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僕に婚約者が決まったらしい。
らしい、というのは今日初めて聞かされた内容であり、今日会うから実感がないためである。
「こんやくしゃ、ですか?」
「婚約者、ですよ」
「いえ、あの、僕知らないのですが…」
「言ってませんでしたから」
いけしゃあしゃあと、母様が言った。
「だいたい僕と婚約するってそれ、相手の子が可哀想ですよ!?」
「……それを自分で言う貴方も、不憫よね」
そうはいったって、事実なのだからどうしようもないじゃないか。僕だってちょっと悲しい。
「まぁでも、女装したこの国の“姫”である貴方を受け入れてくれる優しい子よ?それに貴方もあったことあるでしょう?」
「そういう問題ではなく!って、え?」
「あら、言ってなかったかしら?相手はメルヴィアちゃんよ。リュミアージュの第三王女の」
リュミアージュってあの?
リュミアージュ王国はここ、エグランテリア王国の同盟国の一つで、天使を友としている。
エグランテリアでは妖精や精霊を悪戯な友としているけれど、この国に天使はいない。同様にリュミアージュ王国には妖精や精霊がいない。
そして、リュミアージュの第三王女というのは天使に愛された人物であったはずだ。溺愛というか、なんというか。
ちなみにここ、エグランテリアでは妖精さんや精霊様を悪戯な友と呼ぶが、リュミアージュでは隣人、お隣さん、などと呼ぶらしい。
とにかく、リュミアージュの第三王女様は国に宝。それなのにいったいどうして僕の婚約者になるの??だめだめだめどう考えてもそれはちょっと!
「ま、待ってください!それは余計に駄目ですよっ」
「貴方もわかっているでしょう?貴族とは、王族とは民の為に生き――」
「わ、わかっています。でも、僕の相手とか可哀想ですよ!どんないじめですか!?」
「あのね、ヴェルジュ。これはもうきまっ」
「それに、悪戯な友に愛されたお姫様ですよ!?普通国にとどめておくでしょう!馬鹿なんじゃないですか、アホですか、居るだけで国を豊かにするからって期待されてそれに応えようと頑張ってるらしいじゃないですか!なにそれすごい尊敬する!」
僕にはちょっと難しい!!自分のことで精一杯だからね!
「あら、詳しいわねぇ」
一息で言い終えてから僕は後悔した。
やってしまった…!母様の話を途中で遮っちゃったし、そもそもここで第三王女様のことを知ってるっていうのを母様に話しちゃうと母様るんるんで婚約の話まとめそう!詰んだ…?いやでもまだなんとかなるかも。こういうのってお互いの同意も大事だって言うし。普通に考えて僕と婚約とか、僕がもし相手の第三王女様だったら絶対に嫌だし。
そもそも王子でありながら女装をし、姫と呼ばれる僕の婚約者とか。可哀想すぎる!
「とにかく、もう決まったことです」
あちらの国とも話がついていますよ、と母様が僕にリュミアージュからの手紙を差し出してくる。
「え?母様あの、相手の方はちゃんと僕の婚約者にならなきゃいけないっていうのを理解していらっしゃいます?」
受け取ったものの、開くのはこわいな。だけど目線ではよ開けろと促されるのでおそるおそる封筒からとりだしてみる。
うちの大事な姫、そちらのひめ様のお相手にどうでしょう?姫はたいそう乗り気で今にも城を飛び出す勢いです。お隣さん達が手を貸しはじめまして、悪戯な友の住処に度々お邪魔しているそうです。困ったものですよね。
難しい言葉で、当回しに書いてある内容をフレンドリーに翻訳するとこんなんだった。うん、さすがリュミアージュ。フレンドリー。あとはこちらへのメリットの提示とかいろいろだったけど、どうせこれは公式文書じゃない。たぶん友人宛にむこうの国王陛下が書いたものだろう。
つまりお姫様はたいへん前向きに僕との婚約を望んでる??尊敬するどころか崇めたほうがいいかな??
