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いそいで庭園へ出ると、空の色をした薔薇に囲まれたガゼボでお茶会をしていらっしゃるお姫様と母様の姿が見えた。

空色の薔薇はエグランテリアが誇る、この国にしかない特別な薔薇。使用することが許されているのはエグランテリアの王族だけという特殊なものだ。ええと国花なんだって。

そんな特別な薔薇に囲まれてお茶をしている精霊様みたいな女の子。夢や幻みたいに、目を離したすきに消えてしまいそうだ。消えたと思ったら目の前でにこにこ笑ってくれていたりしそうだけど。それはなんかなぁ…容易に想像できすぎてやだな。


「はぁ、ふぁ、母様っ」

「あら、起きてきたのね。ふふ、ヴェルったらほんとうにおひめさまになったのかしら?ちゃんとお迎えもできなくては駄目よ」

「プリシラ様、ひめはひめだから愛らしいのだと思います。それに…迎えに行くのは私の約目ですから」

「まぁ…!ヴェル、メルちゃんを大事にするのよ!」


口元に手をあてて、こちらを振り返った母様の瞳は、とてもいきいきとしていて、うら若き乙女のようにキラキラと、好奇心とからかいに満ちていた。


僕はひめだから、で終わらせないで欲しいし迎えに行くのは普通男の役目だと思うのだが、メルヴィア様相手ではどんな王子様でも助けを待つ側になりそうで、否定できない自分が悔しい。自力で脱出できるひめを目指すべきかもしれない。

それに、大事にするもなにもないよ。ほんとうに婚約者になってくださるなら、大事にするに決まってんじゃん。女の子だし。頼りないかもしれないけど頑張るんだから!


「さ、ヴェルも座ったら?女子会よ」

「え、あ、はい。あのー母様、僕は一応女子ではありませんよ」


こんなに可愛らしいのに?とさっそくからかわれるけれど、気にしない。もういいよ。僕知ってるんだからね!侍女達が僕に着せようとしてくるふりっふりっのドレスのほとんどが母様の仕業だってこと!やんなっちゃうな!


「ひめ、こちらのマカロンとても美味しいですよ。シェントリーの森で採れたベリーを使っているそうです」


あ、それ僕の好きなやつ。シェントリーは妖精さんや精霊様の数多く住まう土地だ。その殆どが森になっているから、森の民に管理を任せている場所なんだけど。そこで採れるベリーはつやつやで宝石みたいに綺麗で美味しい。他国にはなかなか出回らない希少なベリーだったりする。


「ありがとうございます、メルヴィア様」


ところでどうしてメルヴィア様は僕の好みを把握しておいでで?母様が話したのかな…。

メルヴィア様の向かい側を示して母様がほら座ってと言うので、座らせて頂いた。


「さ、どうぞ」


ベリーのマカロンをこちらに差し出して、笑顔でこちらを見てくる。メルヴィア様は僕をひな鳥とでも思っているのだろうか。鳥じゃないよ。子供でもないよ。年齢的に大人とは言えないけど。


あーん、なんて恥ずかしいのだけど、メルヴィア様は思わないのだろうか。

僕は恥ずかしい。僕だけが恥ずかしいのはなんだか悔しいので、差し出されたマカロンを意を決して食べた。

多分、冗談で言っていたはず…だと思うので、食べたら驚くだろう。驚くといい。僕はやるときはやれる男なんだもん。ふふん!


「えっ…?ええ!?…ひ、ひめ?…ぷ、プリシラ様、ひめが、あの…!」

「大丈夫よ、メルちゃん。ヴェルはいつもよりちょっと積極的みたいだけど、いつものヴェルよ」


きっと驚かせようと思ったのね。かわいいわ、と母様がこちらを見つめてくるけどいまは気分がいいからいいもん。

だってほら、自分で差し出してきたというのに慌てているメルヴィア様はなんだか面白くて、とても可愛らしい。僕より格好良くて、志しが逞しくて、しっかりしている相手に可愛らしい、なんて違うかもしれないけれど。でも、うん。やっぱりかわいいな。真っ赤になって恥ずかしがるところとか変わってないし。



あれ?変わってない?なんのことだろう。


そういえば雰囲気に流されて言えなかったけれど、今のメルヴィア様は髪をおろしているし、今日の朝のような男装ではなくドレスを着ている。大人っぽいクラシックドレスでとってもきれい。

