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ひめはおうじさまに嫌われたい



僕の悩み事、それは「どうやったらメルヴィア様が僕の婚約者にならなくてすむか」である。これもまだ仮婚約の段階だから悩めることなので、仮がついている間にどうにかしたいところなんだけど……。

できるだけ平和的に、話し合いでどうにかしたい。







「だから考えみました!要は僕がどれだけ面倒な物件なのかわかってもらえばいいんだよ!」

「ひめ様それさ、相手はわかってて受け入れたって話じゃなかった?」





ばっさりと僕の提案を呆れながら却下するテレンスに、だったらどうすればいいのか君も考えてよと言いたくなる。でもいえばテレンスは受け入れればいんじゃん?とか言うのだ。それが困るから悩んでいるのに。


「それでも事情はちゃんと説明しとくべきだと思うんだよね。ほら、僕が10歳より前の記憶をなくしてるとか、それに伴うあれこれとか。あっ!あと性質の話もじゃないかな?」

「あー」




歯切れ悪く相槌うつテレンスに、僕はあれ?と思う。

記憶はなくたって、僕は忘れてしまってからの3年間テレンスとちゃんと関係を築いてきたつもりなのだ、親友の言動からある程度の気持ちを読むことはできるつもりである。

それに、一昨日のことで僕はメルヴィア様に好いて頂けるだけの時間を過ごしていたっていうのは予想がついている。テレンスの反応からして、それはテレンスも同様だったはずだ。



「僕の性質をメルヴィア様は知ってるんだ?」


確認としてのかまかけに、ぴたりと音がなくなる。


「沈黙は肯定だっていうよね」

「それはリュミアージュのお姫様にきいてください」


テレンスはちょっと面倒くさそうな顔をして、えいやっと人差し指をふった。するとその指に掴まるようにして、薄茶の小鳥が現れる。テレンスの契約妖精だ。


妖精や精霊や天使等といった、人ならざる者との契約は生まれつきの素養に大きく左右されることが多い。うちの国は妖精や精霊と暮らしているだけあって視える人間が多いから契約することもそこまで珍しいことじゃないけど、テレンスはとくに好かれている方だといえる。祝福や加護のちからが強いこともそうだけど、与えられた量が多い。

僕もかつてはそうだったときく。いまはぜんぜんだけど、王族の男子とは思えないほど悪戯な友に好かれていたとか。



『エンテル』


告げられた言葉に反応して小鳥が飛び立つ。すこし危なっかしい飛行の小鳥は、ドアにぶつかりそうなところでふっと消えてしまった。この光景は、まだ慣れないでいる。



「いつ見ても不思議だなぁ。いきなり消えちゃうんだもん。実態がないわけじゃないんでしょ?」

「そもそも私達がいる場所とは異なるところに身体を残しているらしいですからね」

「ところで騎士様、エンテルは伝言ではなかったですか?ねぇ誰への伝言なの?メルヴィア様とか言わないでね?」


「作戦実行にはあって話す必要があると思いますよ」


容赦ない言葉できっぱりと言いきって、僕に覚悟を決めろと視線で促してくる。幼馴染で親友じゃなかったらゆるさないよと言いたいところだけど、うちの国は特殊なのでそんなこともないな。

民と王族の距離が異様に近い国、それがエグランテリアだし。




そんなわけで、僕とメルヴィア様は再び向かい合っている。今回は庭園の東屋だ。


柱には薔薇のつるが巻き付き屋根まで薔薇が咲いている。冬はつるしか残らないからさみしい雰囲気になるけれど、幸い見頃の時期である今は華やかさが強い。

ティーカップのなかに映る自分は、今日も女の子だ。ちなみに目の前の婚約者もおうじさまである。

ぼんやりと水面が揺れるのをみる。


先程まではなんでもない世間話をしていたから、このピリつくような真剣味を帯びた空気は辛い。


気が重い。


ため息をのみこんで、メルヴィア様の目を見つめ直す。


「妖精や精霊絡みのことなのですが、僕は10歳より前の記憶がありません。失ったというよりは忘れている、という方が近いようなのですが、僕は今後も記憶を失う可能性があるんです。実際、いくつかの出来事を忘れています。例えとして……、習ったそばから精霊言語や国の歴史に関連する童話の内容などを忘れます」


