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■香村ゆかり-嫌厭


(なんか知らないけど、同じクラスの堀瀬さんがゆかりの方を見て笑っていた。そりゃ、幼い子みたいに道端にしゃがんで猫寄せやってるほうも悪いかもしんないけど、でもなんかムカツク)


 ゆかりは一人になって、行き場のない怒りを心の中で吐き出した。


 もやもやとした気分のまま帰路について、彼女はため息まじりで玄関を開ける。


 家に帰って部屋に入ると「疲れた……」と呟きながら、ゆかりは制服のままベッドの上へと倒れた。


 あとはいつものように夕食までだらだらとベッドの上で過ごして、食後は再び部屋に戻ると勉強机の上に置いたスマホで動画サイトを見る。


 スマホからはお気に入りの人の、いつものお喋りが流れてくる。


 ゆかりにとっては、この時間が至福の時でもある。動画の主は、とっても言葉を大切にしている。難しい事を誰にでもわかりやすく解説してくれて、それでいて人をバカにすることはない。


 丁寧に優しく、誤解されないように言葉を紐解いていく。


 ゆかりはそんなあの人にちょっと憧れていた。羨ましいなって思うこともあった。無理かもしれないけど、いつか自分もそうやって喋れたらいいなぁ、なんて彼女は考えたりする。


 動画を聴きながら宿題に手をつけようとするけど、まったく進まない。彼女は聴き入ってしまうタイプなので、その分手がおろそかになる。


 たまに面白い番組があると夜通し聴いてしまうこともあるから、睡眠時間がちょっと厳しかったりする。でも、学校で寝られるからいいんだけどね、とゆかりは若干楽観的に考えた。


 学校でのゆかりは、どちらかというと地味なタイプに当てはまるかもしれない。人見知りが激しいせいか、未だにクラスに仲の良い友達はいない。


 いちおう演劇部に所属し、放課後になると部活動に勤しむ。視聴覚教室が学校から定められた部活動の場であり、そこに真面目に通う模範的な部員でもある。


 今は文化祭が終わって一段落したせいもあって室内は閑散としていた。数人が集まってお喋りをしたり漫画を読んだり、個々に暇を潰しているにすぎない。


 次の演目も決まっていないのだからそれも当然であろう。


 ゆかりは仲間内でも自分らしさを出せないでいた。クラスメイトよりは親しくできても「部活動の仲間」以上にはなれないでいる。歓談の場に積極的に参加しないのは、彼女の内気な性格が災いしているからだ。


 気軽に仲間に加わりたいという気持ちもないわけではない。ただ、彼女の性格からして「その場がしらけるのがイヤ」とか「あまり馴れ馴れしくしすぎると拒絶されるかも」と深く考え過ぎてしまうのだ。


 小さい頃、仲の良い友達に裏切られ、心に深く傷を負った事も原因の一つなのかもしれない。


 その日、ゆかりは部活に顔だけ出して様子を窺うと、すぐに視聴覚室を後にする。


「一週間後ぐらいに次の演目決めるから、香村さんも考えといてね」


 帰り際に、部長が近づいてきて彼女に声をかけた。


 みんなとお喋りしたかったなぁと、少し未練がましく思いながら彼女は帰路につく。


 途中、猫と目が合って、どうしても触りたくなって猫寄せのマネゴトをしてみた。人恋しさを紛らわす為に生き物に触れたがるというのはどうなのだろう? と一瞬考えるが、そんなむなしい思考は停止して、すぐに鳴き真似に没頭する。


 家の猫でさえ寄ってくる確率が低い技だが、そのことは彼女自身がよくわかっている。しばらくたってふいに我に返ると、なにやら上の方から視線を感じた。


 ふとそちらを見ると、陸橋の上から見覚えのある顔が彼女の方を向いている。そして、なにやら笑っているようだ。


「……」


 瞬間的に顔が熱くなるのをゆかりは感じた。


 クラスの子に見られるなんて、しかもよりにもよってあの堀瀬由衣になんて……と彼女は隙を見せた自分を後悔する。


 ゆかりは堀瀬由衣のことが苦手だった。


 言葉も交わしたこともなければ彼女の人柄をよく知っているわけではない。でも、優等生的な笑顔と八方美人的な交友関係があまり好きにはなれないでいた。


 そしていつの頃からだろう、『苦手』が『嫌い』になってしまったのは。



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