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閑話・彼

 初めて彼を見た時は目が覚めたような感じだった。彼を見た人達も同じだった筈だ。


 時間が止まっていた気がした。


 それ程までに彼は美しかった。


ーーーーー


 冒険者ギルドの受付嬢は結構良い職業だと言われる。魔物の討伐から採取の依頼、商人の護衛や野党の討伐など、他の者がやりたがらない仕事の依頼を冒険者ギルドが集めているのだ。


 冒険者ギルドの創設は異世界から来た者が中心となって創設されたと伝えられているが、その真偽は定かではない。


 受付嬢の仕事は依頼者からの依頼の受注と貼り出し、完了の確認や、依頼のトラブルの対応(これは主に採取のミスや依頼者とのトラブルが多い。又、依頼者の情報の誤魔化しなどがある)と様々な業務を行う。


 当然、読み書き計算の能力が高い者が選ばれ、見目の良い者が雇われ易い。冒険者は男性が多いので女性の採用も多い。まあ、ここの女性が多い理由は治安が良いお陰でもあるのだが。


 過去には問題もあったが今では他の職業よりも給金が高く、安定しているので羨ましいと言われる職業の一つだ。


 更には他の職業よりも出会いが多いとされている。高位の冒険者に見染められて結婚するケースがあるのも人気の理由の一つと言えよう。まあ、殆ど無いが・・・。


 そんな職業である受付嬢になれた私は幸運だった。冒険者の男の人に食事を誘われることも多いので私の見目は良いのだろう。今のところは全てお断りしているが。


 そうしてホッヘル冒険者ギルドの受付嬢として業務をこなしながら日々を過ごしていたある日のことだった。


 彼が現れたのは。


 扉を開けて誰が来たのか何気なく見た瞬間




 世界が固まった。視線が吸い寄せられた。


 冒険者ギルドに入ってきた彼は綺麗だった。


 灰と銀が混ざったような美しく光る髪色がまず目に付いた。サラサラに見える髪を綺麗に流していた。


 目に映る宝石のような銀色の目はのんびりと辺りを見渡し、こちらを見て足を踏み出した。


 私は固まって、歩いてくる彼をずっと見ていた。彼を見た冒険者は全て固まっていたと思う。夢ではないかと思った。


 近くなればなるほど、彼の美麗で耽美な顔がよく分かる。


 完成されたかのような顔立ちが。


 つり目で切れ長な目、細長く優美な、髪色と同じ眉毛。鼻筋はスッとしていて高く、くすみや荒れが一切ない透明感のある白い肌、肌の色が合わさり咲かせたように見える薄く紅い唇。


 顔立ちは左右対称で細く、女性とも少年とも見紛うほどだった。


 身体を見た。


 背が高く、肩幅はあるが胴が細く見え、足が長い。冒険者とはまるで違う。旅の格好でもここまで映えるという恐ろしさ。


 今までで一番綺麗な人と問われれば一切迷わず肯定が出来るような容姿の持ち主が私の目の前にいる。


 何人か特に綺麗だった人やエルフの方や他の種族の方はいたが、それすら霞むと言える人が私の目の前にいる。


 耳は人族だが、人族でこんな容姿を持つ者はいな・・・


「こんにちは。ここが受付で合ってますか?」


 綺麗な声は優しく私の耳にするりと入ってくる。

 彼が聞いてきた。


「は、はい、冒険者ギルドに何のご用件で?」


 自分の声をはっきり出せれたのか分からない。


「冒険者に成りに来ました」


 そう言って彼が私の目を見て微笑んだ。どこまでも綺麗な顔立ちに、丁寧な口調、そして最後の私に向けた微笑みに胸が高鳴ったのを自覚した。


 身体に熱が灯る。顔にも、




 全身が燃えてしまいそうだった。


ーーーーー


「・・・で以上です」

「丁寧にありがとうございました受付嬢さん」


 説明が終わると彼は満足した笑みを浮かべてお礼を言い出口へ向かう。説明をミスしなくて良かった。彼の顔を見ながら説明をしていくのは大変だった。


 物腰が柔らかく丁寧な言葉遣いに助けられた。私の説明に相槌や疑問を出す時ものんびりとしていて話を楽しそうに聞いていた。


 お陰で胸の高鳴りも抑えられた。


 彼は本当に冒険者になるのだろうか?彼の背丈の半分以上は優に超える剣を背負っていたのは分かったが、普通の冒険者の人とは違い丁寧で、明らかに雰囲気が違った。圧倒的だ。それでもさっきの様子だと戦う人にはとても思えなかった。


 そしてあの顔立ちで出身を書かなかったことは気になる。どう見ても普通の出身ではなかった。旅人というには身だしなみが綺麗すぎる。貴族の出身だろうか?いや流石にあの顔立ちで魔法が使えるのなら冒険者にならずとも・・・


「ちょっとフーリ!?今の彼凄く綺麗だったわね!?」


 同僚が興奮している。私もだ。冒険者の人達もみんなが騒ついている。


「いいなーフーリ!あんな人と話せて」


 他の同僚だ。


「フフッまあね」


 本当にそう思う。また彼は来るのだろうか?