「忘れるのは全てですか?」


特に驚くこともなく、あっさりと頷いてみせたメルヴィア様の反応に、ああやっぱりなと思う。後ろにいたテレンスに頷いてみせると、テレンスが抱えていた本をテーブルのうえに置いてくれた。置いた、というよりは積み上げたといったほうが正しいような気もするが、思いの外量が増えてしまったのだから仕方がない。

積まれた本の塔からいくつか、代表的なエグランテリアの童話を抜き出す。


「精霊言語は簡単なものや日常的なものなら覚えていられます。童話や歴史は、原典やそれに近いものほど忘れる傾向にありますね」


僕が差し出した本を受け取って、メルヴィア様は積まれた本の塔の題名にも目を通していく。


『エグラン・テリア』『妖精、精霊とは』『精霊信仰』『これ一冊で妖精と契約できる!』『精霊訪ねる国』『妖精旅行記』『精霊言語辞典』『優しい王子様』『王子様が呪いを解くまで』『君のキスで目覚めさせて』『眠りの王子』『棘塔の精霊』『祝福と加護の違い』『祝福とまじない』『悪戯な友に伝えたい言葉』『エグランテリア観光名所100選』


ちら、と視線がかち合う。その顔には、「なんですかこれ」とかかれているような気がしてならない。


僕もテレンスと選びながらなんだろうこれ、とは思った。

歴史書から娯楽もの、絵本に写真集、あとは詩集や童謡集だって集めてきた。ここから覚えていられるもの順でいうと、写真集、童謡、詩集、絵本、娯楽もの、伝記、歴史書などといった並びになる。

ここに持ってきたのはどれも見せてもいい範囲のものばかりだが、ここに持ってこられないようなものは見た途端忘れるのでもう笑うしかない。



「ひめは勤勉なんですね」

「それは…気を使っていらっしゃいますよね?」



いまのは反応に困ってたでしょう、わかりますよ。

嘘ではないけれどそう思ったことが全てではない。


「ええとですね、僕の性質は誠実なのです。相手の言葉が嘘かどうかがわかる性質です」

「え?」

「え?」



思わず、といったような声だった。

僕が思っていた反応と違ったことで僕も驚いてしまう。

どういうこと…?


僕が戸惑っているうちにメルヴィア様は「何でもありません」と笑って話を変える。


「ひめが教えてくださったので………私もお話しますね。リュミアージュの王族は性質をもたずに産まれるものがいるのですが、私がそれです。とはいえ、いまは持たないというよりわからなくなったというのが近いのですが…。ひめは"性質"というのはなんだと思っていますか?」



あらためて聞かれると答えにくい話だった。僕達はうまれつきの性質に、逆らい難い。だけど逆らえないわけでもない。


「そう、ですね…一般的には、生まれ持った資質だと思います。自分で把握している、していないと様々ですが」


あくまでも生まれ持ったものでしかないから、育つ環境によっては"性質"とは異なる性格になる場合だってあるし、そうなれば性質の影響を受けにくくなる。


まぁつまり、星に定められためぐり合わせの一つというような認識ではないだろうか。だけどそうなると、"性質"を持たないというのは……。


「そうですね、私もそのように思っています。それをどう育てるかはその人次第でしょう。ですが、私の場合は育てるものを持たずに産まれてくるので、見つけなければいけないんです」


「みつける…?」


「その人のようになりたい、その人のそばにいたい、そういう相手を見つけることで私のようなものは性質を得るんです。移り変わるというか、見つけたものと同様かそれに近しいものになるのですよ。運命共同体みたいな?」


