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衛兵の仕事

 シュールスの街に射す光は傾き、黄昏時。

 街灯もない往来は既に人少なく、鎮まりつつある。

 しかしそんな静寂に似合わず、息を切らせながら走る人影。

 男は野盗の類だった。


 王国は東端、城塞都市シュールスは領土開拓の前線基地だ。

 日々情勢の変化を感じさせる西方の国々とは正反対。静観を決め込むオーリオン王国はせっせと領土開拓に国力を投資していた。

 中でも東部の開拓地は森こそ深いものの、それ以外の障害というものは少ない。せいぜい大人ではれば撃退できるゴブリンが時折出現するくらいのものだった。

 故に、戦力として充てられる力は事実として二線級のそれであった。


 そして、それを与し易しと目論む輩は、残念な事に居る。騎士は精強でなく、発展著しい経済。それに悪い意味であやかろうとする、男はそんな輩だった。


 男は走り、息を切らしながらも下卑た笑みで顔を歪ませる。携える麻袋は商店に押し入り強奪した金品だった。


「どけえっ!」


 未だまばらに見かける人影を押し除け、突き飛ばし、逃走していた。

 背後に追手は見られない。このまま姿をくらまして潜伏し、共犯者と合流して盗品を運び出す手筈になっている。

 男は成功を確信した。


 だが、男は行く先に良くないものを見た。

 この街の衛兵だ。


「チッ」


 男は舌打ちをする。衛兵と目が合ってしまったのだ。

 咄嗟に小道に避け、逃走を続ける。逃走の最短経路からは離れてしまうが、背に腹はという奴だ。


 しかし小道の角を曲がったとき、男は足を止めてしまう。


「くそったれ」


 彼にとって運のないことに、行く先にまた衛兵だ。騎士の物程上等ではない、皮と鎖帷子の鎧。見間違えようもなかった。


「止まれ」


 その衛兵から呼びかけられる。言うことを聞ける程良い人でない男は翻り、逃走を図る。


 だが翻った先には、既に先の衛兵が詰めてきていた。

 「挟まれた」……そう思った男だったが、違和感に眉を捻った。


「止まれ」


 正面の衛兵(・・・・・)から再び(・・)制止を言い渡される。


 違和感の正体に気付いた男は、背後を見る。


 誰もいない。


「ひいっ、ば、化け物かよ!」


 恐怖に駆られた男は再び翻り、逃走を図った。


「止まれ」


 三度の制止。次はないぞと、正面(・・)から突きつけられた直剣が物語っていた。

 野盗の男は一人の衛兵により、お縄につくこととなった。












 街の一角、衛兵の詰所にて、ぼくは強盗を引き渡した。

 仕事を終え、ぼくは剣を戻し、さっさと鎧を脱ぐ。普段着に着替えたぼくは詰所を出、帰宿の途についた。


 この街に来て丁度一月になる頃だろうか。


 今のぼくは、シュールスの衛兵だ。

 仕事内容は治安維持。王国騎士の下部組織なので、警察というよりは軍警と言った方が良いだろうか。


 先程のような事は珍しくない……という訳では無いが、仕事柄腕が立って損はない。

 どうやらケルビンは、この世界にあっては他とは隔絶した実力を持っている。

 強盗の一人や二人や十人を相手取るのは訳なかった。


 ぼくは明かりの落ちたシュールスを歩きながら、この一月のことを振り返っていた。


 仕事は順調だ。

 強靭な肉体と無尽蔵のスタミナを擁するケルビンにとって、衛兵の仕事は容易い。もちろん手を抜いている訳ではない。ただ本気を出さずとも、ほぼ最高の結果を残せているだけだ。

