私の好きな人
私が悪役令嬢だと言われた騒動から早2日後の事。
ルーカス様とラングが動いたお陰で、最悪の事態は免れたと聞く。
香水を作る施設を管理していたセガール家。例え操られたとしても、利用されたとしても助けを求める事は出来たのだと言う。
「ラング様によれば魔力の抵抗力が、強ければ弾かれるものだと言う事です。今回、簡単に弾かれないようにその家の弱みを掴んだ状態で餌を吊るした、と言う事です」
どうぞ、とファールが説明しながら紅茶を用意してくれる。
柑橘系の香りのする紅茶だと思い、そんな情報を簡単に言っても良いのだろうかと思っていたら――。
「彼とは何かと協力することが増えそうなので。それと同じように苦労しそうですから……」
「苦労?」
え、ちょっと憐れむ様な目で見られたのだけど……。
何か迷惑を掛けるような事をしただろうか。
「いえ、無自覚なのは良いです。お嬢様は真っすぐに進んで下さい」
「う、うん……?」
何だか微妙な気持ちだ。
そう言えば、と私はファールに聞きたい事がある事を思い出す。
「あの時の怪我、誰が治したの?」
「お嬢様の身体能力です」
「無理よ。お医者様にも保健室の先生からも、暫くは安静にと言われたのよ? 最低でも3日はじっとして薬を飲むように言われたのに……」
私が学園で突き落とされた時、落ちた場所は階段だ。打ち所が悪ければ後遺症もあり得るかもしれない。もしかしたらそのまま命だって、危なかった可能性だってある。
だけど、無意識に風の魔法を使ったのだろう。
衝撃はあったけれど、もっと酷くなる筈の怪我は思った以上に軽かった。
「教えて」
「……」
「ファール?」
「はぁ……。仕方ないですね」
余程言いたくないのだろう。嫌々ながら教えてくれたファールはその経緯を話し、それを聞いた私は驚きのあまり声が出なくなった。
「ル、ルーカス、様が……へ、部屋に? わ、わわわ、私の……」
「ルーカス様が言うには即効性のある特別な薬なんです。出て来てからの表情はかなり苦しんでいました。……これは予想ですが、お嬢様の怪我の痛みを全てお一人で引き受けたのでしょう」
「!!」
と言う事は、ルーカス様は私が受けた傷も痛みも全て受けた上で今まで……お仕事を?
こ、こうしてはいられない!!!
「お父様も何で黙っていたのか。そうよ、エドだって知っていたのに今の今まで黙っていただなんて!!!」
「借りを作りたくないんですよ」
「だとしたら皆、黙っていたのね!? 酷いわ、お母様もだなんて……」
「あの変態に大事なお嬢様を、預けるのが嫌なだけです」
何やらファールが小声で言っているけれど、良く分からないし聞こえない。そんな、ルーカス様が来ると聞いていたら部屋をもっと綺麗にしていたと言うのに……。
唸る私にファールが「そこですか」と違うと言った感じで見つめていた。何でか溜め息まで吐かれてしまう……何でだろうか。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そんなこんなで、ルーカス様が後日、私を城にと呼んだ。
そして呼ばれた部屋……と言うか、場所はまさかの謁見の間だ。そしてルーカス様だけではなく、国王様に王妃様。そしてラングの父親である宰相様もいる上、その隣にはラングも居た。
「お嬢様、お嬢様。まずは開いた口を塞がないとダメですよ」
「え、えぇ……」
ファールに小声で注意され、慌てて口を押さえる。
そう言えばいつもルーカス様の部屋か、王族しか入れない庭園で呼ばれることが多かった。だから、いつもとは行く方向が違うなとも思いながら、そのまま案内されて来たけど……。
ファールは知っていたのだろうか。
「どうしましたか、お嬢様?」
うん、あの笑顔は知っている顔だ。
お父様も知っているのだから、絶対にエド達だって知っている。またもや私だけ除け者だ。
「もう怪我の具合は良さそうで、安心――ぐうっ」
「え、あ、あの……」
国王様は私にそう言ってくれたのに、何故だか王妃様に叩かれている。ルーカス様を見ればもう泣きそうな顔で見ており、ラングの方を見ると安心するようにと視線で訴えられる。
(ど、どうすれば……)
「もうっ!! そうではないと昨日から言っているのに。ルーカス、貴方もです」
「はひぃ!!」
ビクつくルーカス様に思わずポカンとしていると、隣で「ぷっ……くふふふ」とお腹を抱えているファール。笑ったらダメだと思って注意する間も、王妃様は何故だかルーカス様と国王様を土下座させている。
「う。この度は……貴方に、ご迷惑と怪我をさせてしまった、事……申し訳なく」
ルーカス様と同じく涙目な国王様。宰相様は憐れむ視線を送り、ラングは私の方へと指を指して「カトリナ」と口パクで教えて来る。
「ルーカス様……」
「ごめん、カトリナ。私の所為で大怪我をさせて」
「「どうも、すみませんでした」」
