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ひめはおうじさまに嫌われたい 2




 朝を告げに妖精が来る。


 目が覚めたとたん、そんなことを思った。

 朝告げの妖精とはなんだろうかという思考と、窓を開けて出迎えの用意をしないと、という思考のはざまで、僕はのんきに「前の僕は早起きだったんだ」と思う。だってほら、外が暗い。日の出前に起きるのが習慣だったみたいだね。とりあえず窓を開けて、風をあたためてもらう。


 まだ他にも準備は必要みたいなんだけど、それはそれとして頭が痛い。痛いというかぐちゃぐちゃというか、なんだろう、うまく記憶の整理ができてない感じ。どうにかしたいなとは思うけど、これ、処理しようと思ったら前の僕にやってもらうほうがいいんじゃないかな。





「うぅ」



 困ったな。


 ぐるぐるまわる視界には、きらきらと光が散っている。妖精だ。昨日の妖精たち。

 かわいいけど、今はだめだ、酔ってしまう。しばらく離れててくださいとお願いしてどうにか座り込む。思い出すことをやめればすっきりするのかな〜〜と思ってはいるんだけど、そうするとまた溢れていきそうでこわいんだよね。



 

 今はまだ、どこか他人事のように思い出しているけれど、これがそのうち僕のものだ、と思えるようになったなら。


 そうしたら、いまの僕はどうなってしまうんだろう。



 なにも変わらないかもしれないし、変わってしまうかもしれない。僕の得た感情を上から塗り替えられて、新しい色に染まるのかもしれないし、僕が弾いてしまって、色を変えられないかも。だけどそれは全部、かもしれない、だけなんだ。


 痛みをふりきって立ちあがる。

 加護なんてなくても、友がみえずとも、そとに溶け込む方法ぐらいはしっていた。しっていることが、彼らからの優しさであるともわかっていた。

 


 「悩んだところで変わらないし」


 鳥の声、風の音、草木が揺れる気配、広がる空と潜む妖精たちのささやき。それらを手のひらにおさめて。僕がしっている素敵なものの箱庭はどんな空気?どんな景色?


 ぱちんっ!


 部屋の中を波打つ、めにはみえない何か。それは壁にあたると散っていく。


 

 「うん、だいじょうぶそう」



 ぐいーっと伸びをして、日差しを浴びる。

 日がのぼってきたようで、ポカポカ陽気にはまだはやいけど、降る光は優しく暖かなものだ。カーテンを纏めればベッドにも光が入る。天蓋付のベッドの幕のようなところを纏め、まだテレンスが眠っていることを確認。


 

 起こすのはもう少しあとでもいいかな。


 テレンスを起こさないようにベッドに腰掛けて、空が明るくなっていくのを眺めつつ、いままでのボクの日課を指をおって確認してみる。

 いくつかどうしても思い出せないものがあるけれど、わかるものはやったほうがいいだろう。


 まずはこれから来る妖精のために、バルコニーに並んだ花々の中からその日ボクが一番きれいだと思った花から朝露と花びらを一枚もらって窓辺に置いておく。

その後は今日一日の平穏を悪戯な友に願い、昨日が何事もなく過ぎたことに感謝をする。



それから櫛ですかした髪を少しとって、編み込みながら精霊語の詩をうたう。悪戯な友と自分のせかいが交わるように、つながるように、つなげるために。



「〜〜♪」



 精霊や妖精を友としたときに巫女が編んだうただという。視えないものたちの助力を得て、ともに暮らすことを望み、その先でそれをかなえるためにうたわれた巫女のうたで、エグランテリアの民であれば誰でも知っている、誰もがならう最初のうた。

 だからこそわかりやすく、歌いやすい音でつくられている。  

 

 精霊言語など古くからの言葉は、そのほとんどが失われた。それでも残りつづけたのは、この歌詞と音が簡単だったように、それぞれの言葉で残されてきた音とうたがわかりやすく簡単だったからだと思う。


 3つの束をそれぞれ順番に編んで後ろでハーフアップに、ついでに飾り花を挿してできあがり!