 この身には天職と言っていい。


 給金は決して高くないが、今となっては金を注ぎ込む趣味もない。

 此処に来る前は、それこそ仕事にだって全力で取り組んでいた。別に楽しかった訳ではない。時間と金が、趣味のために必要だっただけだ。


 今のぼくの立ち位置はそう、シュールスの平和を守る某蜘蛛男(良き隣人)といったところか。

 もっとも、彼は随分と苦労をしていた様だが、ぼくは実に楽に生きていた。


「ケルビン殿」


 ぼうっと逡巡を馳せ歩いていたぼくは、呼ぶ声に振り返る。

 そこにはこの一月で、良く知った仲の人。


「メリーナさん」

「帰りか?」


 先の一件以来、彼女とは時折顔を合わせていた。片やぼくは衛兵であるが、彼女も遠からぬ騎士という仕事柄だ。

 といっても、こうして道でばったり会うのは珍しいが。


 メリーナさんもまたいつもの鎧姿でなく、私服に身を包んでいる。……用事か、腰には剣がぶら下がっているが。


「ああ、そうだ」

「丁度良い、付き合ってくれないか」


 どうせこの後は帰って寝るだけだったぼくだ。断る理由もない。

 誘いを受け、庶民向けよりか少し良い酒場に入った。


「どうだ、此処での暮らしは」


 カウンター席に並んで座り、酒と一緒に軽くつまんでいると、徐に問われた。


「おかげさまでな」


 肉体に引っ張られてか無愛想な答えであるが、字面通りに感謝はしている。

 街に入ったところでその後のことを何一つ考えていなかったぼくを、親身になって考えてくれた恩人だ。

 実際手に職を持てたのだって、貴族である彼女の口利きあってのことだ。


「恩があるのはこちらだ。気にするな」


 とは言え、この後の言葉は見えている。


「……本当に、衛兵で良かったのか?」

「良い」

「ケルビン殿、貴方なら最高の騎士にだって、一流の冒険者にだってなれるはずだ」

「良いんだよ。衛兵でな」


 彼女は頑なに、別の道を勧める。

 いつもならここで終わりだが、今日は互いに酒が入っているからか、口は開く。


「……勿体ないな」

「勿体ないものかよ。今日だって強盗を一人とっ捕まえた。俺から逃げ切れた奴は居ない」

「過剰だろう」

「お似合いさ」

「ならどうして、そんなにつまらなそうなんだ」


 思いがけない問いに、口を開けなかった。


「長年修行を積んできたんだ。何か目的があったんじゃないのか」

「……さあな」

「衛兵になりたくて修行をした訳じゃないだろう」

「……メリーナさん、あんたには関係な「馬鹿者が」……」


 驚いて横を見ると、メリーナさんは泣きそうな顔でこちらを睨んでいた。


「本当にそう、思っているのか」


 今になって、ようやく気付かされた。


「ああ、決めるのは貴方の自由だとも。好きにすれば良い」


 けれど、遅かった。

 彼女は銀貨を置き、席を立った。
















 明くる日の朝、メリーナの姿はやはり外郭へと向かっていた。しかし駐屯地へと着くや足取りはいつもの門前でも待機室でもなく、ある一室へと。


「騎士メリーナ・アルマンデル、参りました」

「入り給え」


ノックと共に名乗れば直ぐ様、しかしゆっくりと告げられた。

 入室したメリーナと相対したのは、禿頭に白い口髭の老人だった。その目元は穏やかだが、ぴんと伸びた背筋がどっしりとした体幹に据わっている。矍鑠としているという言葉こそが彼には相応しいだろう。

 静かな迫力に釣られてか、メリーナには正していたはずの背筋が少しばかり伸びた用に思えた。


「どうだね、飛竜の騎士は」


 口髭の向こうから問われたのは言うまでもなくケルビンの事だった。


「相変わらず、乗り気ではない様子です」

「そうか……これは難儀な」


 老人はつるりとした己の頭を撫でつけ、考え込む。

 彼こそは並外れたケルビンの実力に期待を寄せ、その力を取り込みたい……この都市にあっては数多い人間の一人だった。

 騎士団からケルビンの勧誘役として度々遣わされているのが最初の知己であるメリーナとなるのは必然とも言える。が、成果は上がっていない。彼の肩を持つ訳ではありませんがと前置き、メリーナは続ける。


