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転生天使エノク  作者: 藤咲流
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第1話・発病

「今日も来てくれてありがとうね、片桐さん」


違う、俺は片桐なんて名前じゃない。


だが、目の前の老人は俺の本当の名前なんて知らないのだ。


俺の本名である神崎シンゴという名前を、彼には伝えてないのだから。


「いつも優しいね、カンちゃん」


カンちゃんでもない。それに俺は優しくなんてない。


ただアンタたちから可愛がられることで、それで生活するしかない人間だ。


「やっぱちゃんと面倒見てくれる人はいいねぇ」


俺は面倒なんてみていない。ただ事務的に作業をこなしているだけだ。


それに俺は、介護の仕事をしている人間のやっていることを真似ているだけで、


あんた達には何の愛情もない。


「あんたみたいな息子がいて、本当によかったよ」


違う、俺はあんたの息子でもない! もちろん、娘でもない。俺は、ただの詐欺師だ。


             ***


俺は自分の仕事を終え、生活保護者が住んでいる平屋の家を後にする。


さきほどまでいた家から歩いて駅に向かう間、くすねた一万円札を


ポケットから取り出して数えてみる。別にうれしくもない、達成感もない。


俺がつかんでいるのは、明日を暮らすためだけの未来のない悪銭。


ポケットにくしゃくしゃのまま突っ込む頃には、俺は繁華街と郊外を結ぶ電車に乗車していた。


今日は何人の老人たちの家を周っただろうか。


どの老人たちも俺に感謝の意を告げるが、彼らは何に感謝しているのだろうか。


もちろん、俺の行った介護的行為や擬似的な親子関係に対してだろう。


しかし、それらは俺にとっては生きるための「作業」でしかない。


はじめは老人たちの気持ちを利用することに、


俺の中にある人としての感情と距離ができる感覚があった。


しかし、生きる意思というのは人間を簡単に支配する。溺


れそうになっている人の前に糸が垂れていれば、


必ずといっていいほどつかみ取ってしまう。


それがどんな糸だなんて、考える暇なんてないのだ。


俺の場合、その糸がたまたま老人をだまして金を得るという糸だっただけだ。


その糸を掴まないと、俺は生きることができなかった。


ただ生きるために糸を手繰り寄せただけのことと思えば、


俺の中にある罪悪感も飼い慣らすことができた。


アナウンスが繁華街のある駅を告げたので、機械的に電車を降りるために足が動き出す。


しかし、突然足が石のように動かなくなり、前のめりに倒れてしまった。


周りの人間は汚い動物と触れるのを避けるように、俺の周りから離れていった。


とりあえず電車から降りたかった俺は足を動かすことに集中した。


今度は簡単に動き、さっき動かなかったのはまるで幻術にでも掛けられたようだった。


しかし、俺の鼻は思い切り床にぶつかり、触ってみると少し血も出ていた。


周りの人間から向けられる視線から逃げるように、俺は電車を後にした。


先ほどの症状がウソのように足は動き、俺にあったのは鼻の痛みだけだった。


それでも駅にいる人間はどこか俺を避けるように歩いていた。


「ちょっと、お客さん」


俺は声のするほうに振り返ろうとする気持ちを抑え、ひゅうと息を吐いた。


その後、ゆっくりと身体をひるがえすと、そこには駅員がいた。


彼は青い顔で俺のほうを見ていた。俺が何か答える前に、すぐに駅員のほうが口を開いた。


「あの、お客さん。その、大丈夫かなと思いまして」


大丈夫、とは何のことだろうか。俺は自分が歩いてきたほうを見てみると、


血が点々と落ちているのが見えた。俺は先ほど電車内で転んでしまった、と笑ってみせる。


だが、それだけとは思えないほど俺の手は赤黒く染まっていた。


俺の顔を見てさらに青くなった駅員は、すぐにティシュを持ってこようと走り出した。


ティシュッだけ受け取ると、すぐにその場を立ち去った。


改札口を出てから、俺はすぐに繁華街に向かわずI駅近くにある地下街に向かうことにした。


地下街に向かうまでに血が止まることはなく、何枚ものティッシュを使ってしまった。


俺が地下街にあるトイレに向かうころにはポケットがティッシュでいっぱいになっており、


ゴミ箱に捨てながら洗面台の蛇口を目一杯ひねった。


まるでダムが決壊したように水が流れ始め、俺はその水で鼻を冷やしていく。


しかし、一向に血が止まる様子はなかった。


「クソ!」


俺は先ほどティッシュを捨てたごみ箱をけり上げてしまう。


ティッシュ以外にもタバコの吸い殻や使用済みのコンドームが混じっていたが、


俺は自分の捨てたティッシュに目がいってしまった。


赤く染まっているはずのティッシュが、青色になっていたのだ。


俺はそのティッシュが自分のものでないと否定する。


そんな非現実的なことあり得ない。


そう信じながら洗面台のほうを向く。


しかし、洗面台の前にある鏡には、青色の液体で鼻から下が染まった俺の顔を映し出した。


「……俺、死ぬのか」


蛇口の水は出たままである。


しかし、俺が直面している現実までは洗い流せそうになかった

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