ロマンチックでしょう、と語る姿は嬉しそうなのに、眩しくてたまらないといった様子がみえる。届かないものだとわかっているから手を伸ばす意味もないというような、憧れに近いなにか。

そうしてそれ自体を、僕に向けて遠くわらうのだから、もうその相手は予想がついた。


だからそれ以上は言わないで、これ以上僕を落としてしまわないで。そう言いたいのに、言葉は声になってはくれない。

僕の気持ちとは違って、メルヴィア様はあっさり言う。



「ヴェルジュ様がどれだけ私を嫌がっても、私はあなたが好きです。これが変わることはありません。あなたがあなたを否定するなら私は肯定するのみですね」





その言葉に嘘などない。晴れの空と同じ澄んだ気配がそこにはある。

言われてしまった、言わせてしまった。




僕が考えていた「面倒な物件だとお話して嫌ってもらおう!作戦」は失敗に終わったのだ。

この調子が続くようなら、メルヴィア様に婚約者なんてやめてやる!と言っていただく前に、僕のほうが落ちるところまで落とされて、ずっとお側にいてくださいと言ってしまいそうまである。その確率のほうが高い気がしてならない。

どうしたものか…国のしきたりうんぬんあたりは、わかっているのだと思うし、僕の話は今話したのがほとんどで、なんならメルヴィア様のほうが僕より僕に詳しいかもしれないまである。


僕にはない僕のことを、知っているのだろうから。

だけどそれって、メルヴィア様の好きは10歳より前の僕に向けていたもので、それがいまもずるずると続いてしまっているだけじゃないだろうか。

そんなものは捨ててしまったほうがいいと思うのは、傲慢だったりするのかな?

記憶を取り戻せるとも限らないのに、この先が僕に続くかもわからないのに、人であれるかどうかさえ怪しい僕に、その気持ちを向け続けさせるのは残酷なことじゃないだろうかと思ってしまうのは、酷いことなのだろうか。


それでも、そうやって先延ばしにした未来で、あなたが泣く姿はみたくないんだよ。



――かなしい声が届く。


ぽたぽたと降ってくる雨があたたかくて、僕はどうしてか苦しくなる。

だけどそれは要らないのだと手を伸ばすことはなかった。いろんなものが落ちていくのをわかっていて、僕はそれを拾おうとはしない。

いずれ僕には必要ではないものになるのだからと。

だけど、ほんとうにそれはいらないものなの…?

必要ないものなんてないよと僕は思う。


あのとき手を伸ばせていたら、変わっていたかな。

あのとき、あのとき、あのとき、そうしてその日が曖昧になる。いつの間にかその日を思い出さなくなる。


忘却の向こうに消えていく。





いずれ今日も消えてしまうなら、その先で傷つけるものは少ないほうがいい。

それなら嫌っていてもらえれば、傷つけなくていいじゃないか。大きな怪我をするよりも小さな怪我のほうが。


「ぬいぐるみやお人形が好きです」


どうにか嫌ってほしくてひねりだした言葉は、なんだか拗ねているみたいに聞こえた。おかしいな、自分の声なのに。


「素敵ですね、そうそう、うさぎさんありがとうございます。私も、私の友人もあの子とすっかり仲良くなりましたよ」


ふんわり、おうじさまの仮面が解ける。

侍女におねがいしたぬいぐるみは、ちゃんと彼女のもとに届いたらしい。慣れない場所はさびしいものだと思うから、すこしでも穏やかに生活してほしくてお願いしたのだけれど、喜んでもらえているのをみると安心する。


「よかったです」

「ひめのお友達をお借りさてしまいましたので…私のお友達のぬいぐるみさんを今度ご紹介させてください」

「え?あ、はい。ありがとうございます…ってそうじゃなく!」


こてんっと首を傾げて「なんでしょう」ときいてくださるその仕草、とってもかわいいですね!かっこいいのに!だけど違う!


