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おうじはひめさまに好かれたい side:メルヴィア


はらはらと落ちる花びらが、カップに沈む。

淡いブルーをまとった妖精は、一瞬、苦痛を抑えた表情をするとおおらかに微笑んで、「冷えてきましたね、今日はここまでにしましょう」とお開きの言葉を告げる。


たぶん、一緒にもどりましょう、なんて言葉は求められていない。彼は今、私と離れたいのだろう。



「私はまだこちらにいます。奥の噴水に薔薇が浮かべてあると聞いたのですがまだ見ていないので」


「そうですか…ご案内できないことをおゆるしください」


「いえ、お気になさらず」




きれいな礼をして、去っていくヴェルジュに、私はなんの言葉もかけられず、ただ見送るだけだった。

どんなに貴方が好きだと伝えても、彼に私の言葉は届かないらしい。

響いたと思えど隠され、なかったことにされてしまったら、私の気持ちも言葉もヴェルジュにとってなんの意味もなさなくなってしまう。

どうすればいい?

どうしたら貴方に届く?

もし、もしもだけど、私があの日、強引にでも貴方の手を掴んで連れ帰っていれば―――。



「姫様、冷えますから戻りましょう」

「…どうしよう、ミリネ。体調悪そうだったよね?私なにか、間違えたのかな?なにかしちゃった…?」



であわなければ、よかったの?


「姫様が悪いわけではないと思います。大丈夫、大丈夫ですよ」


後ろで侍女のミリネが動く気配がする。

しゃがみこんで椅子にもたれかかる私の背を包んで、「ニア様に嫉妬されてしまいますねぇ」と笑いながらも、側にいてくれる。


いつまでそうしていただろうか。


冷たい風が吹いて震える私の肩にショールをかけてミリネが庭園から連れ出してくれた。

すれ違う城の人々に条件反射で王子様を演じる。かっこよくて優しくて、誰にでも手を伸ばすような、絵本の中の王子様。勇敢で諦めない、絶対のヒーロー。


君が憧れだといったから、君の王子様になると決めた。

君の隣に立ちたかった。

私の憧れは君で、君の憧れを、君はもう持っているように思っていた。

それは間違いではなかったけど、まだ足りない、まだその先が、手が届くまで、そうもがいて溺れる君をみて、君には足りないのだと気づいた。

君をまもると言い始めたのはもっと前だったけど、私はあのとき、はじめて守ろうとしているものの重さを知ったのだ。



「重いなぁ」



一人になった部屋の中。

バルコニーの向こうでは星がいくつも瞬いている。


私に用意された客室は草花の柔らかな色合いでまとめられた、穏やかな部屋。シーツもカーテンもテーブルクロスだって、ここでしか作られない色の刺繍糸がふんだんに使われた細やかなデザインで、部屋に彩りを与えながらも華美ではない、エグランテリアらしい部屋だ。

かつての私も滞在していた部屋。


別れ際のヴェルジュの、血の気の引いた顔を思い出す。

私が手をつかめなかったときもあんな顔色だった。




―――であわなければよかったの?




何度も問いかけたそれに、答えがでることはない。






* * *







ヴェルジュと私のそもそもの出会いは、愛子としての力があまりに強すぎた私をリュミアージュという国から離すために、エグランテリアで生活することになったこと。

見知らぬ国の城にたった一人、心細くてたまらなかった。

いままではそんなふうに思うこともなかったから、心細いと思うことに驚いて、心動くことに不安をおぼえる、そんな繰り返し。それはいままでにないもので、息がつまる。






今思えばエグランテリアの人々は私にほんとうに良くしてくれていた。


けれどあのときは寂しくて寂しくて、世界に独りぼっちになってしまった気になっていて、私は周囲のことが見えていなかったのだろう。

国にいた頃はあれほど困らされていた天使たちも、そばにいないとさびしくて、何より不安だった。

エグランテリアに来てから3ヶ月ほどの頃、息苦しくて何もかもがおそろしくて、城近くの森に逃げ込んだ先で、私はであったのだ。

光ばかりの優しくない世界で、優しい光に。




 「だぁれ?」



はらりと降るは青の花。

花と落ちるは光の柱。

いくつもの支柱に照らされて、淡く光をまとうおんなのこが、花に触れ微笑んでいたその顔から、すとんとすべてを削ぎ落とし、私のほうを見ていた。

おんなのこの周りは花で囲まれていて、どれもこれも見たことのないものばかり。眩しすぎてくらくらするはずなのに、そこにおんなのこがいるだけで落ち着いた色彩にみえて、私ははじめて、世界の鮮やかさを美しいと思えた。

