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交錯する戦意

 上司である分隊長から呼び出されたのは、午前の警備任務を終えて直ぐの事だった。


 衛兵詰所は街の外壁に埋め込まれる様に点在している。

 そこに精一杯誂えられた質素な応接室には分隊長と、よく知った顔がもう一人。分隊長はしかし、ぼくが足を踏み入れるや、挨拶もそこそこに退室してしまった。


「任命書である。受領を」


 半ば押し付ける様に羊皮紙を差し出すのは、やはりメリーナさんだ。

 彼女とはつい先日も顔を合わせたばかりだというのに、そんな実感は湧いてこない。

 かっちり着込んだ騎士の鎧姿に己を押し込めた様に、どこか硬質な、有無を言わせぬ態度で。


「衛兵より特進……一等騎士へ昇進……シュールス周辺域管轄、嚆矢騎士団へ配置……」


 受け取った羊皮紙には、ケルビンを騎士団へと取立てる旨が認めてある。


「メリーナさん、これは……」

「本日付けにて、貴公は我が嚆矢騎士団所属となる……正式な王命の下の任命は事後承認となるが、同騎士団、衛兵隊共に了承済みである」


 メリーナさんは事務的に告げる。しかしケルビンの鋭い感覚は、そこに含まれる揺らぎも感じ取る。


「聞いても良いか?」


 返事はないが。

 沈黙で以ての返答にあるこれは、後ろめたさだ。


「あの時の話の続きではないな?これは」

「……ああ、違うとも。貴方には覚悟がない。そして、それを自覚している」


 散々な言われ様だが、その通り。

 言われて悔しさも湧かない程に、今のぼくには何もない。


 腕力はあるが、そんな話ではない。


 EFOはぼくの全てだった。

 好奇心だとか、向上心だとか、友愛だとか。

 生きる意味の全ては手のひらの中の、一見ありふれた遊戯の中にあった。


 そう、あったのだ。

 そして、時空の彼方に消えた。

 己がそのものになるという、皮肉と共に。


「騎士は誇り高いものだろう。俺なんかが、なって良いものじゃない」


 一月も前の話だ。

 シュールスを襲ったワイバーン。メリーナさんはたった一人で立ち向かった。

 相手は大抵の人間では歯が立たない強敵だ。

 結果的にケルビンことぼくの介入で事なきを得たが、捨身覚悟の対峙だったのは間違いない。


 そこにあるのは『腕力があるからワイバーンくらい返り討ちにできる』などと言った話ではない。

 ぼくなら、ケルビン単独で『殲滅機神エクスマギア』とか『旧き海王の亡霊』とか……みたいな、要するに単独で勝ち目のない相手に命懸けで向かって行けるだろうか。

 むしろ自棄を起こして向かって行くかもしれないが、いずれにしろ不純に過ぎる。


「騎士の誇りが貴方の重荷になるのは、その通りだ。それでも、頼みたいのだ」

「背負わなくて良いとは言わないんだな」

「ケルビン殿、貴方は背負ってしまうだろう」


 いやに断定的な即答。

 それは確かにそうかもしれないが、そうまでぼくは流されやすそうに見えるのだろうか。

 このケルビンが。


「貴方は……己を嵌める型を探している」


 返す言葉もなかった。


 核心を突いたメリーナさんはしかし、深く頭を下げる。


「騎士は衛兵とは違う……はた迷惑は重々承知だ。貴方には命を救われた恩がある。仇で返す事になるならば、代わりに私の全てを捧げてもいい」

「頭を上げてくれ、俺はそこまでは……」

「私は、本気だ」

「なんで、そこまでするんだ」


 頭を上げても、その目は真っすぐにこちらを見ていた。


「これが私の役目だ」


 感銘を受けたと言っては陳腐に聞こえる。

 ぼくには、ただただ眩しく見えた。


「役目、か」


 何であろうか。ぼくの役目は。








 ある夜、シュールス近郊の森の中。

 木々の開けた場所にキャンプが置かれていた。

 そこは中々の大所帯。数十人の男たちは荒くれ者ながらに、独特の規律を保っていた。

 そしてキャンプの中心には、なんと天幕まで。

 冒険者でも、単なる野盗でもない。彼らは傭兵と言われる集団だった。


 天幕の中は薄ら明かりが灯される。

 作戦卓にはシュールスの見取り図や、いくつかの地図。

 その奥に、頑丈な作りの椅子に深く身を預ける、大柄の男。

 短髪にはやや白いものが混じり始め、顔は弛まずも、眉間に皺を寄せた跡がくっきりと残る。


 男は、己の部下の面々から報告を受けていた。


「不首尾か?」

「へい、今日も駄目だったようで……例の飛竜の騎士に」

「どうせその辺で拾ってきたボンクラ共だ……だが仕事が進まねえのはな」

「団長、捨て石もそろそろ矢筒が軽くなってやす。ここいらで追加で拾ってくるか、飛竜の騎士をどうにかしませんと……」


 首領の男、ラゼルは考え込む。

 戦いに身を置く傭兵。そのベテランとして叩き上げた頭脳を回転させる。


