第11話・過去
羽山が液晶に映し出した絵。
俺はその絵を見ているわけではなかった。
見ているというよりは、
その絵を通して自分の中に眠っている
記憶のようなものがこみ上げてくる。
同時に、薬を付けられた胸部が痛みだし、
俺は我慢できず拘束具をガチャガチャと動かす。
頭の中では絵で見たエノクが怪物と闘っていたり、
中には人間に崇められているような様子もあった。
また、多くの軍勢を率いて
戦争をしているシーンも流れ、
俺は自分にないはずの体験を
一気に頭の詰め込まれていく。
「おい羽山、なんだこれは!」
俺は吐きそうになりながら、
羽山に何とか噛みつく。
しかし、彼女は腕組をしたまま
その場を動こうとせず、
ただ俺の様子を伺っていた。
痛みが増す左胸部を見ると、
心臓部分の一帯が紫色に変色し、
植物のようなものがボコボコと浮かび上がっていた。
あまりの異質な光景に、
俺は緑皮病に遭遇してから
はじめて情けない叫び声をあげた。
俺の心臓部分で隆起している植物は
破壊と再生を繰り返し、
徐々に俺の身体を侵食し始めていく。
「いやだ、来るな!
よせ、それ以上俺の中に入ってくるな!」
どうあがいても紫色の植物は
動きが止まる様子を見せず、
胸から首へとせりあがり、
ついに俺の目の部分まで這い上がってくる。
絶叫もむなしく、
俺の身体は自身に宿る
植物に侵されてしまった。
***
「さあ、今日はお父さんの作ったカレーライスだ」
目覚めると、俺の目の前には台所が目に入った。
これは、小さい頃に住んでいたぼろいアパートだろうか。
家賃が三万円程度であろうアパートで
間取りはッチンとリビング、
そして大きな別部屋が一つだけ付いていた。
だから俺は小学校三年生になっても父さんと寝ていた。
とはいっても、父さんは夜も働きに出ることが多く、
いつも寝る時間は俺一人のことが多かった。
「シンゴ、今日はうまくできたぞ」
父さんは嬉し気にご飯を俺の元に運んでくる。
しかし、野菜はどれも大きく切り過ぎていて、
しかもよく煮込んでいないのか人参は固めだ。
でも、俺はこんな料理は食いたくないと言わず、
一口ずつ何とか咀嚼してお腹に押し込める。
俺の食べる姿を見て「おいしいか」と聞いてくるが、
素直に答えられない俺は、
とにかくスプーンを口に運ぶことしかできなかった。
この頃は貧しかった。
でも、父さんんがいた。
母さんは家から消えていなくなったけど、
父さんはちゃんと側にいてくれた。
休みの日は料理して、
普段は夜まで仕事して、
趣味らしいことも一つもしなかった父さん。
なのに、どうして、そんな父さんが
死なないといけなかったんだ……。
父さんの死因は単純だ、過労だった。
父さんは働いて俺の
教育資金を貯めていたらしく、
通帳を開けたときに
そのことを悟った。
でも、未来のために自分の体を壊し、
俺の側から消えるなんて、
それじゃ意味がないのではないだろうか。
それはただの自己満足じゃないだろうか。
それなら稼ぎなんて少なくていいし、
俺のために貯金なんてしてほしくなかった。
俺を一人にして欲しくなかった。
ー誰も信用なんてできないか?
目の前の景色がぼろいアパートから、
何もない白い空間に変わった。
体育座りしている
俺の目の前に光球が漂い、
徐々にその光は絵で見た
エノクへと変貌していく。
「そうだよな、誰もお前の
ことなんて構ってくれない」
「だまれ」
「お前は自分が不幸な
人間だと思っているのだろう。
でも違うぞ、それは反対だ。
お前に関わる人間すべてが不幸になるのだ」
「消えろ」
「さあ、もう十分だろう。
楽になればいい。俺と一緒になれ」
体操座りしていた俺の腕に、
ひんやりしたものが触れる。
バッと前を見ると、
紫色をした植物人間がいた。
俺はすぐさま距離を取ろうとした。
だが、足元にはびっしりと植物が生え、
俺の手足に絡んで身動きが取れなかった。
「さあ、おいで」
その声は艶のあるものに変わり、
さらに植物人間は
女のような出で立ちに変わっていく。
「もう怯えなくていいのよ、こっちに来なさい」
「……くるな、くるなって」
「ねえ、私の言うことを聞いて、
聞きなさいよ、ねえ!」
植物人間は俺の首を絞めようとする。
そのとき、俺の中で何かが弾けた。




