第8話・降臨
死んだ、と思ったときだった。
俺の頭に直接声が響いてくる。
その言葉は、ベーコンが俺に
「ヤドリギ」を投与したときに
呟いた言葉と同じだった。
ーすべてはエノクの導きのままに。
エノクなんて俺は何か知らない。
だが、俺はここで死にたくない、死ぬわけにはいかない、死んでたまるか!
世界から否定され続けた挙句、
なぜこんなにも早く死ななければいけないのだ。
俺は自分の身体を貫いているバケモノのツルを掴み、
ドクドクと喉から血を吐き出す。
「……ざける、なよ。俺はお前みたいなバケモノに、殺されたりしねぇんだよ」
ぶちぶちと音を立てながらも、
俺はツルを身体から引き抜く。
異常を察したのか、バケモノは
新しいツルを身体から伸ばしてくる。
ーすべてはエノクの導きのままに。
「だったら、俺に力をよこせ!」
頭に響いてきた声に答えると、
俺の目の前に翼がバサッと広がり、
バケモノのツルをいとも簡単にはじき返す。
翼は俺の背中から生えているようで、
何も命じていないのにフワッと
俺の身体を繭のように包み込んだ。
バケモノはツルで翼をガンガンと
突き刺そうとしているが、
痛みがなければ恐怖も無かった。
翼に包まれている間、
俺の頭には例の声が
幾度となく響いてくる。
俺は死にたくない、
目の前にいるバケモノを
倒せるだけの力が欲しい。
俺が念じれば念じるだけ、
身体の細胞が変化していくのを感じる。
「あいつを倒せるだけの力を、
この世を生き残れるだけの力をよこせ」
理性があるのかどうか定かではなかった。
ただ力を求める悪魔、
おそらく他人が俺をみればそう判断するだろう。
それでいい、力を得られるのであれば
悪魔だろうと天使だろうと、何でもなってやる。
「うおおおおおおおおおおおおお!」
ツルの攻撃がひるんだ一瞬の隙を付き、
俺は思い切り翼を開くと共に立ち上がる。
さらに、爪の生えた手をバケモノめがけて伸ばし、
身体めがけて一突きする。
爪はバケモノの体を紙のように引き裂き、
青い体液を床中にまき散らす。
それでも攻撃の手をひるませることなく、
今度は根っこを伸ばして絡みつかせようとする。
しかし、所詮は植物だった。
生まれ変わった身体の毛は刃のように逆立ち、
根っこをバラバラにしていく。
成す術を無くしたバケモノは
退却を考えていたが、すでに遅かった。
バケモノの頭頂部を鷲のように巨大化した両足で掴み、
窓を割って病院の屋上へと飛んでいく。
月が見えるところまで上昇し、
ひょいとバケモノを宙に飛ばして
落ちてきたところを両手で引き裂いた。
血が飛び散り、身体全体を青く染めていく。
血で染める瞬間、何とも言えないエクスターを感じ、
獣のように咆哮を上げた。
自分の力を堪能した後、俺は病院の屋上に降り立った。
「流石ね、ベーコン様の作る薬に耐えただけはあるわ」
屋上と院内をつなぐバルコニーから
聞き覚えのある声が届いてくる。
俺が振り向くと、そこには羽山がいた。
「術後の経過からもしかしてとは思ったけれど、
あなたも選ばれたのよ」
「羽山、お前はいったい何者だ?」
「まずは、自分の姿を確認してみればどう?」
羽山が徐々に近づいてくると同時に、
身に着けている衣類がどんどん破けていく。
美しい四肢が露わになるかと思ったが、
衣類の下は黄金色と白の体毛に覆われていた。
さらに、耳が頭から生えてきて、
目の色が黒から緑に変色していく。
最後に尻尾が生えたその姿は、猫そのものだった。
「おまえは……」
「安心して、私はあなたと同じエノクに選ばれしもの」
「エノクに、選ばれしもの……」
「そう。あなたが先ほど殺した
出来の悪い植物人間とは違う、
これからの世界を生きる権利を得た生物」
羽山はうっとりした目で俺を捉え、
指で俺の体をねっとりとなじっていく。
彼女の目に映った俺は、
さながら翼を持った天使という出で立ちだった。




