第23話・未来(終)
ベーコンは大樹をすべて吸収し、
巨神となって地球に降臨していた。
奴は世界に対して
ひれ伏せだの神の宣託が下るだの、
くだらないことをツラツラと並べている。
その姿に世界中の人間が畏怖すると共に、
中にはさっそく縋りつこうとする人間がいた。
俺は自分の体がすでにエノクと転生しており、
繭になる前の状態になっていた。
しかし、その体は俺の身体であって俺ではない。
胸にふくらみがあるところを考えると、
これはナオミのものだろうか。
だが、自分がシンゴなのか
ナオミなのかわからなかった。
おそらくどちらでもあり、
どちらでもないのだろう。
俺たちは白い世界で一つになり、
まったく別の存在になっているのかもしれない。
俺には二人分の力が含まれている。
やっと感じ取れた彼女の、
人間の温かさを知った俺は、
この世界を否定しない。
俺はこの世界を否定し、
ナオミが好きだといった世界を
否定するベーコンを否定する。
その思いが高まっていくにつれて、
世界中に散らば木々が俺の体を包んでいく。
そして、再び俺は草木でできた
繭に覆われ、徐々に身体を巨大化させていく。
***
世界は二つに分かたれた。
世界樹から生まれ六枚羽の天使と、
世界中の木々を集めて生まれた
鳥の頭とコウモリのような翼を持つ悪魔。
彼らは山よりも大きな体躯を持ち、
三日三晩地球上のすべてを
破壊しながら闘いに明け暮れた。
天使は懸命に悪魔を振り払おうとした。
しかし、悪魔は天使に手足をもがれても
天使に食らいつき、最後には
自らの身体に雷鳴を撃ち落とした。
その電撃により天使は落命し、
その死に顔は悪魔そのものだった。
その雷は天使を撃ち落とすだけでなく、
世界中に鳴り響き世界を破滅させる
大洪水を招き寄せた。
水は地上のあらゆるものを飲み込み、
人類は滅亡の危機を迎えた。
大洪水がやっと落ち着いたとき、
天使と悪魔が闘った場所には
一本の苗木が生まれていた。
その木は「世界樹」と呼ばれ、
人類の新しい創世地として
今でも語り継がれている。
***
「ナオミ、早く来なさいよ」
私がパンフレットに集中していると、
友人はすでに先のほうを歩いていた。
どうしても友達が「世界樹自然公園」に
来たがってのできたのに、
すでに彼女は飽きている様子だった。
私が歩いている場所はパンフレットによると、
巨大な天使と悪魔が闘った跡地のようだ。
その地に生えた苗木が大きくなったものが
世界樹と呼ばれており、
この公園の目玉にもなっているようだ。
たしかにその木は大きく、
島一体を覆うほどの葉を付けている。
それはそれは圧巻だが、こんな伝説を
信じろと言われても難しいところがある。
友人の後をついていかず、
私はちょっと横道に入って
世界樹に近づいてみた。
この世界樹は天使の身体から
生まれたと言われているが、
真実なんてわからない。
この話自体が眉唾だし、
そもそも天使も悪魔も私には
どちらも同じように思う。
慈悲が人を殺すことがあれば、
悪意が人を救うことだってある。
大事なのは名詞ではなくて、
意味を取る人間じゃないだろうか。
私はそう思ってしまう。
ーありがとう。
不意に聞こえる声に、
私はハッとして後ろを振り返る。
そこには誰もいるはずなかったが、
何かがいたような気配を感じる。
しばらく声が届いてきたほうを眺めていると、
そこから友人がひょっこりと顔を出した。
「ちょっと、どこ行ってるのよ」
私は友人に引っ張られるようにその場を後にする。
その瞬間、ちらっとだが
男の人の姿が見えたような気がした。
その人は遠い昔、私がどこかで
出会った大事な人で、
背中に翼を持っているように見えた。
ー終ー