「望み通り、衛兵をさせておけば良いのではないでしょうか。現在でも彼の貢献は驚くべきものです。それに……」

「持てるその腕力以外、彼の者は王国騎士として不適格、だな?」


 言葉を選ぼうと言い淀むメリーナだったが、はっきりと続けられてしまう。


「騎士団長、私はそこまでは……」

「皆まで言うでない。恩人の肩一つ持てぬでは騎士の名折れよ。お主のやり方を咎める気もない」


 途端、悪戯のばれた子供の様にメリーナは小さくなる。

 見透かされた通り、メリーナのそれは勧誘と言うには消極的に過ぎた。

 メリーナとて、やれ「本当に衛兵で良かったのか」やら「最高の騎士にだってなれるだろう」等と言った文句で成功するとは露ほども思っていない。

 一月の付き合いともなれば、メリーナも彼の者がどんな人物であるか薄ら分かってきた。

 先は言葉を濁したが、あの最強の戦士の器に覇気のない凡夫の魂でも詰め込んだかの様な歪な人間が、そんな文句に靡くとはとても。

 メリーナは迷っていた。

 騎士として物を言うならば、あの腕力は是非とも横に並んで戦ってもらいたい。しかしながらあの弱気に己の背中と騎士の誇りを任せられるかと言えば、それもまた首を縦に振り難い。

 よしんば私情を挟めるとして、騎士として大成したならば彼の行く先は王国の大英雄か辺境の守護神か。行く末を傍で見届けたい思いはあるのだが、どうにも本人にとって気の毒な道である……そんな気がしてならないのであった。


「しかしな、些細な事情ばかりを気にしても居られん情勢だ」


 言葉に、メリーナはばつの悪さを振り払う。


「かねてよりの治安の悪化の件でしょうか。それならば当の彼が着々と成果を挙げておりますが」

「それもあるが……あれも成果が多すぎる。あれだけ吊るし上げればとっくのとうに収束しても不思議では無かろうに、一向に収まりを見せん。多分に、中央の政治絡みであろうな」


 得たりとメリーナは眉をひそめた。

 当然と言うべきか、王国は一枚岩ではない。

 この最東端の都市シュールスは王族派閥肝入りの開拓事業、その前線基地だ。

 目的は国土の拡大と発展。引いては国力の強化を目論んだそれではあるが、現状はかなりの国力を前借りの様に投資している。

 この状況を良しとしない勢力による工作だと言っているのだ。


「タカ派貴族による妨害工作でしょうか。あれしきの治安悪化程度で止まる事業とは思えませんが」

「ふむ、騎士メリーナよ、お主には先に伝えておこうかの。

南方開拓都市ガウクの颶風騎士団であるが……恐らく敗北を喫した」


 そんなまさか。

 メリーナの脳裏に去来した思いはしかし、だとすればという想定に押し流される。

 南方戦力の敗退、中央の軋轢、戦略的敗北、政治的好機――


「我等、嚆矢騎士団から南方へ、戦力の抽出・移転があると?」

「恐らくな。西方は以ての外、中央も貴族共が多くは出させまい」

「そしてシュールスはもぬけの殻、妨害によりハト派政策の目玉は高転びに転ぶ……と」

「中央の流れ自体は、此処からは手が出ぬ。しかし、そうはさせてはならん」


 メリーナにも、ようやく得心が行った。

 そこに必要な力が、今はまだここに燻っている。


「南方の魔物共は手強い。この東方も護らねばならぬ。メリーナよ、お主には不義理を働かせる事になるが……」


 メリーナは皆まで言わせなかった。

 ただ深く、その頭を下げた。

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