 仕上がりを鏡で確認してと。



 ふわり、小さな影が現れた。




「おはよう、朝告げの妖精さん」



 ふっと目の前に現れた妖精に挨拶をすると、その妖精は自分の髪を持ち上げて、その場でくるくるとまわってみせる。


 朝露と花びらのお礼を言ってくれているのだろう。


「気にいってくれたみたいでよかった。ごめんね、ちゃんと思い出せたわけじゃないからまだお話はできないんだ」


 こくん、と頷いて朝告げの妖精はテレンスの頭の上を飛び始める。3回ほどまわったところで、「エーテラ」とテレンスが眠たげに呪文を唱えた。


"エーテラ"は訳せ、みたいな意味合いのもので、伝言の"エンテル"と同じように、妖精や精霊と密接に関わる僕らの生活に欠かせない、簡単な呪文。



『テス!おはよう!ヴェルもおはよう!アサツユとお花うれしいわ!』

「………………アムネル」

『なぁにテス?』

「ここは――――ひめさまのへや?」

『そうよそうよ!お眠なテスったらかぁいいわ!』


 目元を抑え、うめき声をあげたテレンスはそのまま、隠せ、と言葉を命じる。きっと今ので彼の若葉色の瞳の奥、うっすら輝く金色は消えただろう。

眠たげなテレンスにすこし申し訳ないかなと思いながら、僕は昨日のお願い事をもういいのだとこの場にはみえない妖精に話す。

そうしてようやく、テレンスは眠気から解放されたらしい。



「まずは俺に説明することがあるよな」


とすっかりお説教モードだ。


 まぁね、いきなり眠らせたのは僕が悪いよ。だけどあのままっていうのもどうかと思うでしょう?僕も余裕がなかったし。

ああもう、睨まなくたっていいじゃん!わかってるよ!僕の説明が足りなかったというか、なんて説明したらいいのかな?いろいろその、えっと…。


 

「……たぶん、愛子ではない僕がごっそり失くなって、愛子としての僕が一部浮かんできたのかな〜〜って感じ。視えるんだけど、話せないから祝福のほとんどが失われたままなのは確定として、体感的に加護は戻ってきてる気がする。習慣とかは思い出したけど、日常的につかっていた精霊語以外はだめ」


「いくつかつっこみたいところあるんだが…まずはそうだな、話せてないのか?ほんとに?そんだけ助力を願って叶えられてるのに?」


「テレンスのエーテラがなかったら朝告げ妖精の声もきこえないよ」


「アムネル、ほんとうに?」


『ほんとうだわ!ヴェルはまじないのこに見つかっちゃったもの!ふふ』


「はーー、ひめ、…俺に関して覚えていることは?」


疲れた様子で問われ、心のなかでごめんね、と呟いてしまう。でもなおらないから慣れてくれたらいいな。


「僕の従者で今は護衛みたいだね?んーと、テレンス・トートルは妖精のお気に入りで、その能力の高さから僕の従者に選ばれた」


「ん、まぁ基本だな。……警戒が薄くなってた。ひめをまもることが俺の仕事で、俺個人のやりたいことでもある。そこにはひめからの信頼だってあったと思ってるんですけど、違いますか?」


「違わない、けど?」


 ぴたり、目があう。

 まっすぐな眼差しにどきりとしてしまう。こう、みつめられると照れてしまうよね、テレンスってわんちゃん系のかっこいい顔立ちだし、僕あんまり耐性がないんだよね!ときめいちゃうよ…!?