「僕、女装なんですけど」

「私は男装ですが」

「えっとー、記憶喪失ですよ?」

「これからたくさん積み重ねていけばいいのではないですか?あとは、思い出したいことがあるのでしたら私もお手伝いさせていただきたいですね」

「クルノギが食べられません」

「こちらでは食す文化がありませんから構わないのでは…」

「背が低いです」

「かわいらしくて素敵ですね。小さくても大きくてもヴェルジュ様は私の一番ですよ」



そろそろ自分のマイナス要素をあげるにもわからなくなってきた。

このお姫様手強い。身長低いの嫌じゃないですか?僕が知ってるご令嬢は嫌だって言ってたよ?女装も嫌がられたよ!友達にはいいけど旦那さまとしてはむり〜〜!!って言われたことあるよ!


みんながみんなそういうわけではないけれど、そういう意見が多いのは確かだと思う。僕はなんでもいいのではと思う方ではあるけど…それは僕の考えだから、他の人と違うのは当たり前のことなんだよね。

じゃあメルヴィア様はいまのを聞いてもほんとにそれでいいと思っているってことで。



でもでも、ここで諦めちゃだめだよね!

第一回、「面倒な物件だとお話して嫌ってもらおう!作戦」はだめだったけど続けていけばそのうち効果があるかもしれない。多少自分の心は削れるかもしれないが、少しなら平気だ。

たまにお茶の味がわからなくなったりするくらいなら!


「僕、がんばります!メルヴィア様に嫌ってもらえるように!」



立ち上がって拳を空に向かってあげる。

頑張らなきゃ…!!



「……う〜んと、応援しています…?」

「はい!」

「一応きいておきたいのですが、それは私が嫌だからですか?」



僕を見上げ、不安そうに眉を下げて、すこし伏し目がちに問うメルヴィア様がかわいくて、うっかりときめいてしまう。


――とくん


みたいな音を聞いた気がした。けど、そんな場合ではない。


「そんなわけありません!メルヴィア様のこと好きですよ!でも……しあわせには、できないのです」

「幸せにしてもらうつもりはありません。一緒に幸せになりたいのです」

「うぅ、このおとぎ話はハッピーエンドじゃないのです」



僕のおとぎ話はハッピーエンドにはなれない。


さぁーっと吹いてぬける風は冷たい。

僕はそっと椅子に座り直した。

ティーカップの紅茶もすっかり冷めている。この紅茶はぬるくなってきた頃が一番美味しく香りが良いのだけれど、すっかり美味しいときを逃してしまったらしい。後でまたいれてもらおう。


