第5話・助手
「……はっ!」
意識が戻った俺は身体を跳ね起こした。
辺りを見渡すと、周りは清潔そうなカーテンで囲まれていた。
後ろを振り返ると「神崎シンゴ」とネームプレートに書かれており、
ナースコールの装置も見受けられる。
おそらく俺はあの後気絶して、
そのまま病院のベッド送りになったのだろう。
しかし、このままじっとしていると
素性がばれる可能性がある。
俺は脱出のため身体を動かそうとするが、
その瞬間に激痛が身体中を走る。
その痛みに思わずうなってしまうと、
カーテンがシャッという音と共に開いた。
「どうしたんですか、神崎さん?」
俺の声を聞いてやってきたのか、
ショートカットの看護師が俺の身体を支える。
ふわっとした人の甘い匂いがした、
こんな匂いに包まれたのは初めてだった。
「は、離れろ!」
俺は普段かぐことのない匂いと警官心から、
思わず看護師を突き飛ばしてしまう。
しかし、実際はそれほどの力は入らず、
ベッドの上でよろりと体勢を崩してしまう。
「気を付けてください、あなたは重症なんですから」
看護師は俺の態度にも構わず、
布団を直しながら俺の身体を起こした。
何もできない俺は、彼女の力に
頼らざると得なかった。
身体を起こしてもらって一息つく俺の耳元で、
看護師は大丈夫ですよ、
と身体がくすぐったくなる声でつぶやいた。
俺はよほど面白い顔をしていたのか、
彼女はふふっと小さく笑みをこぼした。
「あなたがロベルト・ベーコン先生の
治療を受けたことは知っています。
ここもベーコン先生が用意した特別病室で、
あなたの秘密を知っているのは私と先生だけ」
看護師はつらつらと説明した後、
お辞儀をしてから自己紹介をはじめた。
「私は羽山ミドリと申します。
普段は看護師業務を行っていますが、
それ以外はベーコン先生の研究の
助手として活動しています」
「助手?」
「昨晩、あなたは先生の薬を受け入れましたよね?」
羽山、と自己紹介した女の言葉を聞くと同時に、
昨晩の痛みが甦るように身体中に電撃が走った。
俺はロベルト・ベーコンに妙な薬を使われ意識を失った。
あの薬は一体なんだよ、と聞こうとする。
すると、俺の意思をくみ取ったのか、
羽山が先に口を動かし始めた。
「あなたも昨日説明を受けたかと思いますが、
あれはヤドリギを元に生成された薬です。
現在、流行している緑皮病の
特効薬として先生が開発を進めております」
「だからって、勝手にあんなもの
使われても困るぜ。
本当に、死ぬかと思った」
「そりゃそうでしょう。緑皮病は一か月で人を死に追いやる病気。
治す方だって死ぬ気でなければ治りません」
「ベーコンとかいうやつは、
そんな危険な研究を続けているのかよ」
「大体、何の苦労もなく病気を
治そうとするほうが間違っていると思いませんか?
現代では医療技術の発達により簡単に病気を治療できます。
ですが、本来その病気は自分の怠惰によって発生したもの。
それを後で簡単に治してもらおうと
いうほうが身勝手だと私は思います。
それに、この程度の痛みに
耐えられない人間など、私としてはー」
羽山は途中で言葉を止め、失礼しましたと謝罪して口を閉じる。
しかし、彼女は自分やベーコンがやっていることは
何も悪いことではなく、まるで当然のことのように堂々と告げた。
彼女の態度には悪意も善意も無く、
まるで動物としての生理現象のように
実験をしている雰囲気まで感じる。
「……なんだ、助けてもらったのに。
文句ばかりで申し訳ない」
羽山の雰囲気に気おされ、
つい彼女に謝意を告げてしまった。
彼女は出会ったときのように
ふふっと笑みをこぼしてから
いいんですよ、
とだけ言った。