「あなたを守るという役目を果たせないなら、私はあなたの側にいられません。どうぞ処分を」




 落ちてきたそれの重たさに、僕は間違えたんだな、と理解する。

 そっか、そうなる?真剣だなぁ、なんて。

 違うか、これが元々当然で、僕が、ずっと持っていなきゃいけなかったもので、だから茶化すような言葉はもっとも嫌悪しなければならなくて、僕が持ち得ていた覚悟で。とうぜんで。

 だけどね、テレンス。当然なのかもしれないけど、僕はそれを"当然だ"なんて思いたくないし思えないよ。でも、これは僕が悪い。



 かんたんに謝ることが許されない身の上で、それがいかにテレンスを傷つけるのか、その後の周りへの影響云々とか、そういうことを深く考えられなかった僕の落ち度だ。


 それをどう伝えて、どう引き止めればいいのか、なんて伝えるべきか悩む。



 悩んでも仕方がないと結論づけて言いたいことは言ってしまうことにした。




 「そんなものしないよ」




 与える理由がないと言う僕に、テレンスはつらつらと「動揺した、気が緩んでた、ひめの信頼を裏切った」と彼なりの反省点をあげていく。その様子が叱られた仔犬みたいで、僕はしゅんと垂れ下がる耳と尻尾の幻影をみた。かわいいな。

 僕からすればこんなにしゅん、とされる理由がわからないんだよ?僕のやり方が間違ってたわけだし、そもそも愛子の質が強いいま、お気に入り程度の相手に僕が願いかなえられた精霊術が解けるはずがないし、抗うことも難しい。テレンスは眠るぎりぎりまで抗ってたし、そもそも一瞬で落ちてくれなかったことにちょっと驚いたくらいなんだから。

 


 僕がいま、愛子ではないにしても。


かぎりなく愛子に近い存在ではあるわけで、それを数秒はねのけたのは十分だと思う。


 

 テレンスに僕の全てを背負わせるつもりなんてない。僕がどうなろうとそれは僕の責任だ。テレンスが眠ったあと、僕が精霊に連れ去られたとしても、それは僕がテレンスを眠らせたからいけないのだし、そもそも君は僕のせいで歩きたいように歩けなくなった。なりたいものになれなくなって、やりたいことをやれなくさせられた。僕に仕えているのだから君のすることは僕の背負うべきことで、僕が背負いたいもので、僕は君の全てを背負わなきゃいけない。




 僕は君の人生の分かれ道に立っている。


これから先もずっと、僕は君の道を変えたことをおぼえ、理解し、考え続けなきゃいけないし、そうしたい。


だけどそれは僕の考えで、テレンスの気持ちを考慮してなかった。僕は僕の責任だと言えるけど、テレンスはかってに僕のしたことにまつわる"責任"を背負わされる。僕が守られる対象であるから。



「テレンス、君がそばにいてくれないと、困るよ。あのね、祝福ももどってないし、記憶もあやふやだし、昔の僕に戻ったわけでもないから、君がいなきゃ僕はすぐに揺れてしまう、と思う」


「………」


「だから、処分なんて、できないし、したくない。僕は君の知っていた僕とは違うでしょ?なんでとか、どうしてとか、あると思う。できないことばかりで、求められることにこたえられないことのほうが多い。どうしても、考えが浅い」


「はじめは皆そうですよ」


「うん、だからテレンスはもっと僕に怒っていいと思う。処分を求めるくらいなら見捨てるべきだと思う。テレンスは悪くないから、こんなやつのそばにいられるものかって投げ出して」


「は?」


「テレンスが僕に気づきを促すために言ったんだったら、多分この先それはあまり意味がなくなるから、早いうちに前の僕への対応に切り替えたほうがいいと思っててね」


「まて、俺とひめの間には深い溝があるっぽいから、まずはお兄さんとちょっと話をしよう」


「え?」













 護衛だとかなんだとか、そういう側面を全部投げて、ただのテレンスとしての、僕の幼なじみでお兄ちゃんとしてのテレンスが僕を呼ぶ。

 こっちに、とソファに並んで座る。


 「ひめはさ」


 あーとかうーとか、唸ってひねって絞りだした切り出しに、僕はちょっと気まずくて、ついついテレンスから目をそらす。窓の外はポカポカ陽気で穏やかで、だけど恐ろしい森があの向こうには広がっていて。外は恐ろしいものがたくさんで、美しいものもたくさんで、僕はあまりに多くの物事を、知らず識らずのうちにこぼしていたのだと痛感した。きっと多くを傷つけて、誰かの優しさを犠牲にここまで来たのだ。