ぱきり、足元で音がする。枝を踏んでしまったのだ。



「ようせいさん?いたずらはめーですよ?ほぉら、おいで」



どうしよう、と迷う私におんなのこは手でまねく。

おいで、と。

それでも踏み出せずにいる私に、おんなのこはもう一度

「あなたはだぁれ?ようせいさん?」

と聞いてくる。


「め、メルヴィア、です」

「めるゔぃあ、は、ようせいさん?とってもきれい」

「ようせいじゃないよ。えっと…」


名前は、と聞こうか迷う。

もし、人でないものだとしたら、その名を問うことは厄介なことなのだと国で十分知っていたから。

こんな楽園のような場所が似合うこが人だとしたら、それはそれで厄介なことだとも知っていたけれど、人とは異なる空気をまとうものを、私は多く知りすぎていて、どちらにせよ名を問うことは難しい。

一方で、人でない者たちの中には変わり者がいて、私達に名を問うものがいることも知っていて。


私には、どちらなのかわからなかったのだ。



「じゃあ…んんと、てんしさまかな?てんしさまのお国から人がきているってきいたもん」


ふわ、とおんなのこがつついた蕾が花開く。

次々に咲いていく花たちを愛しげに、微笑ましげに見つめるおんなのこは何事かを花たちへ、木々へ、土へ、森全体に囁いて、また、私を呼んだ。

その呼び声にどういうわけか体が動く。一歩、また一歩と踏み出して、しまいにはおんなのこの隣に座り込んでしまった。

こんなこと、いままではなかった。

否、私は今までこれをする側で、それを恐れられたからこの国へ来た。だけど、いま、たしかに魅了され引き寄せられたはずの私はかけらもそれを恐ろしいとは思わなかった。

それどころか、心地よいとさえ思う。



それもまた、私にとってはおかしいことで、とにかくこの国へ来てから何もかもがおかしかった。そのおかしさの一端が、ここにいるおんなのこなのではないかとそう思いはじめたら、名を問うことなんてこわくなくなって、迷いは消える。


「あなたは?あなたはなんて名前なの?」


「ボクはゔぇるじゅだよ!」


「ヴェルジュ?おうじさまとおなじなまえなのね」


「ふふ、てんしさまはおかしなことをいうんだね!ふふ、ふふふ」



ヴェルジュが口元を手で隠してくすくす笑うと、どこからか光がヴェルジュの周りを楽しげにくるくるととりまく。それと同時に森全体がざわざわと揺らめいて、動物たちが寄ってくる。

ヴェルジュのことで、森全体が喜んでいる。ヴェルジュが笑うから、森も楽しげなのだとわかった。

これはリュミアージュでも見たことのある現象だったから。

私が引き起こすそれとほとんど同じ。

そこまできたら、あとはもう簡単なこと。


「ヴェルジュはいとしご、なの?」

「いとしご?きにいってくれてるっていうのなら、そうだとおもう、よ?」


リュミアージュには天使たちの愛子が、エグランテリアには精霊たちの愛子がいるというのは有名な話。

それぞれ王族の直系にうまれることが多く、その場合、愛子の愛され具合は異常なほどであるという。

うまれることが多いといっても、その国の民であれば愛子になることはあるし、一つの時代に何人かの愛子がいることだってある、のだけど、エグランテリアは王族の直系男子はすべからく精霊や妖精から好かれないという。

それでも、極稀に、直系男子の愛子が現れる。

この時代はまさにそれで、そこからさらに特殊なのが、リュミアージュの王族にも愛子が現れたということ。


リュミアージュの私と、エグランテリアの男子王族の愛子、だからつまり目の前のこのかわいらしい花と見紛うおんなのこは、おとこのこなのだ。


「………………」

「めるゔぃあ?」

「……おとこのこ?」

「ぇ」

「おとこのこなの?」




なんだか頭がまわらなくなってきて、なにをいいたいのかわからなくなってくる。エグランテリアに来てから、メルヴィアはおかしなことばかりで、なにがなんだかわからなくなってきていた。

だってこんなに心が動くなんて知らない。

さびしいなんてはじめはわからなかった。不安だという気持ちがこんなものだったなんてわからなかったし、いまだって、なにがなんだか、わからないし、それにそれに、この愛子の側はとくにおかしくて困る。

