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書庫に入ると、本独特の匂いと精霊様の美しいステンドガラスが目に入る。自然と姿勢が伸びてしまうような、おそれおおさがある。
礼をしてから、目当ての本がある棚へと向う。タイトルを確認すること数十分。
「精霊術…あった」
目当ての本を見つけたので、数冊手に抱えて机の上に置く。しばらく触れていなかったのかほこりがついていた。本についていたほこりが手に付いてしまったので叩いて落とす。後で掃除をお願いしよう。
ぱらぱらとめくって内容を確認してみると、押絵がついていた。これは初級の本かな。ひとえに精霊術といってもいくつか種類がある。精霊術というのはその名の通り、精霊の力を借りて行う不思議な現象のことを指す。いわゆる、魔法と呼ばれるもので精霊魔法とも言う。ここエグランテリアで魔法と言ったらこれのことを言う。精霊がいるところでしか使えないため、他国ではほとんど知られていないし使われることもないらしい。他国の魔法は自身の力や、妖精の力を無意識に借りて行うものなのだとか。前に旅人としてこの国を訪れた白髪の魔法使いが教えてくれた。
メルヴィア様のお国だと天使から力を借りる聖華術、聖華魔法というものがある。こちらもリュミアージュ以外の国では使われていないそうだ。
あとはー、そう、白髪の魔法使い様は世界に干渉し力を借りることで魔法技術を使っているといっていた。これも一般的ではないらしい。それ僕が聞いても大丈夫なんですかって言ったら、よくわかんないでしょう?だからいいんだよ、と言われた。遠回しにばかって言われた気がするよね。ひどい。ってあれ?
「なんか…んん…?」
ホコリを払うためにぱたぱたと服を叩いていたんだけど、なんというかきれいすぎる。…何か術をかけらていたみたいだ。しかも凄く巧妙に隠してある。僕が見逃しそうになるなんて相当だな。服にホコリがついていなければ気づかなかったかもしれない。
悪戯な友の気配はしないし、呪いでもなさそうだ。むしろ守護されているような気がする。不思議だ。不思議ということにしておこう。
「害がないならいいかな。べつに。それよりこの[リュミアージュ王国について]と[天使の花]あと精霊術に魔法帝国…大量に抜き取ってきた本達を読みきろう。…少し戻してこようかな…というかあきらかに混ざってちゃいけないのあるよね?」
でもなぁ。気になるんだよね。だってほら…。うん、読んでみてだめそうならしまおう。
リュミアージュ王国について、と書かれた頁をめくり読み進める。
天使を隣人とし、友とする国。宗教国家シュティレートと条約を結んでいる。国花はリュミエラ……天界言語で天使の愛を意味する…?
「天界言語…?えーと…確か古代言語の一つだっけ」
古代言語には精霊語、天界語、魔法言語、古代共通語、他にもまだ明らかにされていないものがいくつもあるが、これらを纏めて古代言語と表されている。
僕の教育係だった人にみっちり叩き込まれた精霊語は、僕がこの国のひめである限り使う機会はないだろうが覚えていて損はないと言われた。
ちなみに、精霊術を使うときは魔法言語を使うことが一般的である。でも力を借りるのではなく、力を使う精霊と会話をしたりするときは精霊語が好ましい。というか、精霊信仰のお祭りで精霊語の歌があるのだけれど、そういった歌には魔法とは違う何かがあるとされていて、魔法ではないのだとか。んーと、精霊語や天界言語は僕らが術として使っていい領域のものではない、らしい。使えないともいうけど。
“天から雫降る。それは天使達の嘆きであり、喜びであり、怒りである”
天使の国と宗教国家の条約について、という行になんだか難しいことが書いてある。僕こういうの苦手なんだけど。
”教会の鐘が鳴り響き、天使は天からの迎えを拒んだ。この出来事の背景には一人の少女の存在が欠かせない。しかしその事実を知るものは少なく、リーフィリア神官については多くの謎が残っている“
「この後結ばれた条約の名をフィリア条約という」
フィリア条約。それはリュミアージュと宗教国家シュティレートとの間に結ばれた、天使を守る、天使との対話にはリュミアージュの許可を取ること、等の天使に関する条約だ。
