序章 二話
「申し訳御座いませんでしたー!!」
女性をぶん殴ってものの数秒後、間髪入れず立ち上がった女性は見事な土下座を行っていた。スムーズ過ぎるその動きは慣れを感じる。日常的に土下座をしているのかもしれないその物悲しさは何とも言えないが、正直女性の土下座なんて初めて見た。その理由は俺のせいだし涙目で鼻血出てるから絵面は汚いけど…たかが一撃入れただけで泣くなよ。やりずらいな。
「そもそも、何で殴られたんだ?」
あんな何をしたのか分からん超常現象みたいな事をやったヤツの仲間なのだろうし、普通に拳が当たる訳がない。さっきといいあの時といい怒りに任せて殴りかかりはしたが、少し考えれてみれば本来なら下策も下策で俺自身が返り討ちになる筈だった。だからといって殴らない選択肢は無いけど。
とはいえ、この女性もあの時の羽の生えたアイツも人間じゃ無いのは明らかだし、そういや神とか何とか言ってたなコイツ。
「ワタシの不始末ですから」
土下座から頭を上げた神様?は真剣そうな表情でそう言った。先程の状態など初めから無かったかの様な元通りの綺麗な顔で。
「お前…何者だ?」「神様の一人ですよ」
「そうかい、本当にいるんだな神様ってのが」「信じてませんね?」
「なら俺と家族全員をとっとと元の生活に戻せよ」
そう言われた神様はそれは、と呟く。言いにくそうに数回、口をパクパクさせたり目線を彷徨わせると、
「庵さんの家族に起きた事は元通りにしたんです」
意味の分からない事を口にした。
「…元通りにした?」
「まず、そこからですね。キチンと説明しますので、そこのカウンター席に座って下さい。結構長くなりますので」
神様が手をカウンター席へ促す。少し睨むが、神様は促したままなので仕方無く席に着く。それを見てから神様も席に着きコホン、と一つ咳払いをしてから空間に両手を器の様に翳す。すると空間に映像が現れた。何本もの線が分岐して平行に並んだ映像である。
「これは?」「平行世界ってご存知ですか?」
「知ってる。ゲームの知識程度だけどそれと何の関係が……いや、待て、まさか」
「はい、そうです。庵さんの世界は平行世界の分岐によって生まれた世界だったんです」
「おいおい、いきなりスケールがデカい話になったぞ」
平行世界。それは可能性の数だけ分岐するよく似てるけど異なる世界。知識としては知っている。けど、
「でも、それが何だっていうんだ。平行世界が在るってだけなら分岐した世界はいくらでも、それこそ無限にあるだろう。ならーー「いいえ、それは違うんです」」
「違う? どういう事だ?」
「平行世界は無限では無い、いえ無限にならないように我々に管理されているんです」
その言葉に息が詰まった。管理されている事に、ではない。それくらいは現在進行形で起こっている今の状態から出来るのだろうと推測出来るからだ。だからこそ、これから神様が言おうとしている事が理解出来てしまったからだ。
平行世界の管理。
無限にならないように。
分岐によって生まれた俺の世界。
家族に起きた事は元通りにした。
神様の不始末。
散らばる言葉、それらが否定する思考を上回る速度で線となって繋がっていく。いや。待て。それは、つまり、
「俺の存在が、平行世界の分岐点だってのか」
神様が頷くのに、どれほどの時間が掛かったのかは分からなかった。数秒だったのかもしれないし、数分だったのかもしれない。でも、俺にはとてつもなく長く感じた。
「元はと言えば、ワタシの管理が原因でした」
神様は無数の線を見つめながら口を開く。翳していた両手を離し、右手と左手を使って器用に映像を操作する。分岐の一つの拡大映像が映し出された。すると小さい小窓の様な映像が幾つか表示される。それらは笑っている家族の映像だった。ただし、
「本来、庵さんは生まれてこなかった。この平行世界が分岐した時点で、平行世界を正さなければならなかったんです」
そこに俺はいない。当たり前だ。分岐点の俺がいないのだから。
「ワタシはそれを見逃した。庵さんが青年と呼べる年齢になるまで気が付かなかった。そしてそれを知らずに、新たな分岐点になるあの瞬間に、部下を送って分岐点を修正しようとしました。けれどそれは不可能だったんです。貴方の持つ情報量が余りにも多すぎた。当然ですよね。庵さんという十数年分の人生を生きた存在の情報量ですから。簡単に修正出来る情報量ではなかった。故に」
「俺の存在は消せなかった、と?」
「その通りです。本来、分岐点の修正は誰にも気付かれないままで終わる筈の修正されます。ですが、庵さんという修正不可能な存在がいた事で、何度も繰り返し行われた修正のエネルギーが肥大化し、結果として修正不可能な根本的要因である庵さんそのもの──つまり管理端末である羽根の生えた天使の機能がバグを引き起こして庵さんとその家族を抹消しようとした。ですが、分岐点を元通りに修正するには、修正不可能な貴方の存在を置いておけない。その為に貴方が居ても大丈夫な平行世界から移動させなければならない。だからこそ、この場所に連れてきたんです」
結果として神様が言っていた元通りにしたって言葉に繋がるワケか。事実として今、見せられている映像は修正後の映像だ。俺がいない事に疑問すら抱かない家族を見て無事で良かったと思う反面、そこに寂しさを感じる。
誰にも存在を証明できない俺は、いったいどんな存在になってしまったのだろうか。その答えを欲して、対峙していた神様の眼を見た。
「人間ですよ。ただの人間です」
「誰にもそれを証明出来ないのに?」
「ワタシが証明しますので」
「神様のお墨付きってか。簡単に言うなぁ」
勿論です、と神様が言う。そうだったな。神様なんだよなコイツ。安心出来るかどうかは別としても、神様に証明して貰っているって肩書はなんというか悪くな───
「───既に異世界人っていう証明が確定してますからね」
…ん? 今コイツ何て言った? 何か安心出来ない言葉が聞こえたんだが?
「ですから、異世界ですよ異世界。ライトノベルでお馴染みの、異世界転移ってヤツですよ」
「いや、それは知ってるけど。でも居眠りしてるトラックが仕事してないのに?」
「それは転生の方面ですね。クラス全体が異世界から召喚される方とか、気が付けばコンビニの袋とか持って草原やら森に居たりする方のヤツですよ。ジャージかスーツ着た人が多いですね」
「その異世界転移を俺はもうしたと?」
「正確には別の平行世界なんですけどね。庵さんの世界に無い常識がその平行世界の当たり前なら、庵さんには異世界と言っても過言じゃないです」
そのためのこの場所なんですよー、と神様はスマホを片手に持ってドヤ顔をし始めた。意味分からんしドヤ顔は殴りたい。切実に。だがその前に言っておく事がある。
「さっきまでの俺のシリアスを返せ」
「スミマセン謝りますからその振り上げた拳だけは勘弁してください」
シリアス「平行世界なら重いテーマ確定。つまり俺の出番……あれ?」