世界が眩しくない。痛くない。

眩しい、ということも、痛いということも、リュミアージュではわからなかった。

目が開けられない、血が出ている、とか、そんな事実を確認するだけの言葉しか出てこなかったのに、この愛子をみたときに、メルヴィアは知ってしまった。

世界は眩しいものではないと。光は痛いものではないと。

ありとあらゆる色彩が、本来は、美しいと呼べるものだということを。



「めるゔぃあ、だいじょうぶ?どこかいたい?くるしい?」


ぽたりぽたりと落ちていくそれが、花にあたってさらに落ちていく。地に落ち染みていくのをみながら、これはなんだったっけと首を傾げる。

ひとーつ、ふたーつ、みーつ、落ちていくのを数えて、これが涙だと思いいたる。メイビアねえさまが、騎士様にこんやくというのをおねがいしたら、父様にだめだよといわれたときに、教えてくれたのだ。



『メルヴィア、これは涙というの。本でもあったでしょう?悲しかったり嬉しかったり、苦しいときなんかに、心を潤し守るために溢れてくるものよ』



はらはらとしずくを落として、私の問に律儀に答えてくれたねえさま。

それならいまは、どうしてなのかな。



「どうして、これは、」


いつものように聞こうとして、思いとどまる。

さすがに年下のこにきくのはどうかと思ってしまった。私はみんながわこることをわからなくて、でもそれが今なら掴めそうで、だけど、このこに、聞いていいのかな。私がわからなかったように、このこにもなにかあるかもしれないのに。


「めるゔぃあ!すてきなもの、みせてあげます!」


私の手をとり、ヴェルジュはまた、森に囁く。

すると大きく風が吹いて、視界が揺れた。揺れが激しくてふらりと体がふらつく。思わず目を閉じヴェルジュにしがみつくと、何を思ったのかぎゅーっと抱きしめられた。とはいえ、私のほうが背が高いから、抱きしめているのは私のほうかもしれない。

ごめんなさい、もうだいじょうぶだよ、というヴェルジュの声で目をあける。

そこにあったのは湖と、湖の上にたつ白い石の柱の数々。ところどころかけていたりするものもあれば、しっかり形を保ったものもある。崩れ落ちたものなどは湖から頭を出していて、そのどれもに青い薔薇が巻き付いている。どこか張り詰めていて、安心と静寂を呼ぶ空気は神殿で感じるものと同じ。

それが、先程まではただの花畑だった場所に突然あらわれた。


驚くとか感動するとか、そんな余裕はない。

ただただ、目の前のおとこのこが示した光景を眺めていた。

どこからか降ってくる青は神聖で尊ばれるこの国の花、そそがれる光はどこか優しくて、ああ、涙の理由はこれなのだと思ったのだ。


この光は、あまりにも優しい。

強すぎて身を焼かれてしまう光はどこにもなくて、すべてを塗りつぶし、永遠を誓わせるそれらとは違う、あたたかで安らぎをあたえる光。私のみる色彩にはけっしてなかった色合い。

この場によばれたのは、精霊達の愛子がいたからこそだろう。

ここには生きるものたちのきらめきとやらがあるように思える。どうしてこんなにきらめいているのか。



こんなに眩しいのに、痛くない。







「いたく、ない」


「めるゔぃあ?」


「わたし、光がやさしいなんて知らない。あざやかなのにまぶしくないなんて、知らない。…うつくしい、のが、こういうものなんだね」



きらきら輝くのは、いのちの強さ。

濃い緑に薄い緑、青みがかった緑もあれば黄みの強い緑もあって、どれもこれも少しづつ違う色。

ただ鮮やかなだけじゃなくて、ちゃんと調和のとれたそれ。

絵でしかみたことのなかった、眩しくない世界。

痛くない景色。




うつくしい、とまた思った。




「てんしさまはひかりがこわいの?ボクはね、ボクをあいしてくれるこのくにも、もりも、こわいなぁとおもうときがあるよ」



私がこぼす言葉に、彼は少し考えてから、光を呼んで手をはなす。


「みててね」といってヴェルジュは湖に向かって走り出した。


崩れた柱の上にとびのって、さらに次、また次の柱へと踏みだしていく。

その動きにあわせて柱に巻き付いた花が開いていき、足をつけたところから草が生えてくる。その場から立ち去るときには花が咲き、ターンしてみせればもちあげたスカートの裾から花が落ちる。光をすくいあげようと伸ばしたてにはつるが巻きついて、すくった光をなげればきらきらと舞う光とともに青薔薇が咲いた。