 

 「全部自分が悪いとか、そういうこと、思ってる?」


 「そんなに、おもいあがってはいないと思う、けど」

 「けど?」


 「僕が悪い事のほうが多いとは思ってる」



 例えばメルヴィアさまのこと。

 テレンスのこと、たすけられなかったあの子のこと、ボクが見捨てた女の人と男の人、他にもたくさん。たくさん、選んだことによって傷がついて、膿んで、腐っていく。


「ヴェルジュがそう思うのは否定しないし、それはヴェルジュだけのこころだから、俺は理解できない。でも同じように、俺のきもちもヴェルジュは見通せない」


「じゃあ」


「何を成し遂げても責める人は責めるし、褒めてくれる人は褒めてくれる。それは何を成し遂げられなくても、同じことなんだ。ひめは俺が話したことに理解してくれて、受け止めて、悪いことだったって認識して、改めようとして、だったらもう、そこで終わりでいいんだよ。その後は、これから俺と一緒にやってけばいいじゃん」


 一緒にって、なにそれ。

 だって僕のことなのに。テレンスに背負わせたりなんてできないじゃん。そんなのやだ。テレンスが重たいのは嫌なんだ。




「無理だって言うなら、昔みたいに先回りするけど?」


「うーーー」



 

 先回りされると困るんだけどね、テレンスに心配をかけ続けるのもなぁと思うから、場所ぐらいはいつでも話すよ?

 だけど終わりに連れていくことはできない。あの場所は、僕だけで行かなければならなかった。僕は誰にもあの場所を教えるべきではなかった。それに気がついたときにはもう遅くて、僕は間違えた。

 嫌いな人に似ている。だけど僕の憧れの全てを、僕の嫌いな人はもっていて、あのこも僕と彼を重ねていたんだろう。もっと早く気がついておけばよかった。否定せず、わかろうとすればよかった、目を背けることがなければ、僕はあのこの言葉をちゃんと聴いてあげられたかもしれない。

 僕の選んだ道が違うものだったなら、そうすればメルを縛ることもなかっ―――――縛るって、なんだ?

 とたん、指先から体が冷えていく。震えがとまらない。

 くらり、足がもつれてバランスを崩しふらりと棚によりかかる。

 ぞわりとした寒気と震え、それに反する熱で思考がぼやけ視界がかすむ。なんだ、これ。なに、これ。呪われた?でも僕が気づかないのはおかしい。それならこれは僕の前にかけられたものだってこと。なにそれ、なんだよそれ、それって、そんなの、それじゃあ、でもだって、いままで何もわからなかったのに。なのに、これ、これが、ほんとに?



 これが僕の、忘却のもと…? 






『ヴェル!考えちゃだめだわ!』

「ヴェルジュ!」



「か、んがえないって、むずかしい、よ」




 








 苦しい、なにがとはいえないけれどとにかく苦しくて、のどが詰まって言葉も出ない。泣き出したいような苦しさに胸がぎゅっとなる。なにこれ。なんで、なんでこんな。

 自分の心臓の音がうるさく響いている。わからない、きこえないよ。僕の心の音にかき消されて、テレンスと妖精の声が消えてしまった。小鳥の声も、木々のざわめきも、動き出した城の住人の生活の音も、何もかも。なにも、わからない。

 なにもかもの音が消えた静寂に、泣き声が現れる。

 呪詛を吐いて、縋って、妬んで、願って、乞う、誰かの幸福を望むことを選ぼうとした声が。

 それをぼくは知っている。願って、望んで、選ぼうとした。選びたかった、だけど選べなかった。たったひとつ、なにかが違ったなら、呪いにならなかったのに、君はそう言いながらぼくに懺悔して、ぼくを願いぼくを待ち、ぼくを選びぼくを乞う。


 あのこがまっている。いかなきゃ、ぼく、いかないと。





「ひめさま?」

「……」



 早く行かなきゃ。

 あのこがないてる。側にいないと、ぼくが。

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