リーフィリア神官は…確か、謎多き神官様。シュティレートで起きた国を揺るがす事件の収束に奔走した、当時16歳の少女のことである。
わかっているのは年齢と名前だけで、その名前もいくつかあったうちの一つだったと言われている。何よりここで重要なのは僅か16という年齢で高位の神官になっている、というところだと僕は思う。
「なんか、リュミアージュ国の本というよりもリーフィリア神官についての本って感じがするなぁ」
時間がかかりそうだしひとまず読むのを止めて、天使の花を読んでみようか。これが一番やばそうなんだけど。
「天使の花…天使の階級について」
天使には階級がある。聖華天使級。
冠位天使の補佐を行ったり、天界と地上の均衡を保つ事を仕事としている、聖華第一階級天使。
第二階級天使。
地上と天界のバランスを調整、保つ事を仕事としている。
第三階級天使。
地上の人間と交流することが許される階級。地上と天界、魔界との交流、調整が仕事。
第四階級天使。
第五階級天使、ニウェウスの教育係などをしている。他の階級と比べ、決まった仕事はない。
第五階級天使。
見習い天使。
冠位天使。
神々に最も近い天使であり、天使の最高位。
「説明ばっかり……難しくてよく分からない…」
しかし、この本はここにあっても良い本なのだろうか。やっぱり駄目な気がする。だってこの本、白髪の魔法使い様が置いていったものだったはず。なんだっけ、一晩泊めてもらったお礼とかなんとか。
メルヴィア様にお話したほうがいいかもしれないな。だって、天使の階級とか一般の人は知ってたらいけないでしょ?とくに他国の人とかは。これ大変なことなのでは?魔法使い様なんてものをおいていってくれてるの!
「と、とにかく僕は何もみてない。うん、何もみてない。精霊術を読んだらメルヴィア様に天使の花って何でしょうか?とか言って持っていけばいいんだよ。うん」
とにかく心を落ち着かせるんだ。大丈夫、僕はただ精霊術の本を読みに来ただけ。
精霊術、精霊から力を借りて行う不思議現象。精霊は、水、炎、光、闇、風、緑、それぞれ別の力を持っている。妖精というのは、花や木、雨の雫、朝露、枯れ葉、石、岩、いろいろな妖精がいる。精霊は妖精を纏める立場で、妖精より意思疎通をはかるのが簡単だ。
意思疎通が簡単と言っても、人には向き不向きがある。エグランテリアの国民は常に悪戯な友と共にいるため、難はないが、他国の者にとってはそうでもないらしい。僕も天使のことはさっぱりわからないので、そういうものなのだろう。
「魔法でも精霊術でも聖華術でも、基礎が出来て、応用がおさえられていたら新しく作ることも簡単だっーって言ってたけど」
それはたぶん、白髪の魔法使い様だから言える言葉だ。だってあなた、僕が言うのもあれだけどめちゃめちゃ精霊と妖精に好かれてるじゃん。ずるい。
はぁ。本を開いてみたはいいものの、難しい呪文だとか陣だとかに発展されると何処の言語ですか?ってなる。
いや、そりゃあ古代言語なんだけど…。
とにかく、一度やってみよう。僕が考えたのではなく、魔法使い様が考え、簡単にし、僕に教えてくれたものだけどね。用意するものは植物の種と、あとは…使えそうなもの、何かないだろうか。
「あ、洋灯…蝋燭は…入ってない」
辺りをみわたし、使えそうなものを探してみる。奥の椅子の下に洋灯を見つけたので、蝋燭などが入っていないのを確認し、使わせて頂くことにした。後で代わりのものを用意しないと。
「えっと、緑、覆う…覆え…我が意思の…もと?もとってなんだっけ」
「魔術言語ですか、ひめ」
「ええ、そうなんですけど……え?」
本を覗き込んでいた顔をあげると、空が、目の前にあった。
つまり、メルヴィア様がすぐ目の前にいたということで、今僕は彼女と目を合わせてしまっているということで。
理解した瞬間、咄嗟に目を背けた。
「い、いつから、いらっしゃったのですか?」
「つい先程から」
「え、あの、つぎからはお声掛け頂けると、嬉しいかなぁって」
「次があるのを期待してもよろしいのですか?」
……ん?あ、そうなるのか。つぎからって言っちゃったもんね、僕。うわぁ、墓穴ほった?え、えー。