人ではありえないことの数々、その中心にいるのは精霊と妖精の愛子。

ことなる次元の住人に愛された者。


とんっと湖に着地してみせたヴェルジュは、ひらりひらりとやってきた蝶を指先に咲いた薔薇にとまらせて、てんしさま!と私を呼び微笑む。



「ここでしかできないことだけど、できてしまうとわかっていたら、ボクはこわいとおもいます。でも、これはボクがまもるものでもあるの。だから、いとしいと、おもうのですよ」


ヴェルジュは水上に波をつくりながら歩いてみせる。

ふわりふわり、歩くたびに波紋が薔薇の形をとって揺れる。

それをみるヴェルジュは、守護天使と同じ表情をしているのに、どこか冷めた印象を受けた。


年下のおとこのこ。

私も彼も、まだまだ子どもだというのに、大人を前にしたときと同じような気持ちになる。

そしてそれを私はさびしいと思う。



「痛いも苦しいも、さびしいも悲しいも、そういうの全部、ここにくるまでの私にはなかったの。だから、こわいのは違うと思う」



光を、天使たちを、こわいと思ったことはなかった。

こわいというのがなんなのかさえわからなかったし、わかる必要がなかったから。


天使たちの愛子、そのなかでも強い加護と祝福を得たものはその価値観や死生観などが天使たちに強く影響されやすい。

とくに王族は、稀に己の道標を持たずにうまれてくるから、まるごと天使の影響を受ける場合があるという。

かつて天使はこころを持たず、ただ天上の神々のもとめることに応えるだけの人形だったという。

こころに関連する知識をもっていてもそれを己で思うことはない。

命令をこなすうえで必要のないものだから。



守護天使はそう教えてくれた後、


『心を得ることは苦しいことだったけど、心を得たことでいきものになったの。メルは心を持たないわけではないよ。ただ、ニア達にひっぱられて鈍くなってしまっているんだね。人の身に溢れてしまうほど光をそそいでしまっているから、自己防衛なのだと思う』


私の頬に手をのばし、両手で挟むと瞳を覗き込んで言った。


『メルは光を避けるよね?あれはメルが無意識に取る行動だけど、その裏には心を通したメルの言葉があるんだよ。ニアも、メルの周りの人間も、一緒にメルの心に呼びかけるから、メルも、こころをわすれないで』






ねえさまたちは絵本を読んでくれた。

自分の気持ちを隠さず全て教えてくれた。

喧嘩をすれば「怒っている」広がる雪景色をみれば「うつくしい」と伝えてくれた。

守護天使はいつも隣で、『メルはハーブティーより紅茶の方をよく選ぶ』とか、『真夜中と星の色をよく選ぶ』なんてささやいてくる。





「だけど、ヴェルジュのような、いとしい、はまだ難しい。ヴェルジュは精霊と妖精の愛子だよね。私は、てんしさまじゃなくて、ヴェルジュと同じ愛子なの」


「そうなの?えっとねー、てんしさまのおくにからおひめさまがきてるんでしょう?…めるゔぃあはおひめさまなんだ!ふふ、おそろいだね」


えいっと水上からかけてきて、そのまま私に抱きつくとヴェルジュは私を見上げて笑った。


絵本で見たいたずら妖精もこんな顔をしていたな。




「はじめてばっかりなの。おかしいのが、なんだかぐらぐらするの。だけど、それだけじゃない。ヴェルジュはそういうの、ある?」


「んーーと、なまえをつけるのはあとでにしよ!ボクはね、しらないことをしるときは、いつもそうだよ。それは、もっていていいものだとボクはおもうの。ボクでよかったら、めるゔぃあとたくさん、そういうの、もってあげる」




にっこり笑ういたずら妖精は私のドレスの胸元から落ちるリボンを手に取り口づけて、「ボクのてんしさま、あなたのうれいをはらうおてつだいをさせて」と言った。



その顔はかわいいおひめさまでも、愛らしい妖精でも、うつくしい精霊でもない。


男の子の顔だった。




















きっと私の恋はここからはじまって、自覚がないまま糸は途切れた。





出会わなければよかった、そう思うたび、なかったことになんてされたくない、と叫びたくなる。



―――僕がはじめてみた天使はあなたなのでしょうね











ああ、なんてずるい人。













君がそうして私に心を思い出させるから、私は君を忘れられないのに。









君の幸福を願うかたわらで、私を選んでと思ってしまうんだよ。




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