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転生天使エノク  作者: 藤咲流
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第7話・怪物

ベーコンの作った薬「ヤドリギ」により、


俺の身体は快方に向かっているようだ。


すでに発病してから一か月と二日が経っており、


俺は自分の回復し切った身体を


ベッドの上で持て余していた。


日がな一日寝ているものだから夜になっても眠れず、


今ではどのように夜を過ごすのか


考えている内に朝になっていることもある。


時間を持て余した俺は立ち上がり、


カーテンを開けてみる。


きれいな月が空に昇っており、


眠たくなるような


スピードで時を刻んでいる。


緑皮病が治っていなければ、


俺はこれほど落ち着いて


月を見ることもなかっただろう。


しかし、こうして月を見るのは


何年ぶりだろうとも思う。


俺が詐欺師として生活し始めてからは


何もかもが敵に見え、


気を抜くことなんてなかった。


今でも羽山やベーコンを


心の底から信頼するのは難しい。


だが、死地を脱したことで


身体が無理にでも休息を


求めているのかもしれない。


それに、この瞬間ぐらいは


月を見ていたいと本心から思った。


月を見ながら心に櫛を通しているときだった。


病室の外からカタン、と何かが


倒れる音が聞こえてくる。


普段は羽山が訪れるぐらいで、


人の往来など皆無の病室。


隔離に近い場所にある病室の近くで


物音がするのは、それだけで何らかの


異常があると考えるほうがいいだろう。


俺は武器になりそうなものを探すが、


残念ながら病室にそんなものはなかった。


病室にはトイレも付いていたため、


俺はその空間に備え付けてある鏡を割り、


その破片を持って病室のドアを少しだけ開けてみた。


左右には何も見当たらないが、


ザワザワと音が聞こえてくる。


身を隠し続けて生活していた俺にはわかる。


二週間のブランクがあるとはいえ、


何年も身を隠して生活していると、


危険に対する反応が習慣として


体に染みついてしまっている。


俺はドアを開けて外に出ようとする。


しかし、その瞬間にパタパタパタと


誰かが走ってくる音が聞こえる。


俺は思わずドアを閉じた。


ドアから離れてベッドをバリヤードに


使えないか試してみる。


ベッドは移動できるようになっており、


簡単にドアまで持ち運べた。


まずはシーツでドアが開かないように固定し、


その後にベッドをドア前に立てて


籠城できる状態を作り上げた。


俺はバリヤード越しに先ほどの


足音が近づいてくるのを感じる。


その足音がこの病室前で止まり、


必死に開けようとしている。


外からも「開けてくれ」という男の声と共に、


ドアを殴る音が届いてくる。


しかし、それでも俺は開けようとしなかった。


開ければ俺も確実に巻き添えを食らう。


男の声や態度からしても、外で起こっている


異常事態は生死にかかわることだ。


開けられなかった、どれだけ必死に求められても。


目をつぶって男の存在を


消すことに必死になっていると、


ふと男の声や物音が止んだ。


やっと終わったかと思った途端、


べチャっと音と共に大きな衝撃が


ドア越しに伝わってくる。


俺は考えるよりも先に身体が反応し、


ドアを押さえるのを止めて


元々ベッドがあった空間まで引き返す。


くちゃくちゃと何かを咀嚼するような音に


変わったかと思うと、その後はドンと


腹に響く音と共にドアが徐々に曲がっていく。


完全にドアが壊れる前に何とかしないといけない。


しかし、思考とは反対に手に持っていた


破片を握りしめるばかりで、


血がポツポツとビニール床に落ちていく。


状況は好転することもなく、


ついにドアが破られて


部屋の奥まで飛んでくる。


ドアは病室の窓を破壊し、


飛んでくるガラスやコンクリート片を


ベッドを囲むカーテンで防ぐ。


壊れた窓の方を見るとドア前にいた男も


一緒に吹き飛ばされており、


それは頭が無くて青い液体が付着していた。


俺はこみ上げる吐き気をこらえ、


男を襲った犯人を確認する必要があった。


何とか壊れたドアの方を見ると、


そこには人間ではなく、


全身から木々が生えたバケモノが立っていた。


バケモノには人の頭と呼べるようなものは無く、


てっぺんから腰まで一本の木のようになっていた。


赤い二つの目はギラリと部屋中を舐めまわし、


大きくひび割れしたようにも見える口は


男を食べたときに付着したのか、


青い液体が見える。


木の枝のように身体部分から手が生え、


足は太い根っこのようなものが


ウネウネと動かしてこちらに近づいてくる。


倒せる訳がない。直観でそう考えた俺は、


バケモノが近づいてきた隙に


ダッシュで出口から脱出することを


瞬時に思いつく。


バケモノが隠れているカーテンを


通り過ぎたところを見計らい、


俺は全速力でドアへ向かう。


しかし、走る方向とは反対方向に急激に力が加わり、


俺は思い切り倒れてアゴを打ってしまう。


後ろを見るとバケモノが俺の方を見ながら、


手から伸ばしたツルを足に巻き付けていた。


「くそ、離せ!」


俺は持っていた破片を使ってツルを切る。


バケモノは痛みを感じていないのか、


瞬時に次のツルを伸ばしてくる。


今度は足だけでなく四肢すべての自由を奪い、


俺の身体はバケモノの側まで引き寄せられてしまった。


バケモノは俺との距離を近づけると、


身体からさらにツルを出して


俺のほうに向けてくる。


俺は結局、死ぬ運命にあったのだろうか。


緑皮病に掛かった時点で


死ぬ運命は決まっており、


どうあがいてもその結果から


逃げることができなかったのだろうか。


もっといえば、このくだらない社会に


溶け込めない時点で、


若くして死ぬことが


約束されていたというのだろうか。


「そんなふざけたことがー」


俺は声高々に不条理な現実に噛みつこうとした。


しかし、その前にバケモノのツルが心臓を一突きし、


噛みつくことさえ許されなかった。

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