いつも母様に女性を褒めるときははっきりと言葉にすることが大切だと言われていたな。ええと――


「メルヴィア様、先程のメルヴィア様はとてもかっこよかったのですが、今のメルヴィア様は大変可愛らしくて、僕さっきは精霊様かと思ってしまったんですよ」

「…ええっと…プリシラ様、本当にひめなのでしょうか」

「あらあら、まぁまぁ、今日はお祝いだわ!ヴェルが、ヴェルが…ヴィノス様にお伝えしないと!」


…いったい僕はどんな風に思われていたのだろうか。母様に言われたことを実行しただけでこんな反応されるだなんて。ところで母様、父様に言うのはやめてください。言ったら最後、父様に質問攻めに合いそうでこわいじゃないですか。なにより答えるまで逃してくれなそうです。


「うふふ、(わたくし)お邪魔みたいね!ヴェル、頑張るのよ!メルちゃんもどんどん押しちゃっていいわ!」

「え、本当ですか?では、遠慮なく押していきますね」


そんな…!いまだって十分押されてますから!これ以上押されたら僕の心潰れちゃうよ!きらきらで目がやられちゃう……!


「母様!?」

「ふふ、失礼するわね〜!私はヴィノス様にお知らせしないと!」

「待ってください!だめです、絶対に駄目ですよ母様ぁ!」


うきうき、るんるん、と母様がお花をとばしながら僕らに背を向け、侍女を引き連れて去ってゆく。

庭園に残ったのは僕と、僕の目の前に座るメルヴィア様、メルヴィア様の侍女さんだけだ。ええー。




「……」


母様がいなくなったら、急に静かになってしまった。そうだよね、何話せばいいのかな。さすがにこんな状況で僕の婚約者とか辞めません?って言えないんだけど。


「あの〜」


沈黙に耐えきれず、メルヴィア様に声をかける。


「どうされましたか、ひめ」

「いえ、無言で見つめられると……その、僕の顔になにかついてますでしょうか?」

「…口元にクリームが…?」


そう言って、メルヴィア様が僕の口元に手をのばし、ぬぐう――それを、メルヴィア様は舐めた。

あまりに自然な動きだったので、止めるのをすっかり忘れてしまっていた。なによりメルヴィア様が何をしたのか僕の頭が理解した時にはもう手遅れで。ぽかぽかする!!あつい!あついよ!


「メルヴィア様!」

「姫様!」


僕と侍女さんの声が綺麗に重なる。

多分、僕の頬はプラムのように紅くなっているだろう。

だって、まさかそんなこと、されるとか思ってなかった。



「ん、美味しいですね」


にこり、と笑いメルヴィア様が言う。

そういうことじゃない。そういうことではないんですよ、メルヴィア様!


「姫様、はしたないですよ」


あーもう、と困った顔をしながら侍女さんが言う。


「ミリネ、そんな呼び方じゃあ寂しいな?」

「……メルヴィア王女殿下」

「もう、つれないなぁ」

「メルヴィア様、ひめが固まってしまっていますよ」

「え、あれ、本当だ。……どうして?」


どうして、ではないでしょう!

そもそも、僕はいったい何をしに庭園に来たのだろう。

母様に呼ばれたのに、母様はもういないのだ。僕、帰ってもいいのではないだろうか。お客様をもてなすのもお仕事だってわかってるけどね!でもさ!もうやだ!照れるじゃん……!


ああ、今すぐ部屋にこもって精霊魔法の研究がしたい。

それが駄目なら庭園の花の世話とかでもいいから、誰かと顔を合わせたりしない場所に行きたい。それでゆっくり花を愛でて心を落ち着かせるんだ!



「そんなに可愛らしいお顔をなされると、我慢できなくなってしまいます」

「へ…?」


我慢ってなに。なんの我慢ですか?あと可愛らしいお顔ってなんですか、そんなのしてないと思うんです、僕。

今ちょっと身の危険を感じたんですけどメルヴィア様??


「あ、あの!僕ちょっと用事を思い出したので!失礼します!」

「用事ですか?では仕方がありませんね。またお茶してくださいますか、ひめ」

「え、あ、は、はい」



メルヴィア様の勢いに押されて返事をしてしまった。

僕、つんでるかもしれない。母もメイド達もメルヴィア様の味方らしいし。僕の味方はいないの?つみじゃん。とにかく書庫だ!書庫!

脱兎のごとく逃げ出して僕は書庫にこもることにした。部屋だと訪ねに来るかもしれないし、庭園だと場所が変わらないから。



あーもう!僕、メルヴィア様と仲良く出来るだろうか…。


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