■香村ゆかり-友朋
ひとごみは嫌いだけど、ゆかりは人間が大好き。ひとりは嫌いだけど、ときどき他人が理解できなくて怖くなる。
たまにどうしようもなく誰かを好きになることもあったりして、それはもしかしたら男女間の恋愛感情とは違ったものなのかもしれない。
男の子だけではないし、むしろ女の子の方が多かったかもしれない。
でも、自分の感情をどうすることもできずに寂しくなったり悲しくなったり、情緒が不安定なところを悟られまいと無理に平静を装ったりもした。
誰かに会えないと寂しいけど、誰かに会うことは不安でもある。
それはゆかりにはきちんと『友達』と言える人がいないから?
『友達』って何? 楽しくお喋りに加わればそれでいいの?
ゆかりの事、なんにもわかってくれなくてもそれでいいの?
でも……それはワガママなことなのかな?
雨が降っていた。
授業中、教師の話は難しすぎて理解できないので、ゆかりは教室の窓からぼんやりと校庭を眺める。
数学の授業は子守歌。雨の音もそれをかき消すことなく、良い感じで伴奏を奏でている。
「ふわぁ、ねむいにゃ」
彼女は小さなあくびをして放課後の事を考える。
(冬に演劇のコンクールがあるから、それの演目を決めるのが来週の話。今週はみんな、まったりと雑談かなぁ)
部活自体は嫌いじゃない。けど、その中での人間関係にゆかりは疲れ切っていた。
(お菓子とか持ってけば、すんなり仲間に加われるかもしれないけど、ゆかりはなに話したらいいかわかんなくなっちゃうし……。早くこういう臆病な性格も直さないと。昔みたいに、なにも考えずに話しかけられたらどんなに良かっただろう)
考え事をしていると睡魔が襲ってきた。彼女はいつの間にか船を漕いでいたらしい。うつらうつらしているところで運悪く教師に見つかってしまう。名指しされて、今黒板に書かれた問題の答えを質問される。
(もう、最悪だ)
ここは素直に謝ろうと思ったそのとき、後ろからぼそりとその問題の解答らしき言葉が聞こえる。
こうなっては仕方がないと、ゆかりは恐る恐るその答えを言ってみた。
ところが、教師は不満げな顔をしながらも背を向けて黒板に向かい、今彼女が解答した問題を説明し始めた。
危ういところで難を逃れたゆかりは、『授業が終わったらお礼を言わなくては』と律儀にそう思うことにした。
(後ろの席ってたしか……)
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「さっきはありがとう。助かっちゃった」
教師が出て行くと、すぐにゆかりは後ろへと振り返る。
その席は髪の短いボーイッシュな女の子。たしか、バレー部の川島美咲であった。
「お礼はいいよ。単なる気まぐれだから」
彼女は機嫌がいいのか、笑いながらそう言ってくれる。
ゆかりはそんな些細な事でもうれしくてお礼がしたくて「ゆかりにできることなら何でもするから遠慮なく言って」なんて大げさな事を言ってしまう。
美咲には「律儀なんだね」とケラケラと笑われてしまった。
だけど、ゆかりにはこういう、人の何気ない温かい気持ちはとても大好きで心地よくも感じられた。