ビビりがばぶばぶ言い始めました。
太い材木で作られた薄暗い部屋の中。
もうすぐ昼の筈なのだけれど、室内は寒々と冷えている。
家を一歩出たら陽射しの届かない森らしいから仕方無いね。
開け放った窓にガラスは無くて、その下の床一面に柔らかく光を通していた。
……とっても寒い。
ガラスは貴重らしいから使われていないのも、仕方ない。
換気しないといけないし。
仕方ない。
ぶるぶるっ。
見慣れぬ天井も、見慣れてしまえばただの天井。
割りとしっかりした作り方だなぁ……。
ログハウスだね、これ。
かっこいい。
しかしそれを声に出来ない。
発声練習、がんばりますっ。
まだ、言葉が、分から、ないっ。
「っあ、だ、ま、あっ」
まだ、声がっ、上手くっ、出ないっ。
「っあ、くっ、えはっ、にぅっ」
うーん、多分、舌が小さい。
そして歯が無い。
口周りにも筋肉付いてないのだろうな。
何にしろ、声らしい声は出せてない……。
「ぜはーっ、ずはーっ、ぜはーっ、ふーっ」
呼吸はまぁ、ちゃんと出来るけど。
「ばぶぅ……」
安定して声を、言葉を出したいなぁ。
ただ喋るにも、言葉はまだよく分かってない。
……まだ無理かぁ。
でも頑張ろう。
次は手足。
動かすぜー。
動かしまくるぜー。
じたばた。
ぶんぶん。
じたばた。
ぶんぶん。
じたばたぶんぶん、ぶんぶんぶん。
ふんぬー、よっ、うーん、うーん。
ふーっ。
「ばぶっ」
よしよし。
昨日より疲れてない。
つまり鍛えられている…… はずだ。
[頑張りますね]
あ、代行者さん。
どもっ。
そりゃね。
まだ何にも出来ない赤ん坊じゃ、こうやって成長していく努力位しかやれる事もないし。
……しかし赤ちゃんって、こう、判別がつくヤツがやってちゃいけない状態だよね。
ご飯、とか、下の世話、とか。
正気失いそうになる。
大っきい胸が視界いっぱいにおっぱいでも、食欲が勝っているからまあ恥ずかしいで済むのかな。
いけない気持ちになれない事を感謝します。
でも下の方はいかん。
いかんよ。
ダメだよ。
ダメ人間ドックに係留してるよ。
オムツに出しちゃう度に気持ち悪さで泣いてしまうし、拭かれるのが恥ずかしいやら、気持ちいいやらで泣いてしまう。
あぁぁあぁ、コレあかんやつぅ。
らめぇえ。
……ふぅ。
[やはり、記憶をしばらく閉じておきますか?]
いやっ、ダメだよ。
自分で言葉を覚えて、自分でやりたい事を見付けて、自分で成長していくのだから。
たとえ自分の無意識にだって譲れない。
[ふふっ、そうでしたね。では、また夜に伺います]
うん、宜しく。
あっ、母が帰って来た。
お産の後、二日間は俺と一緒にベッドで寝ていたのだが、最近は回復してきたらしく、身の回りの世話を一手に担ってくれている。
恥ずかしい姿を、見られて、おります。
……はい。
そこだけ記憶を無くしてくれないかなぁ。
いや、本気じゃないけども。
母のふわっふわな腕の毛並みや甘い香りのする柔らかな胸に抱かれると、とても安心する。
父の暖かな羽根も大好きだ。
こちらに来て、初めての温もりは父の羽だったのだから。
一日も早く、言葉を覚えて、感謝の気持ちを伝えたい。
「ばぶばぶっ」
「……、 ……。 ……!」
ううっ、頭を撫でてくれる大きな手も好きだ。
俺、元は日本人だから。
頭ナデナデは気持ちいい。
肉球が、ふにっとするし。
不思議だったのは、女性にしては手が大きいってこと。
兎人型の母は、騎士の称号持ち。
職業は兼業農家という…… なんか脱力感のある名前だが。
いつも近くに、刃渡の長い槍が置いてある。
黒革の鞘入りでかっこいい。
代行者さんいわく、母は兎人の跳躍力と、ギフトの『空気の階段』という空中歩行が可能になる能力で一躍『騎士』となり、ある国の隊長をしていたらしい。
大きな手は、その頃に無理をしていた証。
兎人は生活環境適応能力が高く、体型は変わりやすいのだそうだ。
「……ばぶぅ?」
うあ、持ち上げらめぇえ。
首が、まだっ、弱いのぉーっ。
「……! ……スライ!!」
物凄く慌ててる。
大丈夫、ぐりんぐりん首動くけど、外れてるわけではありません。
うあぁ。
「……スライ……!」
「ばぶぅ?」
スライ?
それって、なんだろな。
……俺か?
名前だろうか?
俺の名前かなと予想して、反応してみる。
「ばぶばぶ!!」
「……スライ」
「ばぶっ!」
やっぱり、やった、嬉しい!!
俺の事を、呼んでくれて。
名前を、くれて。
「……ッ! ……バァン!! ……スライ……!」
あ、多分『バァン』は父の事だ。
前にも何回か聞いたからね。
ラブラブなんですよ、この二人。
って事で、母の名前は。
「ロギー!? ……スライ……?」
はい、「ロギー」だね。
父が何かでけえキノコ担いで帰ってきた。
……あれ晩御飯かな。
食えるの?
「……スライ」
「ばぶっ?」
呼んだ?
「……!! ……~ッ!?」
あ、喜んでくれてる。
うん、分かるよ、俺の名前なんだね。
「ばぶばぶ!!」
有難うっ。
身振りだけでも、喜びを表現出来てるかなぁ。
でも、ちゃんと言葉を覚えて、早く喋りたい。
貴方達の子供にしてくれて、有難うって伝えたい。
……そして、代行者さんに一番感謝をしている点。
この二人は、俺が転生してきた存在だと知っている。
産婆をしていたという猫人の神官に、神降りの儀式というのをして話をしたのだそうだ。
俺が寝ている間に。
[この赤子は一度は息絶え、魂の光が消えようとしていました。しかし彼方の良きヒトの魂が宿ることで再び産まれ、生きる事が出来たのです]
貴方は告知派だったのか。
……とまぁ驚いたが、知らせないままの状態は多分、俺が抱えて悩むと思い、明かしてくれたんだろう。
実際、悩みそうだった。
肩の荷が滑り落ちていった気分だよ。
[この子供を愛し、育てる事を無理強いはしません。別の魂が宿る赤子です、忌むというならば、神の代行者が預かります。嫌うというならば、ここから連れて行きましょう]
そんな遣り取りで、しかし両親の返事は、応だった。
んー、本当に、よくも育てる事を選んでくれたよな。
[ならば、この日を祝い、この地に祝福を!]
代行者さん、嬉しくなっちゃったらしく、畑を耕すなら豊作を約束するとか、村の全ての武器に魔法を付与してくれたりとか。
何か大盤振る舞いしたらしい。
……何だかな。
有難いなあ。
ああもうっ、両親とも早くっ、喋りてえっ!
俺 Level=?
状態=まだ首が座らない
職業=赤ちゃん
ギフト=?
スキル=?
魔法=?
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