第2話・緑皮病
「今、日本で大流行している謎の疫病。
20代から30代の人を中心にこの病気は蔓延しており、
この疫病に掛かると血液が青くなってしまい、
発症すると青い血液を吐血・下血・出血が見られます。
その後は高熱が続き、次第に脳細胞が死滅して
死に至ってしまうのがこの病気の特徴です。
また、この病気になると皮膚が硬化すると共に
緑掛かった色になっていく特徴も見られ、
この点から緑皮病という病名を暫定的に使うようになっています。
まだ不明点が多く、この報道がはじまってからすでに三か月以上経ちますが、
未だにこの疫病が鎮静化する様子は見られません。
それで、本日は緑皮病の原因究明に取り組んでいる、
H大学付属病院のロベルト・ベーコン教授に
出演いただきましたが、先生この病気の発生源などはー」
「残念ながら。まだわからないことが多いですね。
私たちも全力で緑皮病については調査していますが、
なぜこのような病気が発生したのかすらわかっていない状態です。
わかっていることはこの病気にかかった後の特徴と、
この病気に掛かってしまうと一か月程度で亡くなってしまうことぐらいです。
今ある薬を使っての延命も試みていますが、やはり抜根的な解決にはならずー」
俺は叫びながら、手に握っていたタブレットPCを放り投げてしまう。
地下街で自分の血が青く変色していることを知ってから、
すでに二週間ほど経っていた。さっきのタブレットPCで見ていた動画の通り、
俺はあの後青い血を吐き出し続け、熱も下がらずにいた。
緑皮病はネット上でも半年ほど前からちらほら出てきており、
真しやかに話されていた。はじめはどうせフェイクニュースの類だろうと思っていた。
しかし、実際に病気になった人は先ほどみたいにニュースにはならず、
どこかに隔離されているという噂もあった。
もっとひどい場合、末期の感染者は一か所に集めて処分されているとも言われていた。
緑皮病に対する問題を抑えることができなくなったのか、
最近ではニュースで取り上げることも多くなっているようだ。
しかし、ニュースはただ人の不安だけを煽り、
隔離や処分よりもひどい人間による人間の虐殺がはじまっていた。
ネット上では「緑皮病の人間は悪魔の手先だ」などの内容で、
感染者をつるし上げる動画もいくつか出ている。
俺は恐怖した。それは自分が病気に感染して死ぬという事実よりも、
動機さえあれば人が人を簡単に殺すようになるという事実が証明されたからだ。
はじめから人間なんて信じていなかった。
保身のためならば人は簡単に人を合理的に処理できる。
それは会社員やクラスメイトだって同じだ。
どれだけ取り繕ろうと「競争」の中で負けたり不要になったりした人間は、
簡単に切り捨ててしまうのだ。
俺の中にあった理論が、今回の病気によって立証されてしまったことが、
最も俺自身の身体を震わせていた。
俺が高卒で就活をしたときだってそうだ。
はじめはいい顔をしていたジジィ共も、高卒だとわかった瞬間に卑しい顔つきになる。
実際に仕事をしたとしても、何かと高卒であることを理由になじり、
何か問題があれば俺に責任を押し付ける人間が出てくる始末だ。
どの職場でも俺はのけ者にされ、長続きできず職を転々とせざるを得なかった。
はじめから俺の居場所なんてなかった。
競争に出ようとしても、そのスタート地点にすらあいつらは立たそうとしなかった。
生きる方法が残されていない俺には、他人を騙してでも生活する他なかった。
気持ちのいい生活ではない。
しかし、それでも俺の心臓が止まることを許さないのであれば、
なんとしてでも生きていく他ないではないか。
「くそ!」
俺はこれまで何人もの老人たちから金を巻き上げた。
生きるためだった、ただそれだけだった。
なのに、どうして俺がこんなクソみたいな病気に掛からなければいけないのだ。
これが懸命に生きようとした人間への仕打ちだとすれば、
どれだけ残酷な筋書きなのだ。
どうせクソな脚本家が書いたのだろうと毒づきたかったが、
吐血によってそれさえ阻まれてしまった。
「死ねるか、まだ……」
もし、先ほどニュースで流れていたことが事実であれば、
俺の余命はあと二週間程度ということになる。
一縷の望みを掛け、俺は最後の賭けに出るしかなかった。