「メルヴィア様はあなたと向き合おうとしてくださっているのですから、あなたもわかっていますね?」
ぴんっと空気が変わった。ああ、すごいな。
母様の自然と場の雰囲気を自分のものにしてしまわれるそういうところがずるいと思うし、だからこそ父様を支えることができるのだろうと思う。
僕も少し落ち着かないと。
「それと、言葉遣いには気をつけなさいね、ヴェルジュ」
もう話は終わったからと母様に退出を促され、メイドが開けてくれた扉を出ようとしたとき、後からヒンヤリとした声が聞こえた。
「申し訳ありません、母様。気をつけます」
「そうよ。特に今日はね!あ、もちろん、いつも気をつけないといけないのよ?」
「わかっています」
「本当に?精霊に誓って?」
「誓って!」
「そう。それならいいのよ?頑張ってね、ヴェル」
穏やかな声色でそう言われ僕は安堵した。でもね母様、精霊様に誓わせるのはちょっと過剰じゃないですか?
母様は絶対僕のことをからかっていると思う。
「ひめ様、ご婚約者様に会うんですから、しっかりおめかししないとですよっ!」
扉を開けてくれたメイドが言った。
あ、これ絶対みんな僕で遊んでるよ。というか遊ぶよって宣言でしょそれ。ねぇ。僕この国のひめなんだよ。
「う、うん、そうだね…?」
「頑張ってくださいね、ひめ様!」
「うん、ありがとー」
もうなんかいいや。これもね、城全体の空気がいいってことだよね。大事なときはちゃんとしゃんとしてくれてるし。僕から言うことはとくにはないよ。あ、なんか目からキラキラしたものが…ハンカチで優しく拭き取りしっかりひめらしくなってしまったことに対して苦い気持ちになりながら部屋へ戻る途中、早速僕は侍女達に捕まった。
きっと扉の前で別れたメイドの言う、おめかしのためだと思われる。いつも思うのだけれど、僕の身支度の手伝いとか、辛くないの?
「辛くなんてないですよぉ?だってひめ様ちょーかわいいしぃ」
「羨ましいですよね自信なくします。なんて美少女…」
「ひめ様ひめ様、こちらのレース可愛くありません?」
「う、うん、かわ、いいね」
僕は予想外の答えが返ってきてびっくりだよ。
え、なに、みんなそんなこと思ってたの?
あと僕は是非とも、そのレースのついたフリフリのパステルピンクのドレスから手を離してもらいたいかな。そんな明るいピンク僕にはあわないよ?
「あ、それいいですねぇ、じゃぁこっちのリボンをあわせて」
「あっ、このお人形とかいいんじゃないですか?せっかくだしひめ様とお揃いにして」
「いいですねそれ!宝石も同じ方がいいですよね?ちょっと探してきますね」
てきぱきと進んでいく準備。いつもの光景だけどね。だけど待って。
「さぁひめ様、準備いたしましょうっ!」
待って、本当に待って、僕になにをさせる気なの?という僕の言葉は無視された。
そのまま強制的に着替えさせられる。
僕個人の意見としてはそろそろ性別の差を考えてもらいたい。男なんだよ。ちゃんと。ひめだけど。
「わぁ、ひめ様ちょーかれんー」
「儚い感じでいいですね。ひめ様の肌真っ白ですから、溶けて消えそうな感じできっとどんな殿方も守らなきゃって思ってくださいますよ」
「さ、ひめ様これ持ってください」
先程のピンクのドレスに、髪はハーフアップにされ、淡いピンクのリボンでまとめられた。殿方を落とす予定は今もこれからもないけどそんなことよりこのかわいらしいお人形を僕が持つの?
「ねぇ、僕が何歳か知ってる?」
「ええ、知っていますわ」
「ひめ様は13歳です」
「もちろん知ってますよぉ」
「うん、それはよかった。流石に忘れられてたらどうしようかと……じゃなくて!」
「あら、どうしたのですか?」
こてん、と首をかしげる侍女達。
「知ってて人形持たせるの!?僕もうお人形遊びする年齢じゃないよ!」
「…そうですよね、ひめ様はお人形遊びはしなくなったけどヌイグルミはまだ手放せない可愛らしいひめ様ですものね」
「ではヌイグルミにしましょうか」
「そういう問題じゃないっ」
結局その後僕は愛らしいうさぎのヌイグルミを持たされることになった。真っ白ふわふわでエメラルドの瞳が美しい――って違う!!
どうしてこうなった。