 彼の思う所、危険であった。飛竜の騎士こと、ケルビンの戦力は常軌を逸している。

 やっている事は衛兵の仕事でしかないのだが、敵対者達にとり、それが逆に質が悪い。

 ちょっとした窃盗からボヤ騒ぎまで。本当にちょっとしたした事で迅雷の如く駆けつけ、ワイバーンを一撃で屠るその実力で完全無欠の仕事をしていく。

 これまで捨て石の人員を幾度か投入してきたが、そこに傭兵団の一人や二人や三十人、同じように縄に繋がれる可能性があった。


「飛竜の騎士。あれとはマトモに当たるべきじゃない」

「怖いもの無しの頭でも、そういう相手は居るもんですかい?」


 ラゼルは遠くを見るような仕草をする。

 彼の記憶には、忘れ得ぬ衝撃があった。


「居るさ、ほんの一握り、大抵の人間には辿り着けない高みの怪物共が」


 傭兵ラゼルはここより西方の出身である。

 彼の半生は戦いと共にあった。

 遠い若き日、戦乱に巻き込まれ、住処を追われ、職にあぶれた。

 戦で日常を失った男。そんな彼が戦に加担する傭兵となったのは、よくある皮肉である。


 駆け出しから運良く生き残り、いつしか実力で生き残ってきた。

 時に勇敢に、時に泥をかぶり、時に屈辱に塗れ。うんざりするような戦いの日々。

 一つ確かなのは、生存という大きな勝利がラゼルにはあったという事だ。


 そうして長くなったキャリア。脂の乗ったベテランとして、傭兵ラゼルの名が売れた頃だ。

 いつもの戦乱の最中に、かつてない恐怖を覚えたのは。


「長く傭兵やってりゃ自分より強い奴と戦うなんてのはザラだ。罠に嵌めるなり、囲んで叩きゃ良い。駄目なら逃げる。だが……」


 忘れ得ぬ光景。

 戦いが始まるや、突如として軍勢が穿たれた。

 『隊列が』だとかではない。もし空飛ぶ鳥の目線であったなら、地図に一本線が引かれた様に見えただろう。

 線上に居たものは皆死に絶えた。

 名うての傭兵も、正規軍も将軍も、区別なく。


 現実味の無い光景。しかし悪夢などで片付くものではない。


 そこからは、がむしゃらに逃げ出した記憶と、もう一つ。

 殺戮の一本線の続く先に居た、悪夢の現出。

 たった一人の、射手だった。


 反芻の後、ラゼルは震えそうになる手のひらで、震える拳を抑えた。


「人間が勝てる相手じゃねえ。真竜みてえな力を持った、何か得体の知れない怪物が人間の皮を被ってる様なもんだ」

「へえ……飛竜の騎士ってのも、その怪物って訳ですかい」

「ふん、飛竜の騎士だろうが勝てるもんか。だが……こいつはこいつで、マトモにぶつかっていい相手じゃないのは明らか」

「ですが団長、それじゃウチは手も足も出せませんぜ。騒ぎを起こせば飛竜の騎士は出張ってくる。アイツの足の速さはそれこそ怪物だ……」


 部下の弱音にラゼルは舌を打った。

 

「それが分かってんなら話は早えだろうが!」


 怒鳴られて呆気に取られるだけの部下に苛立ちが募る。当たる様に、怒鳴りを続けた。


「騒ぎは起こす!出張って来させる!そこに俺らが居なきゃ良いだろうが頭使えや!」


 ラゼルは気付けば立ち上がっていた。足はシュールスの見取り図に向く。


「依頼主の注文は東部流通の妨害。しかし依頼の目的は開拓事業そのものの頓挫、引いては国王派への追求だ。

要は貢献さえあれば些事なんざどうでもいい。現場判断にて攻撃目標を変更する。

飛竜の騎士は郭外に誘き出す。竜の居ぬ間に卵をせしめる!」


 そして、ラゼルは見取り図の一角を叩いた。


「攻撃目標は騎士団駐屯地!主戦力を漸減させ、東部戦力の弱体化と、南方への増派阻止の二矢をつがえる!

攻撃は奇襲の上、一撃離脱を徹底。そんで俺らの役目は終わりだ。長居無用でこの田舎から引き上げるぞ!」


 居合わせた各々が応の鬨を上げる。

 暗がりの一廉に戦意が高まり、にわかに活気付いた。


 そして……


「ひひっ」


 遠巻きに、更に深い暗がりが笑った。

 小柄に纏う外套の黒は溶け込むように、しかし、その上には輪が浮かび上がっていた。

 天使の輪の様に、しかし銀色に揺らめく、明らかに奇妙なそれ。


「み〜つけちゃった〜」


 ウィスパーに潜ませた声。それはいたずらを思いついた子供の様に。


 声の主は身を翻し、傭兵達の傍を後にした。


 その姿は子供そのものだった。

 おかっぱの黒髪と、丸い黒目。その背丈は齢五、六程。

 サスペンダーとハーフパンツに、黒地の半袖シャツ。ご丁寧に蝶ネクタイ付き。おまけとばかりに黒いマントに身を包む姿は、ごっこ遊びに興じる子供そのもの。

 そして異彩を放つ、銀色に揺らめく輪。


「怪物、怪物ね。返す言葉も無いよね。ケルビン」


 呟きは誰の耳にも届かず消える。

 その姿も、やがて暗がりに消えて行った。

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