一口のんで、カップをソーサーに戻す。

メルヴィア様は不思議そうにしながらも僕の言葉を待ってくれている。


この人はいつも僕のことを待っていてくれるのだな、と思って、僕は僕のおかしさに笑ってしまう。

ふふふ、と笑いながらもなんて言えばいいのかなと考えて、ちょうどいい言葉がみつからない。


「めでたしめでたしでは終わらない物語のなかに、僕はいるんです。なくしたものが何かはわからないけど、それだけはずっとおぼえている」


「―――そう、ですか」





頷いて、「めでたしめでたしで終わる物語に連れていけばいいんですね」とメルヴィア様は僕の予想の斜め上を行く返答をくださいました。


「え」


予想外すぎて固まってしまう僕を置いて、彼女はのんびり、運命を変える魔女がいるのは東の大陸でしたっけ?とか言い始める。

思わず東の大陸より魔技国の魔法使いか魔術師を訪ねるか、精霊使を探したほうがいいのではとツッコミを入れてしまった。




東の大陸に渡るには少々面倒な手続きが必要だし、行っても会えるかどうかわからない。


魔技国の方は人選には注意が必要だけど興味さえひければ誰かしらは協力してくれるだろうし、そうなれば自然、より能力のある者達にも話が行く。

精霊使いを探すのは大変だけど無理じゃない。ヴィーコナーを離れた者たちについては所在の確認をしなくてはならないけど。



でも、それでなんとかなっていたらこの呪いはとっくに王族の手を離れていたはず。

条件が揃わなければ呪いはとけない。

僕が終わらせるなら、あと2年でどうにかしなければならないのだ。


「ひめ」


メルヴィア様の呼びかけに、僕ははっとして顔をあげた。


「私はひめのおとぎ話がハッピーエンドだと思うことにします」

「あの?」


いったいどういうことですかと問えば、彼女はにこやかに微笑んで言う。


「信じてそうなるよう行動いたしますので、ひめは覚悟しておいてくださいね。拒むなら囲うだけ、私はひめの幸福が第一ですが、そのためならひめを無視することもあるのですよ」


「えーと、それは言ってしまって良いのです?」


「良くないですが、ひめには時間が必要でしょう。それに、私はひめに嘘はつきたくありません」


「嘘がわかるから?」


「あなただから」




ぱちんっとなにかがぴったりはまる音がして、僕はひとつ、納得した。


僕と彼女の関係性は想定していたものより深いみたいだ。



――もーいいかい!


―――まだだめ…っ!


――そればっかり!しかたないなぁ…いーち、にーい、さーん…












かくれんぼだ。

城で、森で、街で、僕達は遊んでいた。

お互いが特殊で、それを理解して寄り添う互いの従者がいたからこそできたことだった。


大切な従者にだって見つからなかったから、かくれんぼには自信があったのに、僕は僕の大好きな人にあっさり見つけられてしまう。

それが不思議で、嬉しくて、悔しくて、拗ねたりして。

なんだかおかしくて楽しくて、僕らは笑いあって、未来の約束をする。




















「あ」





――わたしのおうじさまになってくださいね?


