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疑念たち

「傭兵団が野盗の首魁?」


 思わず聞き返した言葉に、嚆矢騎士団団長のアローノクトは頷く。

 

 場は騎士団駐屯地、作戦室。

 かなりの大人数を収容できるであろう作戦室は、それなりの設備があっても閑散としている。そこに居るのはぼくと騎士団長と、やはりメリーナさんだ。


「なぜ傭兵団なんかが」


「雇い主や目的などは不明であるから置いておく。しかし、確度は高い情報である。

敵首魁は森に身を潜め、拠点を移動しながら妨害を繰り返しておる」


「森に居るとなれば冒険者……とかじゃないんだな?」


 このファンタジー世界。

 ゴブリンにワイバーンときて、やはり居たのが冒険者。

 片やモンスター退治のエキスパート。片や依頼とあらば護衛やら雑用まで、冒険者組合が良しと言えばなんでもやる彼らだ。

 ご丁寧に銅級から赤金級まで七段階。最上級ともなれば英雄の如き扱いを受けるという彼らだ。


 ここはゴブリンもワイバーンも出てくる土地柄、冒険者の仕事は尽きない。

 当然、森林中での活動もある。野盗を冒険者と取り違えるなどしては事だが……。


「冒険者組合には問い合わせてあります。

現在、森林中で大規模なキャンプを開いているクラン、パーティーは存在していないとのこと」


「なるほど」


 このシュールスは立派な城塞だ。

 高い壁面による防御力は勿論だが、周辺に対してかなり見張りが利く。

 夜間ともなれば、火の明かりがあれば一目瞭然という訳だ。


「そこでだ、騎士ケルビン。

お主の力で一つ、森の不届き者共を蹴散らしてきてはくれんか」


 その立派な髭を撫でつけながら、騎士団長はとんでもないことを言う。


「……随分と俺を買ってくれてるようだが」


「如何にも。お主の腕を見込んでの事よ」


 一応、相手次第ではやれない訳ではない。


「……敵の規模は?」


「少なくとも三十人」


 余裕だ。百人居ても。


「目標は撃退で良いのか?」


「うむ。追い払いさえできれば良いぞ。お主としても深追いして手傷を負ってはならぬだろう」


 嘘ではない様だ。

 真意までは察することはできないが、一応、こちらを心配はしているのかもしれない。

 この仕事、相手にとって不足は大有りの予感はあるけれど。


 早速とばかり、ぼくは駐屯地から出て郭外へと向かう。


 ケルビンの歩みは速い。身長190cmは超えよう大柄で一歩が大きいのは勿論だが、ずかずかと音でも鳴りそうな早足がこの身体の普通なのだ。


 威圧感のある風貌も相まって、街の人々には未だに畏怖の目を向けられる。

 いや、これはもう変わらないかも知れない。この街とのファーストコンタクトからして、特大の示威行為となったのだから。


 ぼくの方はと言えば、余程この身体には慣れた方だ。というか、身体の扱いにいつては最初から慣れていた……とでも言うべきか。

 扱ったことのある訳がない剣技の数々ですらが、実に自然と繰り出せるのだから。

 それは勿論、ボタン一つタップすればあらゆるスキルを繰り出せるケルビンならば当然なのだろう。


 しかし、ゲームの中では予想し得なかった事柄もある。

 歩きつつ、ぼくは逡巡していた。


「流石に、信用はならないか」


 思い出されるのはつい先程の会話だ。


 騎士団長には傭兵の目的も雇い主も、目星がついている。

 あの人はぼくに、一から十まで正直に話した訳じゃない。


 ……という事が、何故だか察せられてしまうのだ。

 ケルビンの身体になって以来、異様な程に勘が冴え渡っている。

 騎士団長との会話のように相手の嘘がかなりの精度で判別できたり、逃げる野盗がどちらに逃げるのか的中させて先回りしたり、そんな事ができる様になった。なってしまった。


 はっきり言って意味が分からない。


 ぼくはそれこそ、EFOのゲームシステムはほぼ網羅し理解していた。

 確かにケルビンはこの世界の人々とは隔絶した実力を有して居るが、この『勘』については由来が全く分からない。

 ステータスにしてもSTRは腕力値、MAGは魔法力値、VITは体力値、DEXは器用度値だ。第六ステータスという概念もあるが、いずれにしろケルビンにはないものであるし、『勘』になりそうなものはない。