 また会いたい。







 次の日の朝に彼は来た。来てくれた。その姿は圧倒的に綺麗だ。彼を見てしまう。


 私から見て右に歩いていく。昨日彼が聞いてきた資料室の方にだ。ギルドの集めた資料を見てくれるのは嬉しいが、彼が依頼を受けてこっちに来てくれるのではと思っていた。


 少しがっか・・・あっ!微笑みながら手を振ってくれた!


 胸が高鳴り顔も熱く・・・


「ちょっとフーリ!?あんたに手を振ってたわよ!?」


 同僚が恨めしそうな声を出してくるが、気にならない。


 気分が良い。仕事も頑張れそうだ。








「ちょっとフーリ、あの人さっき降りて来てたわよ?」


「えっ?」


 交代していた間にどこに!?


「さっきよ、さっき。また上に戻ったわ。黒髪の女の子四人と話した後でね」


「黒髪の女の子?」

「ええ。ここらじゃ見ない顔だったわね。少し可愛いらしかったわ。その子達も上に行ったわ」


 そんなー、がっくり。








 彼が来た!私のところに!


「少しお尋ねしても良いですか?」


 凄く絵になる。ずっと見ていたい。


「はい」


「道具屋の場所を聞きたいのですが」


「ああ、それならこの道の大通りにありますよ、あっちの方角です、大きいのですぐに分かるかと」


 しっかり答えられたと思う。


「ありがとうございます。あっ、それと受付嬢さんに教えていただいた宿は凄く良かったです。ありがとうございます!」


 彼の、彼の笑顔が






「ちょっとフーリ!?何であんたばっかり!?」

「ずるいよ!フーリ!?」

「フーリちゃん私も流石に・・・」


「えへへ・・・」


「フーリ聞いてるの!?」


 幸せだ。









 今日も彼は来たが私の所ではなかった。同僚のところだ。同僚の嬉しそうな顔。


 依頼の報告もだ。来たと分かった途端何とかスピードを上げようと試みたが来なかった。


 男性の職員が少し恨めしい。









 今日も来なかった。ただ、手を振ってくれた。

 頑張ろう。









「オーガが現れたのですか!?」


 仕事中にそんな声を耳にする。オーガが?


「あ、ああ!確かだ!森の中層域にいたんだ!それも大剣を持ってた!身の丈と同じくらいのやつをだ!」


 そんな声が聞こえてくる。落ち着きのない声が。


 森って確か、隣で聞いていたから・・・


 彼は!?


 



 無事だ。彼が戻ってくるまで生きた心地がしなかった。思わず声も大きくなってしまった。


 私の話に少し強張ったような顔を見せていたが、討伐隊の話を聞いてそれもなくなった。少し雰囲気が違っていたがその顔も綺麗だ。


 依頼な報告と魔石の買取を行う。彼のランクが上がった。彼ならすぐに上がると思っていた。おめでとうございます!


「ありがとうございます」


 微笑みが見れた。嬉しい。顔が熱くなる。










 その後も他の同僚や先輩から依頼を受けたり報告をしている。どうやら均等になるようにしているみたいだ。仕方ないが来て欲しいと思ってしまう。





 オーガが討伐された報告にホッとする。


 原因は分からないがこれで大丈夫な筈だ。オーガや強い魔物は森の中心部にいることが殆どで人前に現れることはまずない。





 今日の朝は私のところに来てくれた。


 森の様子を何度か聞いているのは安全の為だろう。資料室に行くのも情報を集める為だ。やはり彼は違う。


 冒険者で資料を読む者は少数だ。読み書きが完璧にできる人は少ないし、冒険者は経験から学んでいく人が多い。そして一度の失敗で亡くなる人がかなりいる。・・・彼は大丈夫だ。


 大丈夫ですよ。あれからそこまで森の様子は変化していません。少し魔物が増えているだけです。


 彼ならオーガを倒せそうとも思えてしまったが、流石にそれはないし、危ないからして欲しくない。






 オーガを一人で討伐!?怪我は!?ここまで一人で引っ張って来たのですか!?