――――もちろんです。そのときは、






ずきんっ、と痛む。がんがん叩かれるような頭の痛さに眉をひそめてしまう。

慌ててメルヴィア様に今日はこのあたりで、と挨拶をして部屋へ戻る。

速歩きで廊下を抜けていくあいだ、テレンスに何度か呼び止められたけれどいま足を止めるわけには行かない。

こうしている間にも僕の中から僕が抜け落ちていく。

からんからんと小瓶を転がすような音が耳元で鳴る。

僕が僕のなかから失せていく。

奪われていく。


普段の忘れ方とは違う。

どうやら僕は呪いにとって不都合なことを思い出そうとしたらしい。

もしくは思い出せていたのだろうか。

それなら認めなくてはならないのだろう。



メルヴィア様が好き。


僕はもうとっくに彼女に落とされているのだし、僕の呪いをどうにかするために、彼女は大変都合がいいのだ。

こちらにとって都合が良すぎるほどに。


騙されているのだとしてもいい。

裏切られるのかもしれなくとも。

もし、この呪いが解けなかったとしても、それでも僕には彼女しか選べないだろうから。











「僕はメルヴィア様が好き」

「は…はぁっ!?いまか!今思い当たったのか…!?」

「うん」




互いに叱られない程度の走りで階段をのぼる。

僕はもう息切れがやばいけど、テレンスは余裕そうだ。


羨ましい。


のぼりきって、息を整えながら僕はテレンスの手を取る。



「ちょっと思い出した、よ」


「――それ、は」


「よく遊んでたのはメルヴィア様だよね。妖精たちとも遊んだけど、テレンスも一緒だったのはメルヴィア様だ」


「……」


「テレンスは騎士じゃないよね。いまは立派な騎士様だけど、そういえば3年前はちょっともたついてたし…護衛を兼ねた従者だったのにどうしちゃったの?」


「ほんっとにちょっとだな、ヴェル」



テレンスはほっとしたような、寂しいような、そういう目をしている。

ごめんね、思い出せなくて。

忘れてしまってごめんね。


君と重ねた日々を失っていく僕には、いまも、これからも、かけるべき言葉が見つからないの。

でも言いたいことはあるよ。


「ごめんね、テレンス。僕は忘れていく」


僕はこれからさき、きっといままでよりもたくさんのことを忘れてしまう。

ほら、いまも、耳元でカランカランと音がする。転がるような、割れるような音は澄んでいて美しいとさえ思う。




「僕がひとじゃなくなるとき、王族の呪はなくなるんだよ。祈りと感謝を忘れないで、僕らの側にいる友との歴史を繋いでいけば祝福は薄れないから、大丈夫なんだよ」



僕が薄れていく。

僕が僕を忘れてしまったら、あとに残るものはなんだろう。


だけど、僕が忘れてもおとぎ話は続いていく。

僕が失われても、祝福が残っていれば終わりがくることはないと知っている。





「僕のそばにいるのは大変だったでしょう?ありがとう、テレンス。君の契約妖精と精霊にも苦労させたね」









テレンスや他の人々のちからを借りることでしか、いまの僕に彼らを見るすべはない。

忘れることの弊害はあらゆるところにでてきていて、それは忘れた日からときが経てば立つほどひどくなった。

父様も母様も、ボクも、どうにもならないと思う気持ちがあっただろう。


メルヴィア様ほどの人が僕の婚約者になるのも、そういう、僕の事情にふりまわされたものが強いと思う。

たとえ彼女がどれほど僕を望んでくれていたとしても、僕達がどんな関係を持っていたとしても、僕があのこにあったときに、それらはすべて途切れて失せたはずのものなのだから。



失われていく僕とは違って、ぼんやりと前のボクが思い出されていく。

どうして忘れていたんだろうと思うくらい簡単に、あっけなく、ああほら、いまも、テレンスの唖然としたその表情、ボク知ってるよ。

テレンスが残していたケーキのベリーをボクが食べちゃったときとか、ボクがテレンスを出し抜いて城を抜け出したときとか、君が一人になるために逃げ込んだ森まで君を迎えに行ったときとか。

そういうときに、いつもみていた表情だ。僕になってからはあまりみなかったけど、ボクにはそれが落ち着くなぁ。


そんなこと言ったら君は怒ると思うけど、しかたがないよ。







「まるで、きえるみたいに、いうんだな」


「そんなことないよ!だから、ね、ほら、そんなにびっくりしなくたっていいのに」


「驚いてるんじゃない。怒ってるんだ」


「なれっこでしょ?」


「慣れてたまるか。お前、最近はそうじゃなかっただろ。心の準備ってものがな…!」



泣きながら言われたら、僕も困るよ。

君に泣かれるのは、苦しいよ。

泣かないで、と手を伸ばしかけて、ボクは誰にでもこういうことをするんだ、と自嘲する。

ボクはかつてだいっきらいだった人に、よく似ているらしい。

ごめんねと謝ってもテレンスを傷つけるだけだろう。慰めるのも違うし、もうしないよと言うこともできない。


先程からちかちかと視界にちらつく光を呼び寄せて、願いごとをささやく。

願いを形にして、テレンスを穏やかな夢に連れていった妖精が褒めて褒めてとよってくる。ありがとうを伝えて、頼りになるねと笑って、いままであえなくてごめんねを告げれば、彼らは甘えたようにすり寄ってくる。

かわいいけれど、あぶないものだとわかっている。



鏡のなかの僕は、どんな目をしているだろうか。

メルヴィア様とおそろいかな?


冷たく吹く風に春を与えて、テレンスをもちあげてもらい、自室への最短ルートを選んで素早く部屋へ戻ると、ベッドに寝かせ、僕も眠ることにした。











好きだと認めはしたけれど、嫌われる目標は変わらない。

ボクはもう、メルをえらべないから。



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