8 おっさんは願いを聞く
快適な部屋、美味い飯、夜は好きなだけやりまくれる。
なかなか素晴らしい生活じゃないか。
あとは適度な刺激だな。
これがないと腐っちまいそうだ。
まぁこの宿にいる間くらいは刺激は置いておくか。
アルタさんを落とせれば最高だが、別にムリをするつもりもない。
こういうプラトニックな恋ってのも時にはいいものじゃないか?
いつもそうだと貯まってしまうが、欲望のはけ口は別にあってそっちはそっちで満足してるからな。
宿は追加料金で昼食も出してくれるということで、迷わずお願いした。
高級料理とかは金さえ払えばいつでも食べられるが、アルタの料理はここでしか食べられないからな。
この街にいる限り、他の料理は要らない。
ここ数日の間、3食しっかり宿屋で取って残りの時間は街を散策してすごしている。
この街はアドウェイン伯爵の領地のようだ。
伯爵の屋敷というより城が街に隣接してそびえ立っている。
ずいぶん金をかけた城だが、税金は平均的なもののようである。魔族の侵攻の影響外にあれば、これだけ街も発展するし、領主も稼げたってわけか。
本当はこういう領主から国が徴収するとかして、他の魔族侵攻の被害にあった地域へ回したりすべきだとは思うが、国王の力はそれほど強くないってのが現状だろう。
地方領主たちの協力なしでは国の運営自体が成り立っていかないというところが辛いところだな。
宿に戻って厩を覗くとシルバは惰眠を貪っていた。どう見てもダメドラゴンだよな。
馬としての乗り心地はいいし、夜のお伴としても具合がいいから、スペックは最高なんだが、どうにも中身が最低だ。
そのうち、みっちりと鍛えなおしてやろう。
宿屋の中に入ったがアルタさんは留守のようだった。
まぁ客は昨日は俺以外にも旅の商人がいたようだが、今日は俺1人。
まだ夕食の時間までずいぶんあるから、買い物でも行ったんだろう。
代わりに留守番でもしててやろう。
遅い……
遅すぎる……
夕食はどうなったんだ。
俺はアルタさんの夕食以外食べる気はしないぞ。
まぁ夕食のことはおいといても、宿屋のことに関してはあれほど責任感の強いアルタさんがこの時間まで消息不明ということは何かあったと考えるべきであろう。
俺が探しに行くべきか?
地理不案内の俺が探して何か役に立つのか?
妹さんの姿も見ないな。
2人に何があったというのだ。
えーい、考えるよりまず行動だ。
(シルバ、いるか)
(……起きてたよ、うん。なにかな? まだ早い時間だけど、もうするの?)
寝てやがったな。俺に呼ばれたらすることしか考えてないのか……あ、他のことでシルバを呼んだことがなかったか。学習能力はあるようだ。
(いや、今はそれはいい。俺はアルタさんを探しに行くから、お前は宿屋の様子をよく見ておいて何かあったら俺に連絡しろ)
(うん、わかったよ)
俺が宿屋を飛び出そうとすると入り口で帰ってきたアルタさんとぶつかりそうになった。
「遅くなってごめんなさい。すぐに夕食の準備をしますね」
無事だったか、よかった……いや、なんか様子が変だ。
単に遅くなって慌てて帰ってきたって感じじゃない。
何かあったに違いない。それもただことでない何かが。
「いや、それはいい」
「あ、もうすませちゃいましたか?
申し訳ありません」
「いや、夕食の準備よりもっと大事なことがあるんだろう?」
アルタさんは、ドキリとした表情だ。
ここはもうひと押しすべきか。
「俺は戦士だ。戦うことしか能がないただの戦士だ。
だが、戦うことに関してなら俺は誰にも負けない。
もし、そんな俺で役に立つことがあるのなら、話してくれないか?」
アルタさんは俺の目をじっと見ていた。やがて、その目にどんどん涙があふれてきて、俺の肩をつかんで泣きじゃくりながら話し始めた。
「お願いします……
ムチャなお願いだということはわかってるんです。
でも、誰にも頼れないんです。
もし、願いをかなえてくれるのなら、何でもします」
「何でも?」
「えー、私にできることなら何でも。
この宿屋くらいしかないけど全財産だってあげますし、私の一生で払えるものならなんだって、奴隷にでもなんでも」
「別に財産は要らない。でも、アルタさんの一生ってやつは欲しいな。
もしアルタさんがそれをくれるなら、なんだってやってやろう。
魔王の首でも、国王の首でもすぐに取ってくるぞ」
「妹を、妹のファンタを助けてください」
「妹さんがどうしたんだ?」
「領主の孫のゲンダーに拐われたんです。
ゲンダーは小さい子でなければダメな変質者で今までも何人もの子が……」
「妹さんはどこに拐われたかわかるか?」
「城に……
城に連れて行かれるのを見た人がいます。
でも、あの城には誰もはいれない……」
「そうか、わかった。
すべて俺に任せろ。
俺がなんとかする」
「お願いします。
ムチャな願いだってことはわかっています。
でも……」
「まぁ、待ってろ。
あ、夕食まだだから、帰ってくるまでに準備しておいてくれると嬉しい」
「はい。とびっきりの料理を作ってお待ちしてます」
「おー、それは楽しみだな。
じゃ、さっさと行ってくるよ」
居場所がわかっているのなら何も問題ない。
どんな障害があろうと、ぶち破るだけだ。