿り着いたか。ゴウに近付く。じゃあ、答え合わせといきますか。
「障壁を出現させていた能力…俺の持つ展開の能力により、魔力そのものを拳に展開して殴った。理解出来るだろ?」
展開。それは本来魔法を出すのに使われるであろうモノ。
魔法がアリなら魔力だって勿論可能ってワケだ。
「そんな、バカげた事が、あるのか…! 近接系の能力でも無いのに…」
「俺も最初にこの能力を聞いたときは絶望しそうだったよ。何せ攻撃手段が反射のみ。どう足掻いても限界が見えていたからな。けど、この事に気付いた時に思ったんだ」
殴れば良いんだって。
「だから反則でも何でもないって事だ。理解したな? つまり今から、テメェが気絶するまで何度でも殴る。何度でも、だ。奏音にやった分くらいは確実に返してやるから…」
ゴウの襟元を掴んで立ち上がらせる。拳を握り魔力を展開した。青ざめ震えだしたゴウ。
なんだよ、魔法で抵抗しないのか? まるで喧嘩はした事が無いような態度しているじゃないか。
…まぁ、どうでもいい。やるか。
「覚悟しろ。二度とくだらねぇ真似が出来なくしてやるよ!!」
俺は言葉通り、ゴウを気絶するまでタコ殴りにした。
同時に、一つ忘れていた。魔導書の魔王の機能を。それは後に俺へ返ってくる事になるが、今は誰にも分からなかった。
神様「『殴れば良いんだ』は脳筋過ぎませんかねぇ?」
物理「良き力だ…!」
神様「誰ですか!?」