 マントに血が付いていたが怪我ではなかった。安心した。

 査定した金額は凄い。


 おめでとうございます!


「ありがとうございます」


 微笑みを返してくれるが、少し顔の様子が疲れているのか暗そうだ。今日は休んでくださいね。







 それからも彼は来た、一月以上の間を殆ど毎日だ。私のところに少し多目に来てくれている。依頼を受ける時も報告の時もいつも身綺麗で、少し良い匂いがするときがある。植物の様な良い香りだ。お酒の香りはまるでない。そういった面も好印象だ。


 彼は誰とも組んでいないが、結構な数の魔石と素材になる魔物を持ち帰って来る。依頼も完璧にこなしてトラブルは一切ない。殆ど毎日なので心配になるが、疲れた様子はオーガのとき以外見ていない。オーガを討伐したときに分かっていたが彼はかなりの腕利きだ。


 そんな彼だが、ギルドに来るたびにここに居る人達全てが彼を見ている。街中でも彼の噂で持ちきりだ。彼を一目見ようと人が集まったそうだ。


 見ようとする人はさり気なく街中で彼を見る。宿では宿泊客や食事をする人は彼を見れる。押しかけて見ようとする人はいない。宿の主人が許さないだろう。あの宿を紹介して良かった。


 ここに変わらず彼が来てくれて嬉しい。


 これまでの間に森の調査の依頼から討伐と採取依頼で基準は満たしていた。オーガを討伐したことが大きい。ドバルさん達の報告からも問題は一切なかったそうだ。


 それで鉄級の試験を彼は受けたが、一切問題はなかった。読み書きは間違えることもなく、最後の試合を見たが担当官と木剣で少し打ち合った後に寸止めで終わらせていた。最初はのんびりとして流麗な戦い方だったが、最後は余りの速さに驚いた。


 凄い!


 彼もこれで鉄級だ。彼ならば金級にもなれるのではないだろうか?本当に強く、それでいて優しい。上に行く冒険者の資質も実力も既に満たしていると思う。


 おめでとうございます!


 私の喜びように彼は嬉しそうにお礼を言ってくれる。できればこんな人と・・・





 あれからもしばらく私のところに来てくれて依頼を受けたり、服屋や他の物がある店を聞いてきた。教えるとお礼を必ず言ってくれる。嬉しい。今日も頑張れそうだ。






 抱いていた、彼がずっとここに居てくれるのではないかという淡い期待は・・・


「行ってしまうのですか?」

「はい、お世話になりました。フーリさん」


 彼は冒険者だ。分かっていた。彼ほどの腕ならここにはもう・・・、それでも・・・


「・・・いつかまた来てください」


 引き止めることはできない。彼は冒険者だ。


 これはただの私のお願いだ。また会いたい。笑って見送ろう。


「はい。必ず。それとこれを」


 そう言ってくれた。


 そして茶色の紙袋を渡された。綺麗な模様が描かれた大き目の袋だ。この模様に少し見覚えがある。


「これは?」

「クッキーと紅茶の茶葉です。良かったらギルドの職員の皆さんと食べてください」

 

「・・・ありがとうございます」

「お仕事頑張ってください」


「はい!」




 そう言うと彼は微笑み去って行く。


 私は最後まで笑えていただろうか

 仕事を頑張ろう






 後で、かなりの量が入っていたクッキーと紅茶を皆で分けた。これは街の中心近くにある女性に人気の喫茶店だ。食事はよく誘われるがこんな洒落た贈り物をされたことはない。


 



 クッキーを最初に食べる。


 甘くて美味しい味が広がる。芳ばしさとそこから優しくふわりと広がる甘さが。


 美味しい。


 紅茶を飲む。


 スッとした良い香りが吹き抜け、苦味が殆どない紅茶の味が染みわたる。クッキーの甘みが綺麗に消える。





 少し視界が見えにくい。


 彼が来ていた時間は夢の中のようだった。


 とても綺麗な彼をずっと見ていた


 クッキーのように優しく甘く


 紅茶のように香りを残し消えていく


 優しく溶かされた(慰められた)気がした。






 大丈夫だ。また頑張れる。また来ると言ってくれた。


 ただ、


 今日は少し泣こう。そしたらまた頑張れる。


 だから今日だけは・・・







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