■香村ゆかり-逢着
夜にコンビニに行きたくなる事がある。それは戸棚にも冷蔵庫にも甘い物を切らしてしまった時だ。
ゆかりの母親はわざとそうしているのではないかと思えるくらい、お菓子の類を買ってこない時がある。
だから、食後にどうしても我慢できないときは家を抜け出して近くの店に行く。塩辛い物を食べた後は、どうしても甘い物が食べたくなる。それが普通だと、ゆかりは思うのだと。
コンビニで新製品のチョコレートを買って、ちょっと夜風が気持ちいいのでお散歩がてら遠回りで家路につこうかと考える。
甘い物を買って浮かれていた彼女だが、背後からの人の気配でそれも崩れ去った。恐怖に駆られたまま走り出そうとして急に腕を捕まれる。
泣きそうになりながら背後を振り返ると、そこには見知った顔があった。
「ごめん。そんなに驚くとは思っていなかったから」
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近くの公園のベンチに座って、お詫びにと奢ってもらった缶のアイスミルクティをちびちびとゆかりは飲む。
横に座っているのはクラスメイトの川島美咲だ。
機嫌がいいのか、さっきから笑ってばかり。しかも早口で饒舌ときたものだから、相手のペースに巻き込まれててんてこ舞い。それでもゆかりは悪い気はしなかった。
喋りたくてどうしようもなくて、はき出すように語り出すというのはわからなくはない。自分だってそういう面を持っていたのだからと納得する。
「練習の後はね。なんか燃え尽きた感じ。燃料がなくなってすっからかんになった車みたいなのかな」
「そんなにハードなの」
「やってるときはそうでもないよ。かえって気持ちいし」
「ゆかりはあんまり運動とか得意じゃないから、そういう気持ちってよく分からないんだ」
「あはは。わたしの場合、特殊らしいんで、あんまり一般的な意見と思わないほうがいいよ」
彼女はけらけらとよく笑う。今日は本当にそんなに機嫌がいいのだろうか。
「そういえば、夜はよく散歩とかするの?」
ゆかりはふとした疑問を口にする。
「たまにね」
「これからだんだん寒くなるけど、でも今の季節はいい感じで夜風が気持ちいいよね」
少しだけひんやりとした夜風が頬を伝っていく。冬は寒すぎて嫌いだけど、寒くなる前の秋の風は大好きだとゆかりは思う。
「そうだね。あと真夜中の空も気持ちいいよ。特に高いところから眺める空は気持ちいいね。でも高層マンションの最上階のベランダや階段の踊り場より、低くても遮蔽物のない屋上の方が好きかな」
美咲は空を仰ぐ。暗い雰囲気はない。だから、何も心配することなんてないはず。
でもそれが、ゆかりにはとても不安に感じた。
だから、なんで自分がこんな質問をしたかがわからなかった。
「川島さんは今幸せ?」
「うん。サイコーに」
なんの曇りもないような笑顔がこちらへ向く。