第6話・前兆
ベーコンに「ヤドリギ」と呼ばれる
薬を投与された俺は、
術後経過を見るために
入院することになった。
今回はベーコンが無理に行った上、
危険な臨床実験ということで
入院費は支払う必要がないようだ。
さらに、俺の素性も隠し続けるように
便宜を図らうことを約束し、
「ヤドリギ」を口外しないことを条件に
病院を出た後も自由に暮らすことを許された。
俺はそれらの条件を守れば
自由に暮らすことができると思い、
すべて快諾した上で契約書に
サインすることにした。
そのコピーをもらった後、
ベッドに張り付いた生活が続いた。
病室には羽山以外の人間は入ってこず、
彼女は入念に俺の身体検査を行っていた。
血液検査や心拍数を始め、
脈拍や瞳孔を毎回同じ時間に記録していた。
その時間だけが一週間ほど続いた。
はじめは身体を動かすことさえままならず、
無理に外を歩き回って正体がばれるのも面倒なので、
俺は寝たきりの生活を受け入れていた。
しかし、退院して身体が動かないと支障が出てくるので、
無理のないように身体は動かしておいた。
幸いにも病室は筋トレはできるぐらいの広さだったので、
スクワットや腕立て伏せからはじめた。
病室に入って十日が経った日。
羽山がいつものように病室に入って来たが、
俺は筋トレを行っていた。
その様子をたしなめられた後、
俺はベッド上でいつものように検査を受けることになった。
「なあ、これってそんなに大事なのか?」
「あなたの体には今まで類を見ない
疫病に侵されており、
その疫病を治す
新薬が投薬されています。
どのような変化があってもおかしくないんですよ。
それなのに、身体をあんなに動かすなんて……」
羽山は先ほど俺が行っていた
腕立て伏せのことを怒っているのだろう。
俺が冗談めいてすまないというと、
彼女はペンで次は許しませんよ、
と小悪魔のように笑みを浮かべた。
確かに、ヤドリギを投与された当初は
身体を動かすこともままならなかった。
しかし、徐々に体調が回復し始めると、
身体を動かすことに抵抗が無くなってきたどころか、
身体の奥底からエネルギーが
満ち溢れてくるようだった。
今では五本指の腕立て伏せでは物足りず、
試しに三本指にすると
軽々とできるようになっていた。
さらに指の数を減らすようになり、
今では一本指でもできそうなほど
体調は回復していた。
さらに日にちは進み、
病室に入って二週間が経っていた。
この日は緑皮病に掛かった際の命日だったが、
俺は普通に目を覚まし、
その日も変わりなく羽山の検査を受けた。
彼女が記録を取っていた。
「羽山さん。今日で一か月だけど、俺は退院できるのか?」
「……ええ。おそらく問題ないわ。
経過は良好だし、体調に関しては
あなたも体感しているんじゃない?」
そうだ。俺は一か月で死ぬ緑皮病に掛かっていながら、
死ぬ様子はまったくないことを実感していた。
今すぐにでも町に出掛け、祝杯を上げたいほどだ。
「ああ。じゃあ……」
俺は羽山から許可をもらおうとしたとき、
ベーコンが部屋に入ってきた。
「どうだね、羽山くん」
「先生」
部屋に入って来たベーコンの元に
羽山は小走りで近づいていく。
彼女はカルテを彼に見せ、
ベーコンはそれを見て一回だけ頷いた。
「うむ、経過は上々という感じか」
「おい、だったら早くー」
「いや、だめだ。あと三日は様子を見よう」
「なんでだよ。俺はこんなにも回復しているんだぜ」
「そういうときが一番危ないんだ。
薬や病気が突然異常を起こし、
急に死ぬことだって考えられる」
「そっ、そんなもんか」
「だが、君ほど状態が回復した人もいない。
もうしばらくの我慢だ」
ベーコンが俺の肩をポンと叩いてくる。
その瞬間は患者を気遣う医者の顔をしており、
やっていることは危険だが
病人を救いたい気持ちはあるように感じた。
俺はベーコンの言葉を信じ、
もう少しだけこの病室にいることを承諾した。




