確認と出発
しばらく泣いた。新しい肉体や力をもらっても優しくしてくれたアリステア様にもう会えないことの方が悲しかった。でも泣きやんだ。
『生きてください』
そう言われたから。
立って周りを確認する。武器に肩掛けバッグ、畳まれた衣服、マント、他にも置いてある。確認だ。
全部あった。財布に硬貨、食料、水筒、シャンプーの類に布などの小物はバッグに入っていた。
次は身体の確認をする。無性体だった。下を確認した。確かだ、衝撃的である。元の自分の性別である男性体に戻した。
さっきは髪を触った。顎に触れてみる。ツルツルだ、髭の感覚がない。これには笑う。喜びで。
手を開いて閉じて、靴の中にある足の指を動かして、関節を動かす。感覚があるか確認する。ある。なら次だ。日は高い。視力を良くしたからよく見える。見えてくれている。
「あー」
声も変わっている。次だ。
周りに誰もいないことを確認して走る。
ーーーーー
走り終えたが元の身体とは桁違いだった。速さも持久力も。前なら息切れしていた。全力疾走でしばらく走り続けたが、息切れも軽い目眩もしなかった。凄い。
限界まで試している暇はないが身体が軽く、感覚に違いがあることが分かった。次だ。
走っている途中に手頃な石をいくつか拾った。それなりの重みがある。ステップを踏んで左手を前に出し、肩と腰、全身を使って右腕で投げる、左手でも投げる。石は大体同じ速さだった。何度かパターンを変えて投げたが、違いはない。次だ。
木の近くに戻り、ファルシオンを取る。金属の重みを感じながら鞘から抜く。刃物だ。幅広く、直刃だ。先端に軽い反りがあり、そこだけは両刃だ。
アリステア様から見せてもらったことを思い出しながら振る、突く、いくつか試す。
ーーーーー
身体の確認は終わった。簡潔に言うが元の身体とはまるで違った。擦り合わせが必要だ。視力も動体視力も違う。速さも力も体の柔らかさもだ。
記憶力も違う。剣を振るアリステア様の姿を一切忘れていない。知識も頭の中にある。棍棒と剣鉈も扱ったが、棍棒が一番扱いやすかった。
身体の確認は一旦終了だ。身体が異世界基準になり、種族は天使族になった、その影響だろう。
持ってた剣鉈を収納してみた。(収納)と念じると突然消えた。驚いた。取り出そうと考えると剣鉈が思い浮かんだ。剣鉈を取り出した、やはり突然出てきた。
肩掛けバッグに必要なものを入れ、ファルシオンとマントを残し、全部しまってみた。取り出そうと考えるとしまった物が思い浮かんだ。次だ。
(鑑定)と念じながら草や石を見る。名前が出た。次だ。
身体に何かがあった。おそらく魔力だろう。そしてもう使える。翼を一度生やして仕舞った、確認だ。
そして握りこぶし位の水を出すことを考えながら魔力を使った。目の前に握りこぶし位の水が出た。もう驚かなかった。水を落とした。
天使族の特徴は色々あったが、その一つがこの魔法だ。天使族は念じて魔力を使うだけで魔法を使える。他は吸血鬼とハイエルフだ。ハイエルフは正式にはいないが。
他の種族はこうまではいかないとアリステア様が言っていた。余程訓練しないと効果を想像しながら魔法名を言う必要があるらしい。どうしても隙が出る。
他の種族より魔力消費を抑えられ、魔力回復が早く、念じただけで魔法を使えるので上記三つの種族は魔法種族とも呼ばれるが、天使族が一番だ。
魔法種族は魔力や魔法との親和性の高さから付けられたらしい。そして他人が魔力や魔法を使うことを感じ取れるので対処が容易になる、大きすぎるアドバンテージだ。
魔力が減った感覚がある、もう一度使う。さっきと同じ大きさの水を一メートル離して出す。さっきよりも減った気がした。また落とす。
魔法は本人の腕を伸ばした位の範囲から離れて出す程、魔力の消費も増大する。二回水を出したが、水を出すだけで体感でおよそ一割魔力を使った。維持にも消費する魔力は少なめだが必要だ。やはり魔力は多くない。
次は火の弾、略して火弾を念じて使う。操作も容易だった。消しゴム位の火弾を石に向かって飛ばす。石が弾かれた。確認する。赤くなって少し凹んでいる。
魔力はおよそ一割削れた。およそなのは体感だからだ。魔法をこれ以上使うのはやめよう。他にも試すことがあるので魔力を残しておく。
次は道具の確認だ。空の水筒だ、魔力を注ぐと水が出るし、温度調節を可能にしてもらった。魔力を注ぐと重くなった。蓋を回して開けて飲む。洗浄能力はまだ使わない、次だ。
ヒートテックを見る。暑さも寒さも感じない。サイズ調整してみる。長さが変わる、タートルネックにしてみる。身体を動かす、違和感はない。
終わりだ。思いつく限りの一通りの確認は済んだ。
最後に水の鏡を念じて魔力を使う。水面に顔が映った。綺麗な顔だ。新しい自分の顔をよく見る。
サラサラの灰銀の髪に少し吊り上がった銀色の切れ長の目に細く長い眉毛、スッとした鼻筋に薄く赤い唇。それを透き通るような白い肌が際立たせる。
顔の輪郭が若干細く中性よりに近い顔。微笑、笑顔、歯も綺麗だ。首も細く、人形にも見える。本心で笑うことができた。鏡を消した。
マントを着て剣鉈一つをベルトに差し込み、肩掛けバッグとファルシオンを背負い思う。
元の世界で自分を縛る鎖はもうないことに。
そして残るは自分の心を縛る鎖だけだ。
危険な世界だ魔物がいる。文化も発展していない。思い返すが元の世界は発展していて面白い部分もあった。だが、あの世界で自分は一番に成れるだけの頭も身体もなかった。
発展した分求められることも多かった、管理もされた、さも当然のように。自分は諦めて流された。生きてる感覚も鈍くなっていた。
誰かが作り上げてきた安全だったが、飼われている気もした。生き難く死にづらい世界だった。それでも楽しかった。
この世界なら?
自由だ。縛るものはもうない。後は自分次第だ。優しいアリステア様に力をもらったが、生き易く死に易い世界だ。
危険だがその分何かを掴める気がした。
自由に生きたい、嫌、好きに楽しく生きたい。元の世界の記憶にある倫理観や道徳は残っていた。この世界でそれがどうなるか分からない。
危険で怖くもある。だが出来ればルールやマナーを守って好きに楽しく生きたいと思った。
アリステア様から言われた前を見る。日を受けて光る緑色の世界が目に見える範囲で映っている。
突然強い風が後ろから吹いてくる。風に背中を押されて、思わず笑みを浮かべた、誰かに背中を押された気がして。
俺は歩き始めた。