 EFOは何かと、公開されないマスクデータの多いゲームではあった。

 それでも、俗に『検証勢』と呼ばれるプレイヤー達が内部データの数値や計算式を予想・検証することで、ゲーム内の挙動のかなりの部分を解明できていた。

 しかし、誰もがキャラクターが異世界に行った時の挙動なんて検証したことがないに違いない。

 実際に検証勢であったぼくである。当然、ない。

 仕方がないと自分に言い聞かせ、意識を戻すことにした。


「団長の目的は何だ?」


 思い出すのは穏やかな雰囲気の老人だ。

 騎士らしく全体的に体の線は太いが、元職場の上司を彷彿とさせる禿頭に、白い立派な髭。ともすれば、服装さえ違えば老練な魔法使いとでも思ったに違いない。

 或いはその知性は、見た目通りの老獪であるのかもしれなかった。


「考え過ぎなら良いが」


 こちらへの情報を敢えて伏せた理由が、大した意味のないものなら良い。

 言ってしまえばぼくは騎士になりたてピカピカの新人だ。新入りに持たせて良い情報と、そうではないものがあるのだろう。

 その上、ぼくの身の上は経歴不明の武芸者という事になっている。一月やそこら真面目に衛兵をやっていたって、怪しいものは怪しい。

 だから団長はこちらに与える情報を制限している。

 納得の行く理論だし、こちらも一つ一つ仕事を進めるだけだ。


 しかし、そうでないなら? と、妙に引っかかる。


 団長に悪意の有るにも無いにも関わらず、描くシナリオがあるなら。

 ケルビンの戦闘力は目の前のあらゆる状況を突破する。

 そうして事態が進んだ先にある状況が、誰にとって良いものであるのか。疑問は尽きない。


 ……まあ、結局の所、ケルビンの身が危ぶまれる様な事態は物理的に起きそうにない。

 後はせめて丸く収まって欲しい、というのがぼくの本音だ。


 その意味では、ケルビンの腕力で野盗の首魁を制圧してしまうというのは実に合理的だ。

 成功率も速度も損害も、いかなる作戦も敵わないだろう。

 とどのつまり、ぼくはぼくの仕事をするしかない訳だ。













 早速とケルビンが赴いた後、アローノクトとメリーナは作戦室に残っていた。


「騎士団長、彼は恐らく……」


「ふむ、やはり勘付いておるか。そしてそれをおくびにも出さず、職務の遂行を優先する……存外、人間は出来ておるようだが、それだけに計り知れんのう」


「……単に主体性の無いだけかと」


「む、そこまでは言っておらんぞ」


「いいえ」


 アローノクトの弁明にも、しかしメリーナは首を振る。

 恩人を悪しざまに言うのは憚られますがと前置き、メリーナは続ける。


「ケルビンという男の危うさはそこにあります。ああ言った人間は鏡の様なもの。こちらが疑っているからこそ、彼もこちらに本音を隠しているのです。

扱いを誤れば、ワイバーンを一蹴する戦力がこちらに向くでしょう」


「……やはり信頼に値するのか、分からんのう」


「切れすぎる大業物でありながらその実、己こそは剣の砥石であるといった態度でいるから、彼はいかにも怪しい。

それでも中身は素朴な善人です。

……やはり仔細を共有しておくべきかと。こちらが誠意を持てば、騎士でなくとも良き協力者となった筈です」


 ほうとアローノクトは感心する。


「流石は中央文官の家系よ、騎士メリーナ。人間関係はお手の物だな」


「いえ、差出口でありました」


「ほほほ、何、槍働きだけで良いなら冒険者でも傭兵でも良いのだ。気にすることはない。

うむ、騎士ケルビンの扱いは検討するとしよう。さて……」


 朗らかな笑みを仕舞い込み、アローノクトはメリーナから視線を外し、向き直る。


 その先の光景は、凡そ閑散とは程遠い光景だった。

 作戦室はもはや満員である。

 何れも鎧を着込んだ強者達が所狭しと詰めていた。


「総員、合戦準備。素早く、静かにな」


「「「忠誠を」」」


 拳を胸に当てるこの国の騎士の礼。

 力強く声を揃え、各々が持ち場へと離れて行った。


 再び閑散とする作戦室。そこに残ったのはアローノクトとメリーナと、部屋の隅に控えていた小さな人影。

 その姿は、子供そのもの。

 頭の後ろで手を組んで壁にもたれ、白けた横目を二人に向けた。


「結局、君らだけでやるんじゃん」


「ほほほ、いやはや、貰った情報は値千金のものである。その功名を誤魔化したりはせんとも」


「……わかんないなあ」


 子供は小さく溜息を付き、もたれた壁から向き直った。


「信用ならないってんならまだ分かるんだけどさ、そうじゃないならボクでもケルビンでも良い。てか、そっちの方が良いはずだけど?」


「うむ、手出しは無用に願おう」


「……あいつら多分、西方国家の傭兵だよ。それなりに戦い方とか色々知ってる奴ら。君らでも損害無しとはいかないとも思うけど、騎士の誇りとか使命っての?そんなに大事なんだ?」


「ほほほ、それこそが大事なのよ、ラジアン殿」


「お姉さんも?」


 言葉に、メリーナはやや困った様に笑ってみせる。

 その姿に、処置なしと肩を竦めたのだった。


「時にラジアン殿、貴方はケルビン殿をよくご存知なのですね」


「まあ、ね」


 ラジアンと呼ばれた子供。

 その受け答えにやや淀みが混じるのを感じつつ、メリーナは問うてみる。


「彼は、ケルビン殿は何者なのです?」


「さあ、結構強いって事くらいしか知らないよ。まあ、冒険者はやってないらしいけど?」


 嘘であろう。メリーナは疑念をおくびにも出さず、断定する。

 見え透いた嘘。揺すれば果実はいくらでも落ちてくるとメリーナは見た。

 しかし見え透いた嘘。言外に『教えてあげない』と訴えているやも知れなかった。


「そうでしたか……確かにケルビン殿は目立ちますからね」


 メリーナは踏み込まない。

 横たわる尻尾が虎のものか竜のものか、計り知れないからだ。


 メリーナには少なくとも『人間関係はお手の物』といった自覚は無いが、一応の処世術は生家で学んで来てはいる。

 そのメリーナの思う所、少年とも少女ともつかない目の前の人物は、難題だ。


 『南方の騎士団から送り込まれた食客である』との話は聞いている。

 『聖邪』なる二つ名を持つ実力者である事も耳に入っている。


 機嫌を損ねたくはない。しかし相互理解のためには疑問が多すぎる。

 その上で触れたものが琴線であるか逆鱗であるか分かったものではない。

 何せ、秘密は多いであろうから。

 メリーナは『性急は下策であろう』と、結論を先送りにした。

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