でも、一応婚約者なわけだから、期待というか、なんというか。
「えぇと、いい、です…?」
「本当ですか?では期待しておきますね、ひめ。…あ、もとですよ」
「え?あ、教えて頂いてありがとうございます」
急に言われたので、なんのことだか一瞬考えてしまった。
もと、がモシェだから…。
「緑覆え我が意思のもと」
机の上の洋灯に種を落とすと、鮮やかな緑が洋灯を覆っていく。
緑の間から蕾が出てくる。ツルが洋灯の持ちてまで伸びてくると、ゆっくりと蕾が開き、空と同じ色をした青薔薇が咲いた。
「凄いですね、ひめ」
「は、はい…呪文ってやっぱり大事なんですね…」
「というと…?」
不思議そうにメルヴィア様が聞いてくる。
「僕が考えた呪文ではなくて、教えてもらったもので…ただ緑でいっぱいになるように、と考えただけなのに…」
「なるほど…ではひめに教えてくださった方は、ひめの事をよく理解していらっしゃるのでしょう。それに、とても力のある方のようですね」
確かに、僕に教えてくれた魔法使い様はとても凄い人だったのだと思う。すこし、人をからかうのが好きみたいで、困らされたりもしたがけど、調べ物をしている時の魔法使い様は僕が知っている魔法使い様ではないみたいに真剣で、まるで普段の様子が演技みたいだった。
それがなんだか怖かったのを覚えている。でも、僕は前にも同じように思ったことがあるような気がするのだ。
僕が魔法使い様にあったのは、あの時が初めてだったはずなのに。
「なぜそのように思われるのですか?」
「…?この術、ひめを経由して展開されているんですよ。そうですね、なんというか、ひめの想像をもとにそこからひめが望む答えを導いている…みたいでした」
「ええっ…!?」
何それ怖い。魔法使い様はいったい何がしたかったんだ!?
あなたに対するお礼ですよ、って言われて教えて貰ったけど、城に入る許可を父様にお願いしたお礼にしては凄いものを与えられたのでは…?
「でもこれ、ひめしか使えないみたいですから安心していいと思います。…ただ、なぜひめにこれを与えたのかは疑問ですけどね」
「あの…?」
最後の言葉が聞こえなかったのだけれど、なんだろう。
「ひめ、これを教えてくださった方はどんな方でしたか?」
「えっと、どうしてですか?」
「…私の知り合いかもしれないので」
「ええと、そうですね。なんというか、掴みどころがなくて、困った方で、厄介なものを引き寄せ……、あっ!」
厄介なものと言えば、本ですよ、本!
メルヴィア様に伝えようと思ってたんだった…!忘れてた…!あれ本当に厄介事だと僕は思うんだけど!
「どうされましたか?」
「その、本!あ、えっと、この天使の花って本なんですけど!」
「…え?てんしのはな、ですか?どうしてここに?盗まれた?そんな筈は…だとしたら許可を経て…すみません、誰がその本を持ち込んだのでしょうか」
「えと、僕に呪文を教えてくれた魔法使い様が…」
メルヴィア様がすごく焦っていらっしゃる…!やっぱりここにあってはいけないものだったのか…。本当に、本当に、ほんっとうに、魔法使い様はなんてものを置いてってくれてるの…。
「ということはやはり彼女でしたか…」
『まさかこっちにも来てたなんてぇ、思ってなかのぉ!メル、どうするのぉ?』
「あの…メルヴィア様?」
ふわり、と風がふいたかと思えば、真っ白なお洋服を着て、太陽のような髪を揺らし、金の瞳に怒りを宿した少女が浮いていた。
窓は開けていないので、風など吹くはずがないし、普通の人が浮くわけがない。
「あれ、でてきてしまったんですか。ひめ、彼女は隣人です。ニア、ご挨拶」
『せーれーこくのおひめさま、よろしくだよぉ…それにしてもぉ、あの年齢詐欺魔法使いちゃんってば、全くもう、ルール違反だよねぇ』
そう言って、天使さんは笑っていた。目が笑っていないのがとても怖いです。
年齢詐欺魔法使いって、もしかしなくても魔法使い様の事を言ってるんだろうなぁ。
魔法使い様、あなた、ほんとうに僕を困らせるのがお得意なんですね…。
情報だらけで嫌になったかも知れないのですが、これからもこういう事があるかもしれないので、ご了承くださると幸いです。
読んで下さりありがとうございます。