国王様とルーカス様に同時に謝られ、戸惑った私は思わずラングに助けを求めた。彼はチラリと自分の父親に視線を投げかけると、宰相様は私に説明してくれた。
今回、私を悪役令嬢として落とし入れたセガール家のユリー。彼女の発言は私の評価を下げ、ルーカス様の新たな婚約者にと名乗り出る所まで来た。それは全て違法性のある魔法の所為だ。
魅力は相手を惑わし、相手の発言だけを真実として受け入れる。その中に記憶の改ざんや使った本人さえ混濁を起こす。
使えば使う程、依存性は高くなり相手の思うようにさせられる。
それが私とルーカス様との不仲であるという噂までが、学園に広がっていき自然と私は孤立していく。だけど、ルーカス様がユリーの事を引き付け囮をしたのも私への被害を受けないように動いたから。
それでも私は大怪我をした。ユリーにそそのかされて、私の事を邪魔だと思った人によって。
「未然に防ぐように息子に言い、実行したまではいいが……」
「ルーカスも情けない!!! 自分が好きだと言った子も守れないだなんて」
「う、ぐぅ……。だ、だってぇ~」
「そ、その事なんですけど……。私の怪我を代わりに被ってくれたのは、ルーカス様なんです。だから私はもう大丈夫です」
「え」
驚いた様子のルーカス様はそのままファールの方へと向くと、ズカズカと進んで胸倉を掴んできた。
「君、話したの!?」
「俺はお嬢様の専属です。なのでお嬢様に弱いんです」
「よ、弱すぎ!!! 男同士の約束よりも!?」
「そんな約束しましたっけ?」
「したよ!!! 何も見てないって、君だって何も見てないフリしたじゃない」
「はぁ……すみませんでした」
「全然、心がこもってないんだけど!!!」
嘘だろ!!! とファールの事を揺らしながら訴えるルーカス様。
王妃様はその件で私に謝罪をするのにこの場を設けるように言ったのだ。国王様も課題を言ったからと考えていた様子。本当ならもっと早くにと動いたが、私のお父様が頑なに会わせなかったのだと言う。
『王族だろうと娘を怪我させたんだ。会わせてたまるか!!! そんなに会いたいのなら権力を使えば良いだろう。それが出来る立場なのだからな』
そんな事を言ったお父様に思わず遠い目をしてしまった。
帰ったらお父様の事を怒ろう。そう決意した私は国王様、王妃様に言った。ここ数日、私の気持ちを……ルーカス様の事を。
「確かにルーカス様と会えなくなって、寂しい気持ちが多かったのも事実です。それで……もし許されるのなら、ルーカス様との婚約を認めて欲しいんです。私――彼の事、ルーカス様の事が好きなんです」
「っ……!?」
「怪我をした私を彼が治してくれた。そう思われても仕方ないです」
固まった様子のルーカス様に私は思い切り抱き付き「好きです」と言った。すぐに真っ赤になる彼は慌てている様子。いつもは私が甘やかされているけれど、彼だって甘えても良いのだと思う。
「私はどんなルーカス様でも良いです。貴方のこなす課題で、私を駒として使っても構いません。囮として使っても良いです。私は変わらず貴方を愛し続けます」
「つっ!!」
あたふたとする彼が可愛い。そう思っていると「決めた!!!」と私を抱き込むルーカス様は、国王様と王妃様に宣言する。
「や、やっぱりカトリナじゃないとダメ!!! いい匂いだし、安心するし、こんなに可愛いし。カトリナに会えなくて屋敷まで行っても追い出されたけど!!!」
「阻止は絶対ですが、文句があるんですね」
「ちょっと黙っててよ、ファール!!」
良い雰囲気ぶち壊しだ、と怒る彼とファールは涼しい顔で「知りません」と言い切る。そんな私達を見て嬉しそうに見ているのは王妃様だ。国王様は「そうか、そうか」と何故だか涙を流して嬉しそうだ。
さっとハンカチを渡す宰相様は、流石と言うべきか慣れた様子。そして自分の事を空気だと接するのも凄い。
「ルーカスが夢中になるのも分かるわ。貴方、芯が強いのね」
「そ、そんな大げさなものじゃないですよ。ただ好きなだけです」
それが案外難しいのだとも言われ、キョトンとしてしまう。好きな人を好きと言うのがそんなに難しいのだろうかと思っていると、意外に難しいのだと教えられる。
「どんなルーカスも、か。本当に好きでないとそんなセリフは言えないわ」
「だって私のカトリナだもん!! 言えるのは当然だよ」
「守れなかったダメ息子に言われたくはないです。ダメ息子を自覚しなさい」
「うぐぅ……」
すぐにシュンとなるルーカス様。
よしよしと頭を撫でれば、途端にふにゃと嬉しそうに顔を緩ませる。なんだろう、幻覚だろうけど尻尾を振っているように見える。
そんなルーカス様が好きなのだから、私はもう彼しか見えていない。ラングが「良かったね」と言ってくれる。その後ろでファールが残念がるのが不思議でならない。
私は彼が好き。それではダメなのだろうか?